TAKE 11 光への道 【最終話】
違和感は、消えない。
探し続けてしまうことに、
終わりは……きっと、ないから。
——
「一つ提案なんですが、
お母様の病気を専門にしている医師がいます。
紹介状を書きますので、一度診察を受けてみませんか?」
「……治療法がないから、ということですね。」
先生は、デスクに向かい、ペンを取る。
診察室で、自分の鼓動がやけにうるさい。
気を逸らそうと、視線を時計に移す。
あと2分で、15時の面会時間。
「母に何か甘いものでも、持って行ってもいいでしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
「ありがとうございます。」
私が立ち上がろうとしたとき、
「お母様の病気は、
治療を受ければ治ると言い切れる病気ではありません。
ですが、専門の医師に診てもらえば、
今よりも、いい方法が見つかる可能性はあります。
一度、ご本人と相談してみてください。」
可能性……。
「わかりました。
ありがとうございます。」
母は数年前、難病と診断された。
今では、私が見えているのかどうかもわからない。
この病院でも、いくつも検査を受けている。
別の病院に行って、また似たような検査を受けることになったら……。
母の病室の前まで来ると、足が止まった。
「ふぅ……。」
一度、深呼吸をして、病室へ入る。
母は眠っていた。
今日も午前中は検査だったと聞いていた。
仕方ない。
少し、ホッとしてしまう。
母に近づき、抑えた声で呼びかけた。
「お母さん。」
「すー……」
私は、お見舞いのお菓子を台の上に置いた。
「また、明日来るね。」
メモを残して、病室を後にする。
パタン。
「看護師さん、すみません。
お見舞いのお菓子があるので、
母が目を覚ましたら、声をかけてもらってもいいでしょうか。」
「わかりました。
今日は午前中の検査が長くて、疲れちゃったんだと思います。
伝えておきますね。」
「よろしくお願いします。」
母の寝顔を思い出しながら、帰り道を歩く。
ふと、視線を向けた先に、薄茶色のテント屋根が見えた。
こんなところに、お店なんてあったかな?
『 Rings — When you're lost — 』
何のお店なのかと考えながら、
自分の思考が、扉を開ける手に追いつけなかった。
カランカラン。
店の中は、とても静かだった。
モヤモヤした塊が、すーっと消えていくような。
そんな涼しい感覚だった。
店の中を見渡すと、指輪だけが並んでいる。
着ける機会も思い当たらない。
帰ろう。
もう一度扉に手をかけたとき、
「いらっしゃいませ。」
「あ……。」
「ぜひ、ゆっくりご覧になってください。」
「ありがとう……ございます。」
指輪が並んだ棚に目を向けたとき、
最初に目に留まったのは、
『 ピンキーリング 』という札の付いた棚だった。
小指ならあまり邪魔にならないのかな。
店員の女性が、声をかけてきた。
「チャンスを逃したくない、希望を失いたくない。
そんな思いで、ピンキーリングを選ばれたお客様がいらっしゃいました。」
「ピンキーリングには、意味があるということですか?」
「そのお客様にとって、意味があったのかもしれません。
……もし、気になったものがあれば、
ご試着もしていただけます。」
失わないために……。
私は気になった指輪を手に取った。
細いリングに一粒、透き通った黄色の石が埋め込まれている。
石は小さい。
でも、ちゃんとあった。
「この指輪、試着してみてもいいですか?」
「どうぞ。」
右手の小指に、ゆっくりと嵌めてみた。
「よくお似合いですね。」
「……。」
少し前、母が言っていた言葉を思い出した——
「昔はね、洋服なんかも作ったんだよ。」
「そうだって言ってたね。」
「今はもう、縫い物はできないけどね。
ほとんど見えないから。」
——私は、今以上の何かを望んでいるのだろうか。
……違う。
変わってほしいなんて……思ってない。
「この指輪……買います。」
意味がないかもしれないことを、してみよう。
私も、一緒に。
「はい、ありがとうございます。」
店を出て、川沿いの道を歩いた。
目を細めなければ、見ていられないほどに、夕陽が眩しい。
河原の近くの土手には、学生のカップルが座って何か話し込んでいる。
私もこの光景に飲み込まれて、溶け込んでしまえたら。
何も起こることはない、そう信じたくなってしまう。
また辛い検査を受けることに、意味があるのか。
でも、母に希望を持たせてあげられるかもしれない。
この道を、母と笑って歩けるかもしれない。
夕陽の光を反射した指輪は、金色に光っているみたいに、
眩しかった。
次の日、病室に入ると、
母は窓の方へ顔を向けていた。
閉じられたカーテン越しの日差しに、
眩しそうに目を細めている。
「お母さん。」
母の小さな肩が、ビクッと跳ねる。
私の方に顔を向けて、
その視線は、私を見ていた。
「あぁ、来てくれたんだ。」
「昨日は黙って帰って、ごめんね。」
「……」
母はまた、窓へと視線を移した。
「ねぇ、お母さん。
先生が病院を紹介してくれたんだけど……。
別の病院で診察を受けてみた方が、
私は、いいと思う。
お母さんは、どう思う?」
「……もう、検査はやだなぁ。」
「そうだよね。」
「もう、迷惑かけたくない。
嫌われちゃうよ。」
「……。」
そんなふうに、思わせてるんだよね。
でも、ごめんは……言えない。
「でも、少し考えようかなぁ。」
「わかった。」
窓の外に顔を向けたまま、小さく息をつく。
そんな母の、小さな肩が静かに落ちる。
「ねぇ、お母さん。
ケーキ食べる?」
「……食べるぅ。」
「うん。
じゃあ、準備するね。
待ってて。」
小指の指輪を確かめるように、
重ねた左手で、強く握りしめた。
これだけで、十分。
ベッドの横に座り、
母の左手を取って、紙のお皿に添えるように置く。
「はい、フォーク。」
「……。」
母の右手に、フォークを渡す。
少し頼りない力でフォークを握る母の手を、
両手で包み込むように支えた。
「お母さん、
食べよ……一緒に。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




