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たな×かと  作者: 狐金百合
第二章
20/27

お姉さま×姫愛ちゃん

 写真部の部室に黒須さんと共に入ったら、室内にいた大柄な女子に「お姉さま」と呼んでいいかと訊かれてしまった。

 室内でも他に色々と驚くことが起こっていたけれど、私にとってはこのことが一番驚くことだった。

 他の事は意図的に(・・・・)無視してその女子に近寄る。


 なぜだろう、私は彼女と初めて会うはず。

 近くで良く顔を確認して、そう確信する。

 ではなぜ彼女は私をそう呼ぶ?

 初めて会う人を「お姉さま」と呼びたい理由。

 なにがある?


 1、生き別れた妹。

 あり得なくはないですが、私にはちゃんと兄と弟がいるし、生き別れの妹の話など聞いたことがない。

 家庭環境もそんな突飛なことが起こるはずもない平凡なものだし。


 2、私を自分の姉と勘違いしている。

 人違いって言う理由はすごく納得できる。

 だが、自分の姉を「お姉さま」と呼ぶだろうか?

 しかも「呼んでもいいですか?」と疑問形だったし、どうにもおかしい気がする。


 3、ニックネームを付けるのが趣味。

 これは非常にあり得る話だと思います。

 先程の様子から見て、この部活には変人が多そう。

 1人くらい初対面の人にニックネームを付けるのが趣味な人がいてもおかしくない気がする。




 うん。

 やっぱり3番の可能性が高いと思う。




「……ですが、私は貴女のお姉さんではないですよ?」


 だけどやっぱり、ニックネームだとしても「お姉さま」はちょっと恥ずかしい。

 言葉を額面通りに受け取ったフリをした答を返し、暗黙の拒否を示す。


「あ、いえ、そうですよね……すみません、変なこと言って」


 けれど、その拒否の言葉の威力は思ったよりも大きかったらしい。

 大柄な彼女はカァッと顔を真っ赤にし、背を丸め大きな体を縮みこませて俯いてしまう。

 チラッと俯く寸前に瞳が見えたが、少し潤んでいたように見えた。




 ……私の言い方が悪く怒っているように聞こえちゃったのかもしれない。

 彼女は善意で、ニックネームを付けて馴染みやすいように気を使ってくれたのかもしれないのに。

 不用意な発言で傷つけるつもりなんて全くなかったのだが、そんなことは後になって言ったってどうしようもない。




 ……確かに「お姉さま」なんてニックネームは恥ずかしい。

 でも、誰かを傷つけてまで拒否したいものでは、ない。

 それくらいなら――




「……ですが」


 だから言葉を口にする。

 彼女を悲しませない、傷つけない言葉を。


「……呼び方は気にしませんし、お好きに呼んでいただいていいですよ」

「え、ホントに、いいんですか?」


 その言葉にパッと顔を上げる女子生徒。


「……はい、どうぞお好きなように」

「えっと、そ、それじゃ――お姉さま! お、お、お名前を教えてもらってもいいですか!?」


 少しどもりながらも、名前を尋ねてくる。

 やっぱり、少し人付き合いが苦手なだけだったのかもしれない。

 私も緊張してよくわからないことを言っちゃうことがあるし、その気持ちは理解できる。


「……私は2年の岩飛愛乃いわとび・あいのといいます、貴女の名前を聞かせてもらってもよろしいですか?」

「愛乃お姉さま……あ、はい、わ、私は1年の竹野姫愛たけの・ひめです! 今日は写真部に入部させてもらいに来ました」


 え、この娘、後輩なの?

 背が高かったからてっきり先輩なのかと思ってた。

 よくよく見てみると、確かに上履きの紐が1年生の緑色だ。


「……そう、私も写真部が楽しそうかなって見学しに来たの。よろしくね」

「え? お姉さまは部員じゃないんですか?」


 あぁ、そうか。彼女は私が転校生だと知らないのか。


「……私は今日転校してきた転校生なの。だからまだ部活にも入っていなくて、色々なところを見学させてもらっているの」

「そう、なんですか……」


 何か落ち込んでいるようだけど、またまずいことを言っちゃったかな?

 慎重に言葉を選んでいたつもりなんだけど、ちょっとこの娘のことがよくわからない。

 浮き沈みが激しすぎる。

 まぁ、ナイーヴなんだなってことは理解できたけど。


「……姫愛ちゃんはどうして写真部に入ろうと思ったの?」


 落ち込ませたままだと空気が重い。

 だから、彼女が話しやすいような話題を振ってみた。


「ひ、姫愛ちゃん!?」


 しかし、なんだか違うところに反応する。


「……あ、ごめんなさい。馴れ馴れしかったかしら?」

「い、いえ、大丈夫です。ちょっと驚いただけなので」

「……驚く? やっぱり竹野さんの方が良かった――」

「いえ! 姫愛ちゃんでお願いします!」


 こっちの言葉を遮ってまで主張する。

 うーん、伏目がちで目を合わせようとしないし、人見知りのするような娘かと思えば、今みたいに積極的に主張もする。

 中々変わった娘だ。


「……わかったわ。姫愛ちゃん」

「あ、はい、愛乃お姉さま。すいません、わがまま言って」


 彼女が求めるように再度呼んだら、恐縮されてしまった。


「……謝る必要はないわ。私は転校してきたばかりで仲のいい人もいないし、姫愛ちゃんと仲よくなれて嬉しいもの」

「っ! お姉さま!」


 キラキラと目を輝かせて私の手を握る姫愛ちゃん。


「一生ついていきます!」

「一生!?……あ、いや、そ、それで何で姫愛ちゃんは写真部に入ろうと思ったの?」


 コロコロとテンションが変わって、こちらのペースを崩してくる姫愛ちゃんに、再び質問をしてみる。


「あ、そうでした。すいません、勝手にしゃべっちゃって――私は仲遠先輩や九条院先輩に憧れて写真部に入ろうと思ったんです」

「……憧れ?」

「はい! あの2人みたいに自分の意見をビシッと言えたり、いろんな人から憧れられたり……そして、こ、告白とかされたり、そういう自分になりたくって」

「……そう、あんな風に」


 そう相槌を打ち、少し離れた所で不良少年に付きまとわれている仲遠一颯を流し見る。

 ……確かに、変な魅力はあるのかも。

 昔から活発で、歯に衣着せぬ性格だったし。


「仲遠先輩なんかすごいですもん、教室内であの田中先輩と加藤先輩に公開告白されたんですよ!」

「……え?」

「あ、すいません、お姉さまは今日転校されたんでしたね。

 あそこにいる小柄な女子が仲遠先輩で、その脇に立ってる大柄で制服をちょっと着崩してるのが加藤先輩。ピシッと着てる方が田中先輩です。2人ともカッコいいですよね~」


 私が彼らと同じクラスだと知らない姫愛ちゃんが、わざわざ彼らの事を教えてくれる。

 


「……あ、いや、それはわかってるんだけど、今なんて? いえ、それよりその結果は?」


 あの2人が公開告白?

 それじゃあの2人の内のどっちかが付き合っているの?

 でもそんな風には見えない。

 1日しか見てないが、あの3人は仲良し3人組だ。

 昔と同じように。



 でも、もしも彼らの内のどっちかが仲遠一颯と付き合っているなら、私の“計画”が――



「あ、それは――」


 しかし、その答えを聞くことは出来なかった。



「こんにちわ~、姫愛ちゃん仲良くなったんだ~」

「あ、九条院部長」


 ウェーブがかった髪を揺らした優しげな人が私達に声をかけてきた。

 姫愛ちゃんの言葉から察するにこの写真部の部長なんだろう。


「……こんにちわ、2年生の岩飛愛乃といいます。挨拶が遅れてすいません」


 部長の方を向き直り、頭を下げる。


「え~、いいよいいよ。そんなに畏まらなくっても」

「……ですが――」

「私達があっちにかかりっきりだったから、姫愛ちゃんの相手をしてくれたのは本当に助かったの。だからお礼を言いこそすれ、謝られることなんてないのよ」


 部長は視線で後ろを示す。

 そこにでは何やら黒須さんに他の面々が床に正座させられていた。


 ……一体何があればこの数分であんなことになるんだろう。



「ま、そういうわけだからありがとね」

「……はぁ」

「で、あっちでも話が一段落したから、みんなに自己紹介お願いしてもいいかな?」

「……私はまだ入部するか決めていませんが、いいのですか?」

「え! お姉さま入部しないんですか!?」


 姫愛ちゃんが驚いたような声を上げる。


「……まだ何も説明を受けていないからね、どうするかはまだ決められないわ」

「入りましょう! きっと楽しいですよ!」

「ふふっ、姫愛ちゃんにすごく懐かれたのね」


 口に手を当てながら部長がクスクス笑う。

 本当に、理由はわからないけれども懐かれている。

 嫌ではないけど、やっぱり不思議。


「説明もするし、とにかくみんなでお話ししましょう」


 そう部長に促される。


 説明を受けることや、自己紹介するのにも別に問題はない。




 ただ、お昼に宣戦布告したばっかりの仲遠一颯がいるのが気まずいのだ。




 しかし、隣でキラキラと目を輝かせて見つめられては、流石に断わって出て行くことは出来なかった。


「……わかりました、よろしくお願いします」


 諦めて私はそう答えた。

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