聖夜のプロローグ
トニーはロックンロール・サーカスに参加した。その翌日ジェスロ・タルを辞めて。アストンに舞い戻って来たんだ。何という無駄のなさ。
愚行や無茶にしか思えない。
その決断の早さと来たら。
呆れより寧ろ清々しいくらい。
タルのメンバーも驚いたはず。
「辞めたって…どういう事だ!?」
「俺が居るべき場所じゃない」
「酢漬けの卵と?フレンチ・フライしかないパブが?お前の居場所だってのか!?」
「まあ今のとこはな」
トニーは肩を竦めた。
まったくもって釈然としない。
そんな顔でギークは言った。
「お前は…ジョン・レノンとライブまでやれる!そんなバンドに入ったんだぜ!」
「俺は、自分自身のバンドに居たいんだ。雇われなら前の仕事と同じさ」
「イアン・アンダーソンは悪い人間だった?」
俺は聞きたい事を聞いてみた。
「彼は紳士だったよ」
「何も問題ない、ただ」
「ただ何だよ」
「彼は…あのバンドではジミ・ヘンドリックスなんだ。全て彼が決めるんだ。ギターのトーンまでね。俺はジミのバンドよりも、クリームの誰かでいたいんだ!」
安い最低なリンゴ酒を3杯空けた。ビルはもう泣きそうな顔をしている。
「あのバンドには…プロフェッショナルな空気はある…けど笑いはないんだ。誰も、俺を笑わせてくれないし。彼らも、笑わない…」
トニーの口調はいつもと変わらない。
「俺はこのバンドに居たいんだ」
「俺達また一緒にやれるんだな」
ギークは笑顔になるのを必死で堪えていた。なぜ堪えるのか謎だが。
見た目が受難のキリストだからか。
「皆が俺を迎えてくれるならな」
「名前を変えるべきだ!」
「マッド、名前の件は忘れろ」
少しの間バンドを離れていたが。
トニーはいつもと変わらない。
それがうれしかった。
トニーは俺達全員を見て言った。
「俺達に今必要なのは…全員がバンドに取り組む姿勢を確認する事だ!俺は、ジェスロ・タルで本当のプロの仕事を見て来た。彼らは、ただ1度のライブのためでも、4日はリハーサルに費やす。俺達も、それをやらなきゃだめだ。オリジナルの曲を書いて。カバーはやらない。たとえ客にブーイングされてもだ。観客が、俺達の曲を覚えるようになるまで。やり続けるんだ」
「そしてアルバム作りだ!」
これが俺たちに贈られた。
サンタからのプレゼント。
長いようで短い各駅停車の時間だった。
だが俺たちはもう止まらない。
戻って来るなり彼はホイッスルを吹いた。
「ぐずぐするな!ウスノロども!」
そう俺たちに発破をかけた。
あの時のトニーワイズマンだ。
「明日の朝ジムにかけ合うさ」
「全員で行こうぜ」
皆が真剣な顔で頷いた。
トニーは、誰もが手にしたいと考える仕事を手放して。俺達の元に戻って来た。
普通なら考えられない。
彼は自分が求めている事。
それが何時も分かっていた。
そして有名バンドの威光がなくても。
自分は成功出来ると確信していた。
人気バンドのメンバーになり。
そのバンドから「プロフェッショナルとは何か?」成功のノウハウを盗んで…いやしっかり学んで来た。
ならば彼の決断が正しいと。
俺達は証明するだけだ。
トニーは、ビールのグラスを一息で空けると、テーブルの上に叩きつけるように置いた。
そして長い緊張から解けたように、
俺たちにしか見せない笑顔を見せて。
こう言ったんだ。
「がんばろうぜ」




