35 [エピローグ] モンテヴェルディ
久々に故郷を訪ねた三ヶ月後、ヴァレリオとルーチェはモンテヴェルディに帰ってきた。
戻るとすぐに婚姻の届け出をしたが、式の省略は大勢の反感を買い、一月後に家族や知人の手により婚姻式が執り行われることになった。
家に戻った時、ルーチェは父に呼ばれ、一度も入ったことのなかった辺境伯家の女主人の部屋に案内された。
前夫人の持ち物を片付けた後、その部屋を使う筈だった者は現れなかった。
備え付けの家具にはほこりよけに白い布がかけられ、誰かが暮らしている気配はなかった。
父がクローゼットを開けると、中には唯一、縫いかけの白いドレスが保管されていた。
父のプロポーズを受けた時、母がねだった物は「上等な白い布」だったという。ルーチェ自身もよく覚えていなかったが、ルーチェを引き取った時、母と暮らしていた部屋にあったらしい。
母が自分自身のために作っていたそのドレスは、縫う人も、着る人も失ったまま、クローゼットの中で長い間、喪に服していた。
少し気恥ずかしいくらい幸せな、乙女のような甘い繕い魔法が施されていて、母は本当に父のことが好きだったのだと、繕い魔法に教えられた。
ルーチェはそのドレスを譲り受けて仕上げた。母の方が少し背が高かった筈だが、殆どサイズを変える必要はなかった。白い布地に繕い魔法の入った白い刺繍を施し、そのドレスに身を包んで、婚姻式を迎えた。
ルーチェは結局西の辺境騎士団には入団しなかった。
モンテヴェルディのアガッツィ家は貴族ではないから領地はない、とヴァレリオは言っていたが、実は周辺の大地主で、ルーチェが昔暮らしていた街の三分の一はアガッツィ家の所有地だった。まさか自分が昔住んでいた家の大家になろうとは、夢にも思わなかった。他にも郊外にブドウ畑やワイナリー、桃やりんごの果樹園を所有していて、伯父の商売を継がなかったのは賢明だった。とてもではないが、そこまで手が回らない。
街の中の土地は私有地扱いになり、道の整備も領主の管轄外にされていて、ヴァレリオが辺境騎士団に勤める間、ルーチェは執事と共に地代の運用や土地の整備などに取り組むことになり、昔なじみの人たちと相談しながら街のために忙しく働いていた。
時には街の整備に領主、つまりは父の協力を仰ぎに行くこともあった。
「領主様」は交渉相手としてはなかなか手強かったが、しばしば協力を得ることができ、帰る頃には「お父さん」になっていることも多かった。
どうしてもと思うものは身銭を切ってでも実現する。ルーチェの提案する道や広場の整備は人々から受け入れられ、市や催しも開かれるようになると多くの人が街を訪れるようになり、街の人々の暮らしを豊かにした。
ある日、ルーチェが家に帰ると、中庭でヴァレリオと父が剣を交えていた。
体力こそ若いヴァレリオの方が上だったが、父の剣は無駄も隙もなく、ヴァレリオが勝てるのは三回に一回あれば良い方だった。勿論、魔法は使わない純粋な剣の試合ではあるが、格が違うと言っても良いほどの腕前だった。辺境騎士団でも一、二位を争う実力者だったにもかかわらず、前辺境伯の急死で辺境騎士団の統括者となり、実戦部隊から離れることを余儀なくされ、若い頃はずいぶんと悩んだと聞かされた。
父の剣を見て、巡回で学校に剣を教えに来ていた辺境騎士団員を思い出した。
美しく鋭い剣さばきで、動きは手本そのもの。見ているだけでその強さが判った。まだ剣を握り始めた頃、一度だけ、かなり手加減をしてもらいながらも手合わせをしたことを思い出した。他の人は教場でも見かけるのにその人が教場に来ることはなく、学校で見かけたのも学校に入った初めの年にほんの数回だけだった。
顔は全く覚えていない。しかし、あれは父だ、と確信が持てた。
「もしかして、学校で教えたりしたこと、ある?」
ルーチェが聞くと、
「昔はね。子供たちに剣を教えるのはなかなか楽しいものだった。国境警備が忙しくならなければ、続けたかったんだが…」
恐らく父は自分のことなど覚えてはいないだろう。しかし、ルーチェは確かにその技に惹かれ、剣を手に取るようになった。
「あー、まだ勝てないか」
ぼやくヴァレリオに、リヴェラトーレは余裕の笑みを見せた。
「では、約束通り」
ランドルフォやレオーネの父として長年見知っていたリヴェラトーレを、ヴァレリオは普段「おじさん」と呼んでいた。リヴェラトーレは剣の試合で時々賭けをして楽しんでいたが、今回は勝者の権利として「お義父さん」と呼ぶことをヴァレリオに承諾させた。
くやしそうなヴァレリオを見て、ルーチェは愉快になった。
やがて辺境伯は代替わりし、ランドルフォが辺境伯の爵位を継ぐと、父リヴェラトーレは辺境伯家の御意見番になったが、領主と地主の意見が合わない時は、どちらかと言えば地主の側につくことが多かった。
ルーチェは街の教場で子供達を教える仕事も引き受けていて、剣の指導はもちろん、かぎ裂きを作る子供達の繕い物も快く引き受けた。
剣の指導には、引退してからは父リヴェラトーレも参加することがあり、
「あの剣聖様がっ!!」
と、わざわざ王都から教えを請いに来る者までいた。
引き取られた時に正直に剣の話をしていたら、もっと早く父と仲良くなれただろうに。かたくなだったかつての自分に教えてあげたい、と思わずにはいられなかった。
ルーチェは繕い魔法も続け、昔から世話になっている小物屋に作った物を卸していたが、時々とんでもないところから指名でオーダーが来て、小物屋の主人を泣かせていた。
例えば、ノルド王国の王太子、後の国王とか、第二魔法騎士団長とか、スドヴェスト王国の王弟とか…
それなのにルーチェはたった一人を除いて一切優遇せず、唯一、最優先権を持つ夫に繕い物を頼まれると他は平気で後回しにするので、その催促に対応するだけでも小物屋の主人は胃を痛めていた。
第二騎士団のアルバが三年の交流で西の辺境騎士団に着任すると、ランドルフォよりもレオーネと気が合い、モンテヴェルディに永住することを考えていた。しかし、これ以上西の辺境騎士団に貴重な人材を取られてなるものか、と帰都の打診が頻繁に寄せられ、アルバに第二騎士団隊長への昇格の話が出ると、レオーネはアルバの意思を尊重し、共に王都で暮らすことをためらわなかった。
その後アルバは女性初の騎士団長になり、レオーネ共々夫婦で王都の騎士団を支えることになる。
ヴァレリオは辺境騎士団に入ると、すぐに小隊を任された。常に妻の作った髪紐で髪を束ね、魔法を剣にのせて戦うことが多かったが、時に驚くような大魔法を行使していた。まるで実験のように展開される新しい魔法は時々やり過ぎと思われる場面もあったが、本人はのびのびと楽しそうにしていた。後に西の辺境騎士団長になり、辺境の地を、ノルド王国を守った。子供達にはいたずら好きな友達のような父であり、妻には守りつつも守られ、口調は強気でありながら、結局妻には甘い夫だった。
二人は何度か王都に招聘されたが、地位よりも名誉よりも故郷モンテヴェルディにあることを望み、生涯をその地で過ごした。
縫い目は 愛しき君のため
込めし祈りは 君の無事
願うは 君よ帰り来よ
眠れよ易く 我が胸で
モンテヴェルディでは、今日も街のどこかで繕い歌が聞こえてくる。
それは、大切な人の無事を祈る、守りのこもった祈り歌だ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
まじでこの話、何度もう駄目だと思ったことか…
書きかけで手が止まることが多く、書き上げても気に入らず、
投稿を決意してから話が1.5倍は膨れ上がりました。
足りなさすぎたんだなあ…。
多分、また気に入らない部分があったら、予告も事後報告もなく、後出し修正します。
(と言いましょうか、既にあちこち修正…)
何卒ご容赦のほど。




