ノクティル海 ②
第56話 波音の向こう、静かな崩壊
馬車の中は、まるで葬式の帰りのように静かだった。誰もが物思いに耽り、重い空気が満ちている。
「……っ」
その様子にラゾートは小さくため息をつくと、手網を握るロアークを見た。
「うしっ!」
そう突如、声をあげるとパシンと膝を叩くと言葉を続けた。
「よし! ノアさん! 行き先変更だ!」
「変更って……どこに行くんだい?」
そう言うとロアークは首を傾げた。
「海に行こう!」
「海……ですか?」
鈴奈がきょとんとした顔でラゾートを見た。
「こっちでは占いとか、嫌なことが続いたら海に行って流すって考えがあるんだ」
ロアークの説明に鈴奈は目を丸くしながら「へぇ」と短く答えた。
「それでいいか?」
ラゾートが後部座席をちらりと見ると、5人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
「インベート、シリュートはどうだ?」
そう言うとラゾートが2人に視線を向けた。
「いいと思いますよ。今から行ったら朝日も見れますしね」
シンニエークが頷きながら、明るい声で言った。
「おっ!それいいね」
そう言うとロアークが笑った。
「インベートはどうだ?」
ラゾートがファルベへ視線を向けた。しかしファルベはその気づくことなく、難しい顔をして、何かを考え込んでいた。
すると、優がそっとファルベに近づき服の裾を引っ張った。すると、ファルベはハッとして優を見る。
「ん? どうした?」
優はスーっとラゾートに視線を向けた。
「いや、このまま海に行かないかって話になってな」
「今からぁ?」
ファルベが怪訝そうに眉をひそめた。
「いいじゃないですか。今からなら朝日も見れますし」
シンニエークが人差し指を立てながら続けた。
「さっきの不吉な占い、海に流しに行こうぜ」
ニッと笑うラゾートにファルべを見ると少し笑みを浮かべる。
「そうだな。行こうか」
「決まりだな! よーし! 海までしゅっぱぁつ!」
そう言うとラゾートはニヤリと笑いながらぐるりと前に向き直った。しばらく沈黙が続いたが、それはもう重い沈黙ではなかった。
馬車が夜道を走るうち、窓の外から潮の匂いが漂い始めた。やがて暗闇の向こうに海が見えてくる。波の音が近づいてきたところで馬車が止まり、全員が降りると、冷たい海風が頬を撫でた。
「やっぱ、この季節になると海風は冷たいな」
全員がラゾートの言葉に苦笑していると、シンニエークが岩場に歩いていき、何かを持って戻ってきた。
「インベートさん」
「ん?」
振り返ったファルベは少し笑みを浮かべた。
「うわぁぁぁ」
ファルべは悲鳴をあげると逃げ出した。
「なんだぁ?」
茜が逃げ出したファルべとそれを追いかけたシンニエークの背中を見つめる。
「……ナマコ……ですね」
どこか嫌な表情を浮かべ奏が落ちた物体を見て言う。
「やぁめろやぁー!!」
「インベートさぁぁん」
「馬鹿!本当にやめろ!」
そんな会話をしながら2人は岩場の影に消えていった。
「あんま遠く行くなよー」
ラゾートの言葉に2人は答えなかった。しばらくすると、「うわっ!」という、どこか引きつった声が響いた。
「ん? なんか今、悲鳴が聞こえなかった?」
ロアークが岩場の方へ目を向けた。
「したね」
ラゾートも岩場の方を見ながら頭に手を当てた。
「何やってんだあいつら。ったく。見てくるか」
「そうだね」
そう言うと、ラゾートとロアークはシンニエークとファルべが消えた岩場の方へ歩いて行った。
沙綾香は苦笑いを浮かべると、波打ち際を歩きながら、片手に靴をぶら下げていた。
「冷たいね」
「だいぶ寒くなってきたからね」
そう言いながら鈴奈も靴を脱いで沙綾香の隣に並んだ。
「んなの気合いだよ!」
そう言うながら茜が片足をざぶりと海水につけた。その瞬間、「ひぇぇ」とあげたなんとも情けない声をあげた。
その横で優もゆっくり海に足をつけると、その冷たさに顔をしかめる。
「ふふふ」
短く笑いをこぼすと沙綾香が振り返り、奏と蓮を見た。
「奏くんと蓮くんもおいでよ」
沙綾香は微笑み手招きをする。
「蓮くん……」
「奏くん……」
蓮は視線をそらしながら、耳の後ろをかき、奏は困ったように口元をもごもごさせ、何か言おうと口を開いた、その時だった。
ファルべたちが消えた方向からドン——腹の底まで響くような爆発音が、轟いた。
「なんだ?!」
茜が呟いたその時、ファルベが剣を片手に歩いてきた。
「ファルべさん!何があっ……ファルべさん?」
鈴奈が言葉を切るほどファルべの様子はおかしかった。顔は蒼白で、目の焦点がどこにも合っていなかった。
「……ファルベさん」
「来るな!」
一歩踏み出した沙綾香に眉間に深い皺が刻まれた表情で怒鳴った。
「お前ら……逃げ……ろ」
ハタと止まった沙綾香にファルべは声を搾り出す。
「……逃げ、ろ……っ」
もう一度、絞り出された言葉が終わらないうちに、ファルベの体がぴくりと跳ねた。ゆっくりと顔が上がり、さっきまでの苦しそうな表情が跡形もなく消えていた。残ったのは、感情のない冷たい目だけだった。それが6人へ向いた瞬間——ファルベは剣を振り上げ、襲いかかってきた。




