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政略ではなく戦略では?8

「それは元々俺が褒章として陛下に希望したのが、セレンと結婚できる地位だったからだ」

「へ? 何を言ってるのだわ?」

「俺は陛下にセレンと結婚できる地位が欲しいと言った」

「へ? へ?」


 突然のリゲルの告白に、セレンはすぐさまキャパオーバーに陥った。


「騎士団の中には俺より強い奴もいた。そんな中で俺が魔王討伐に選ばれたのは何故か、セレンは知ってるか?」

「考えたことも無かったわ」

「戦力として数えられる調理担当だ。そんな理由で抜擢された俺の地位は、当時大したことないものだった。それではセレンを娶ることが叶わない。だから褒章として、俺は陛下に地位が欲しいと希望した。当初は男爵位だけの予定だった。ところがセレンが領地の下賜を断り、それならばと、俺の男爵位に領地のおまけが付いた。俺にロージアー領を渡せば、セレンの元にいくという算段だ」


 跪いたリゲルがセレンの手を取った。


「俺はずっとセレンに恋していた」


 そうは言われても、セレンはいまいちピンと来ていなかった。なぜなら、ここは薄暗い坑道で、視界はほぼ効かずうっすら見えるだけ。ロマンチック? 雰囲気? なにそれ? な空間でときめける女性はそういない。武骨な騎士にロマンチックさを求めるのは、いささか酷なことだった。


「ふふふふ、リゲルと婚約して良かったわ」


 様々な要因が重なった結果、ときめきそこなったセレンは、魔術バカの方のスイッチが入ってしまった。


「良質の魔石を苦労せずに手に入れられるなんて最高だわ。ああでも昔見た論文に大量の魔石の原石には呪いを発生させる可能性があると書かれていたわね。あの論文では結論ははっきりしなかったけれど十分にあり得る仮説だわ。馬車の中で聞いたこの領地での不幸話はこれが原因な可能性も捨てきれない。呪われたらたまらないから私とリゲルの幸せな結婚生活の為にも早目にどうにかしないと。山一帯に結界を張って呪い(仮)を周りに出ないようにするのがいいかしら。呪いを瘴気の一種と考えればリリアに協力してもらうのも良さそうね。休み明け研究所に戻るのが楽しみだわ。さっそく新しい魔道具の構想が! 魔石の都合で諦めていた飛行用魔道具も夢ではないかもしれないわ。記録用魔道具の省魔力化もはかどるだろうし」


 完全に自分の世界に入っているセレンと、置いてけぼりになったリゲル。


 陛下と宰相閣下が言った通り、ロージアー領は確かにセレンが狂喜乱舞する土地だった。リゲルよりもよっぽどセレンの本質を理解していて、リゲルは少し悔しくなった。結局セレンの本心は聞けずじまいに終わり、リゲルは内心大きなため息を吐いていた。


 今にも坑道の奥まで突っ走っていきそうなセレンを、ちゃんとした鉱山用の装備じゃないからとなんとかなだめて、リゲルとセレンは鉱山を後にする。興奮冷めやらぬセレンは、馬の上でも独りで話し倒していた。


 二人が街まで戻って来た時には、辺りは夕暮れになっていた。夕暮れ時にもかかわらず、街は昼間の賑わいを保ったままで未だに冷めていなかった。昨日のこの時間には店じまいを始めていた屋台も、営業を続けている。


 拗ねているリゲルに気付かないで、セレンは能天気に話を振った。


「何かあるのかしら? リゲル知ってる?」

「いいや」

「屋敷に帰ったら聞いてみましょうか」

「ああ」


 屋敷に戻ってすぐ、セレンは家令に街が賑わっている理由を尋ねた。


「それは今日流星群が見れるからですよ。準備はしておくので、お二人で一緒に見られてはいかがですか」


 家令は拗ねたリゲルを敏感に察知し、セレンに星空観察を提案した。彼はできる家令なのだ。基本表情が変わらないリゲルからでも、的確にその心情を読み取っていた。リゲルが家令に感謝したのは言うまでもない。


 日が落ちて夜が深くなった庭園は、肌寒い空気が漂っている。セレンとリゲルは、用意してもらった防寒具や温かい飲み物を持って、庭園内で空が良く見える場所を探した。周りに木がない芝生の上に敷物を敷いて、セレンとリゲルは仰向けで寝転がった。傍らに置かれたランタンが、優しく二人を照らす。夜空の星は瞬くだけで、まだ動きは見られない。


「まだ時間がありそうだ。一つはっきりさせておきたいことがある」


 リゲルは何が何でも、セレンの本心をセレンの口から聞きたかった。


「何かしら?」 

「この婚約は政略結婚ではない」

「ええそうだわ。リゲルが私のこと好きなら、一概に政略結婚とは言えないわ」

「俺がはっきりさせたんだ。セレンにもはっきりしてもらう」


 セレンは嫌な予感がした。不穏な流れだと、セレンの直感が告げている。だがセレンに心当たりはない。


「何のことかしら?」

「戦略には戦略だ。こちらもそれ相応の対応をしよう」

「え、だから何のこと?」


 全く理解できていないセレンを尻目に、リゲルはセレンの逃げ道をなくそうと言葉を続けた。


「セレンが俺に政略結婚を持ちかけたあの日、セレンはとても分かりやすい行動をとっていた。まずジークとリリアを引き合いに出し、貴族では愛が無い結婚も普通だと、俺に周知させた。実際のところ、あの二人の間にも愛はありそうだが、今は置いておく。続いて話の流れで、自分が知らない幼馴染の恋敵がいたりしないか、俺の方で進んでいる縁談が無いかについて確認した。騎士団ではそのぐらいしか女性との接点がないと踏んで、この二つが否定できれば、俺に心に決めた人はいないと判断できると思っただろ」


 セレンは沈黙を貫いた。


「自分の縁談が決まっていないことをアピールして、あわよくば嫁にもらってくれないかとも考えたが、その路線では無理だとすぐに見切りをつけた。だからあたかも今思いついたかのように政略結婚を提案し、続けて自分と政略結婚するメリットをプレゼンテーションすることで、自然と俺が了承したくなるように誘導しようとした。これは政略結婚だと言っていたが、戦略結婚と言った方が的確だ」

「う……………」

「本当はずっと言う機会を伺っていただろ。言えずじまいだったことをようやく言えたのが、あの日だ。あの日以外でも、セレンの行動は非常に分かりやすかった。騎士団で発注した魔道具の納品に、わざわざ副所長自ら来る必要はなかった。よく騎士団棟の近くを通っていたが、騎士団棟近くにセレンの用がありそうな場所は無い。わざわざ遠回りしていたのは明らかだった。食堂でよく偶然会っていた? あの頻度で偶然なはずがない」

「……それで……?」

「結局セレンの本心は、俺にバレバレだったということだ」

「ああもう! 全部分かってたなら、もう普通に恋愛結婚と言えばいいじゃない!」


 がばっと起き上がり、セレンはリゲルに詰め寄った。


「セレンは素直ではない。逃げ道をなくさないと絶対に認めないのは、目に見えていた。俺はちゃんと告白した。セレンにもきちんと好きだと言ってもらいたい」


 あんな坑道でのやりとりを数に入れるのかと、セレンは頭の片隅で思ったものの、それを抗議する余裕はない。再び身体を横にし、左右に転がりながら身悶えるセレンに、リゲルは追い打ちをかけた。


「俺が婚約届の署名を書いた後、セレンは特に浮かれまくっていた。俺にも見えるぐらい魔力が漏れていた」

「ええ、そんなバカな。見られていたはずないのだわ」

「上の窓から丸見えだった」

「上……上!? 警戒してなかったわ! そんなのまでばれてたとか! 私どれだけみっともないことしていたのだわ。自分の行動をこんな風に解説されるなんて、恥ずかしいにも程があるわ!」

「素直になっていれば良かったものを」


 旅が終わって半年の間、何の手も打てていなかったにも関わらず、自分のことを棚に上げるリゲルだった。セレンが政略結婚しようと言い出さなければ、おそらく膠着状態は今も続いていたはずだ。まったくもって、人のことは言えない。


「どうせ私はろくに恋愛経験ないわよ! こうなったら、とっておきのことを教えてあげるわ。私の初恋はあなたよ、リゲル!」


 思わぬセレンの反撃に、リゲルもさすがに少し照れた。


「あああああ、全部バレバレだったなんて恥ずかしすぎるわ!」


 両手で顔を覆ったセレンの耳は赤い。顔も真っ赤なことになっているだろう。


「全部全部認めるわ。私も一緒に旅するうちに、いつのまにかリゲルのこと好きだったわ。それで、リゲルは旅のいつ頃から?」

「王宮での顔合わせの時に一目ぼれした」

「いくらなんでも早すぎるわ!? 旅始まってすらないわ」

「こまめに優しくしたり、なるべく傍にいたりした。胃袋も掴んだ。効果があったようで何よりだ」

「私どんだけちょろいのだわ!?」


 仰向けで夜空を見ていたはずの二人は、気付けば共に横になって互いを見つめあっていた。開き直った結果、セレンの顔の赤みは少し落ち着いた。思いを伝えあい、見つめ合うセレンとリゲルの間に甘い時間が流れる。ほんのり顔を赤くしたセレンに、リゲルははっきりと言った。


「我慢できそうにない。今晩襲っていいか?」


 一瞬でセレンの顔が再び茹った。同時にセレンの頭の中で、ウサギがぴょこんと跳ねた。


「駄目に決まってるわ!?」


 激しく取り乱し距離を取ろうとしたセレンを逃がすまいと、リゲルは逞しい腕の中にセレンを閉じ込めた。


「あー、もう、ばか、ばか」


 ぽかぽかと胸板を両手で叩かれても、リゲルはびくともしない。かわいく甘えられているように感じ、リゲルは完全ににやけている。普段仕事をしないリゲルの表情筋が、珍しく仕事を全うしている瞬間だった。


 セレンとリゲルを祝福するように、流れ星の雨が降り始める。お互いしか見えていない二人はそれに気付かず、穏やかに夜は更けていった。


 この夜以降結婚するまで、共に過ごす夜には必ずちょっとしたいざこざが、二人の間で繰り広げられた。結果は魔術を駆使するセレンの完封勝ち、何がとは言わないがセレンは死守しきった。どんな筋肉も睡魔には勝てないと、後にセレンは語ったとか。

これで本編完結です。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

不定期で小話更新中です。

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