ある日のお茶会
小話は全て本編後のお話です。
時系列はふわっとお楽しみください。
私が再び魔術研究所で働き始めた数日後、王宮内の一室で私とジークは、一緒にお茶を飲んでいた。ジークがドラゴンになるために、室内に侍女の姿は無く私とジークの二人きりだ。
目の前のジークはドラゴン姿で、器用にカップケーキを食べている。ただティーカップに入った紅茶を飲むには、カップの中に頭を突っ込むしかない。かわいいけれど、飲みにくそうだ。
「リリア、どうかしたか」
「何でもありません」
ジークはしつこく私を見つめてくる。こうなったら、以前から聞きたかったことを聞いてみよう。
「どうして旅の間は、鳴き声だけで話そうとしなかったのですか?」
「声ですぐに俺だとばれるだろ」
「それもそうですね。そうなると中身人間の状態で、あんな鳴き声を出していたんですね」
「なぜ君はいつもそう的確に、俺を抉ってくるんだ。俺に恨みがあるのか?」
「旅の初めの頃は、毎日毎日嫌味や文句を言われ、はらわたが煮えくり返っていました」
ジークの尾がへにゃりとテーブルの上に垂れた。非常に分かりやすく落ち込んでいる。
「でも、甲高い声で話すジークで爆笑した時に、全部どうでも良くなりました」
「あれか……。あの時君は何ともなかったのか?」
「強いて言えば、笑い過ぎて腹筋が痛かったです。あの時にどうでも良くなったから、少なくとも今は嫌いじゃないです」
ジークの尾が元気になった。本当に分かりやすい人だ。
「あともう一つ聞きたいことがあります」
「なんだ?」
気を良くしたジークは、何でも言ってくれと言わんばかりだ。
「お伽話で赤いドラゴンは、よく火を吹いていますね。ジークは吹けないんですが? ジークの得意魔術は火の魔術です。得意魔術が火の魔術なら出せるのでは。火を吹いているところが見たいです」
「リリア、それを何ていうか知ってるか? 無茶振りと言うんだ」
「そうですか、これが無茶振り。ではお願いします」
「俺自身この状態で、魔術を使ったことはない。兄上達や父上が、ドラゴン姿で魔術を使っているのも見たことがない。おそらくこの姿での魔術は不可能だ」
「やってみなきゃ分からないです。ドラゴンはドラゴンなんですから」
「ドラハラは止めるんだ、リリア!」
「ドラハラってなんですか?」
「ドラゴンハラスメントの略だ」
「そんな言葉あるんですか?」
「今作った」
「よしお願いします」
「いーやーだー!」
押し問答の結果、最終的に折れたのはジークだった。
「何があっても知らないぞ! 念のため水の魔術は準備しておいてくれ」
ジークが魔術を展開し始めた。火の初級魔術だ。でも順調だったのは、火が出る直前まで。
火が出る瞬間、ジークは人型に戻り、服が燃えた。ジークの服だけが、燃えた。服が燃えたジークは目にも留まらぬ速さで、テーブルの上からテーブルクロスを引っこ抜き、その身にまとった。
「お見事でした」
「何がだ!?」
「テーブルクロス引き抜きです。あと、いい身体してますね」
均整のとれた身体は、そのまま彫刻にしても良いぐらいだと思う。
「リリアに褒められているのに、何故か嬉しくない。まさか王家恒例、新春かくし芸大会の技がここで活きるとは。練習しておいて良かった」
耳慣れない言葉に、思わずジークに聞き返した。
「かくし芸大会? 王家ではそんなことしてるんですか?」
「年明けにはかくし芸大会するものだと、建国王が言っていたそうだ。毎年欠かさず行われている。ところで……見たか?」
「いいえ、良い感じに死角でした」
「……せめて悲鳴でも上げてくれないか」
「きゃー」
「そこまで棒読みなら、言わないでいてくれた方が良かった……」
「「………………」」
「服を用意してもらってきます」
「頼む」
私は椅子から立ち上がり、部屋の外に控えている侍女に服を頼みに行った。侍女に服を部屋の中まで持って行ってもらい、私は廊下で待つことしばし。
「もう大丈夫だ」
しっかり服を着込んだジークに、部屋の中へと誘われた。
「リリア、彼女に何を言ったんだ?」
「私がジークの服を脱がしてしまったので、服を用意してくださいと」
「間違ってないけど違う!」
ジークが引いてくれた椅子に、私は再び腰かけた。その流れでジークは私の向かいの席に座り、紅茶を一口飲んだ。
「あ、すまない。今変身する」
立ち上がろうとしたジークを、私は止めた。
「しなくていいです。ジークが変身したいなら、話は別ですが」
「そうか。……そうか」
二回目の『そうか』には、隠しきれない嬉しさが滲み出ていた。
ここで私が人生初めて感じた、くすぐったい気持ち。この気持ちの名前が何なのかは、私にはまだ分からなかった。




