20 スドヴェスト王の来駕
スドヴェスト王一行が訪れる二日前、西の辺境騎士団から辺境伯の嫡男ランドルフォ・コレッティを筆頭に、五名の者が王都に来た。
王への挨拶と、各騎士団への挨拶回りを終えると、その日は第二魔法騎士団主催で軽い歓迎会があった。
ルーチェは、兄達や他の騎士団の面々が酒を交わす中、接待の裏方仕事に励んでいた。
やがて定例通り二次会に外の街に繰り出し、客や団員がいなくなると少しほっとして、片付けを済ませ、明日の準備をしてから宿舎に戻った。
兄達とも、団長達とも話す時間はほとんどなかったが、時々兄達が心配そうに自分を見ているのが判った。
以前なら、見られていても、何か失敗すると思われているんだろうか、とか仕方のない事ばかり考えていた。しかし、ヴァレリオから兄の話を聞くうちに、そんなことを思い立たなくなっていた自分が不思議だった。
スドヴェストの一行が帰れば、兄達と酒場で打ち上げをすることになっている。
少し緊張はするが、何とかなりそうな気がした。
二日後、スドヴェスト王と魔法師団の一行がここノルド王国の王城へ来駕した。
初日は歓迎の式典と晩餐会があったが、ここでは庶民となっているルーチェは執務室で留守番をしていた。
しかし、決して隙ではなく、明日からの王の会談と騎士団の交流会議、明後日にはスドヴェストの魔法師団との御前試合がある。この調整も第二魔法騎士団の仕事だ。
御前試合は今日になって先方のメンバーが伝えられたが、先方の都合で男性の参加者を当初予定していた二十人から十二人に減らしていたので、こちらも人数調整をする必要があった。くじ引きにしようかと思っていたが、グイドから
「上から順番に、先方の人数に合わせて」
とリストを渡され、余計なことをせずに済んだ。
例えくじ引きにしても、どこかの騎士団に偏っていたらきっと文句が出ただろう。とかく騎士団員は血の気が多いのだ。
リストには、西の辺境騎士団員の名前がなかった。ルーチェは辺境騎士団は王都の騎士団に比肩する強者揃いだと思っていたのだが、グイドによれば、スドヴェストの騎士団が人数を減らしてきたのを聞いた東の辺境騎士団長から、それなら西の辺境騎士団員は王都の東の森に来させろ、とごり押しされ、御前試合の出場がキャンセルになったらしい。
辺境騎士団にとって御前試合など「お遊び」、そんなものに人手を出すくらいなら手伝いに来い、と、体よく仕事を振られた形だ。あるいは、東西騎士団対抗、魔物討伐試合でも繰り広げるつもりかも知れない。
兄達の試合を見ることができなくなったのをルーチェは少し残念に思った。
女性は四人の参加だ。それなら自分は入らないだろうと思っていたら、ギリギリ四番目でリストに入っていた。グイドの作ったこのランキングは何を元にしているのか、後で聞いてみようと思った。
翌日、王城で両国の王の会談が始まり、騎士団側も団長が集まって会議をしていた。
スドヴェストでは、魔法師団長が最高責任者で、その下は四つの団に分かれているらしい。スドヴェスト側は魔法師団長、副団長が、ノルド側は王城の団長五名と副団長が二名、それに東西の辺境騎士団長が参加し、近隣国との関係や魔物の出現状況について情報を交換し合った。
ルーチェは他の団の秘書と分担して議事録をとり、合間を見て交代で短い休憩を取った。
王城の中庭で身体を伸ばしていると、建物の影にスドヴェストの魔法師団長を見かけた。この時間は別室でお茶の時間になっている筈だった。迷っているのかと思い声をかけようとしたが、誰か女性と待ち合わせをしているようだった。
相手は王城の侍女らしい。元々知り合いだったのか、ここで知り合ったのかは判らない。知り合ったとしたら、昨日の今日でよく仲良くなれるものだ、などと思っていたら、侍女が首から何かを外し、師団長に渡していた。遠目ながら紫色の大きな石がついたペンダントのように見えた。
そっとその場を離れ、控え室に戻ると、予定より早く会議の片付けが始まっていて、
「あまりうろちょろすんな」
とヴァレリオに叱られた。
執務室に戻ってからも、昼間見たことが何となく気になり、魔法師団長のことをグイドとヴァレリオに報告した。
「あの、今日、スドヴェストの魔法師団長が、王城の侍女と中庭で会っているところを見まして…。侍女からペンダントを受け取っていたようなんです」
二人は顔を合わせた後、
「相変わらず、勘がいいねえ」
とグイドが笑った。
「スドヴェストの諜報員かな。何人かは把握してるけど、…ペンダントか。何だろうな。石は見えた?」
「紫色で、ちょっと大きめの石だったように見えました。あまりいい感じがしなくて…」
いつになくグイドが真面目な顔をしていた。
「魔具かな…。まあ、用心した方がいいだろうな」
そこへ、ノックも無しで扉が開き、
「グイド、いる?」
と言うと、その人は遠慮なく中に入ってきて、許可をとることもなく応接用のソファに座り込んだ。
「全く、晩餐会だ、会議だって、休む暇もない」
ルーチェがお茶の準備をしようと立ち上がると、グイドが手を広げてルーチェを止めた。
「いい、いい。こいつは普段いいお茶を飲み過ぎて、ここのお茶じゃ満足できないから」
「やな言い方だなあ。でも、ま、お茶はいいよ。もう今日は飲みすぎだ」
そう言ってルーチェに見せた笑みに見覚えがあった。王太子のフィデンツィオだ。王都の騎士団に勤めながら、自国の王子の顔を忘れているとは。ルーチェは大いに反省した。
「ルチェリア、だっけ? 明日、御前試合に出るんだよね。頑張って」
名前の間違いは、ルーチェが辺境伯の娘だと知っていることを表していた。あえて間違いを指摘せず、礼をしてごまかしたが、
「ルーチェだよ。物覚えが悪いなあ…」
とグイドが茶化した。フィデンツィオも
「悪い悪い、女の子の名前を間違えるなんて失礼だね」
と愛嬌のある笑みでさらりと流した。
王太子になど滅多に接する機会はないが、ここまで砕けて話す姿を見せることなどまずあり得ないだろう。グイドと王太子はかなり気心が知れているらしい。
「向こうの師団長は絶好調だね。今日の騎士団長の会議でもよくしゃべっていたよ」
「昨日の晩餐会でもうちの侍女や侍従に積極的に話しかけていたな。なんか気になることでもあるのかな」
頭の後ろで腕を組み、のびをしたフィデンツィオに、グイドが今聞いたばかりの情報を伝えた。
「城の侍女からペンダントのような物を受け取ってたらしい。女の子にあげるんじゃなくてね」
すると、フィデンツィオの目が鋭くなり、
「ペンダント? どこの侍女だ?」
と聞き返した。すぐさまグイドが
「帽子の色、覚えてる?」
とルーチェに聞いた。侍女の帽子についているリボンの色を聞かれたのだと察し、
「赤いリボンだったと思います」
と答えると、
「第二妃付けだな。…あいつか。先月も姫に同行して東の辺境領に行ってたな」
どうやら、諜報員は把握済みであるらしい。それなら、大したことになる前に手が打たれ、解決しそうだ。そう思いルーチェは少し安心したが、フィデンツィオとグイドの表情はあまり冴えなかった。
「何かしかけてくるとすれば、明日の御前試合か」
自分の出席する試合で、何かがあるかも知れないと聞き、ルーチェは一気に緊張感を増した。
「まあ、何があっても対応できるように備えていてくれ。明日は王の席周辺は第一魔法騎士団の第一小隊が護衛を担当する。観戦したがっている人も多いんだが、観客は最低限に控える予定だ。試合に出ない騎士団員は、待機組を除いて少し多めに観客席に控えるように」
「承知した」
チラリとフィデンツィオから送られた目線で、グイドが
「今日はもう帰っていいよ。お疲れだったね」
とルーチェに声をかけた。これからここで打ち合わせがあるのだろう。
「それでは、お先に失礼します」
一礼して荷物を持って執務室を出ると、部屋の外までついて来たヴァレリオがルーチェを呼び止めた。
「明日は念のため、髪を強めで縛る。無愛想になってもそんなもんだと思っといてくれ」
そう伝えると、拳を突き出し、
「明日は頑張れ」
と言ってにやりと笑った。ルーチェはヴァレリオの拳に自分の拳を軽く当てた。
「樽をもらったら、第二魔法騎士団に寄付しますね」
王からの賞品として、優勝者には南のフォレスタブル産のワインが男女にそれぞれ一樽づつ用意されている。
「期待してる」
ヴァレリオはそう言うと、部屋に戻った。
明日の試合では八人で戦う女性の方が勝率は高いとは言え、グイドのリストでは、ルーチェは自国の四番手だ。三騎士団のトーナメント戦でいつも勝てない二人も参加しており、優勝はかなり厳しいだろう。ヴァレリオは上から三番目に名前があった。今回は団長は参加できないことになっているとは言え、その実力はかなり認められている事が判る。
本番では正々堂々戦うだけだ。トラブルが起こらないことをルーチェは心から願った。
ルーチェがいなくなり、しばらくしてから執務室をノックする音がした。
部屋にいた三人が少し警戒を強め、ヴァレリオが扉を開けると、そこにはスドヴェストの魔法師団長、シルヴァーノが立っていた。




