ドジョウ鍋。
台所には、竈に鍋など一通りのものが揃っている。
食材も好きに使っていいとのこと。
「さて、三人の腕前を見せてもらおうか。」
坊主は土間に座り、三人を眺める。
「何でもいいのか?」
侍の問いに頷く坊主。
「ただし、美味くなかったら、屋台は無しだ。」
坊主はニヤリと笑う。
腕組みをする侍を見ながら、小太朗も腕組みをする。
「食材は、残り物のご飯とちっちゃい魚があるよ。味噌や醤油も使っていいって。」
桜が女中に確認して言う。
「魚はドジョウだな。この地方はドジョウがよく取れるのか?」
侍の問いに、成り行きを見守っていた女中が頷く。
「手に入りやすい食材なら僥倖だ。」
侍は顎をさすりながら呟く。
「ではドジョウ鍋だな。」
侍は懐から包丁を取り出す。
「わしは晩飯を腹一杯食べてるから、よっぽど美味くないと合格にはしてやらんぞ。」
何故か楽しそうな坊主。
「このドジョウは泥抜きはしてあるの?」
桜は女中に尋ねる。
「はい、一日は水に付けてます。」
「泥抜きしなかったらどうなるの?」
首を傾げる小太朗。
「泥が残ったままだったら、ジャリジャリするに決まってるじゃない。」
桜が呆れたように答える。
侍は、ドジョウに塩を振ってぬめり取りを始めた。
小太朗は火おこし、桜は長ネギと豆腐を切り始める。
侍は二人にテキパキと指示を出す。
調理場に活気が満ちる。
侍は、水と酒に、醤油と味醂を加えた出汁を鍋に入れる。
そしてごぼうをさきがけにして投入。
中火で沸々と煮立ってきた鍋に、ドジョウを入れ味噌で味を整える。
その上にドジョウが隠れるほどの長ネギと豆腐。
火加減を調整する小太朗の額に汗が光る。
蓋を開けた瞬間、味噌の香りが立ち上った。
鍋いっぱいのねぎの下で、どじょうが煮えている。
「お好みで山椒をかけても良いな。」
言いながら、侍はお椀にドジョウ鍋をよそう。
小太朗は、一仕事終え、大きく息を吐く。
「意外と大変だったわね。」
桜は額の汗を拭く。
坊主はお椀を覗き込む。
「良い香りだが、果たして。」
ひと口、汁を啜った坊主の表情が変わる。
ふわりと立ち上がる湯気が顔を包む。
味噌の濃い香りに、川魚特有の土の気配が混じり、それが妙に食欲を刺激する。
ごぼうの香りがそこに絡み、酒と味噌、味醂と醤油の出汁が全体を丸くまとめている。
箸を入れると、抵抗なくすっと切れる。
身はもう骨を感じさせないほどに煮崩れ、ほろりと崩れて味噌をまとったまま持ち上がる。
ひと口。
最初に来るのは、味噌の濃厚なコク。
すぐに、その奥からドジョウの旨みがじわりと広がる。
泥臭さは消え、代わりに滋味だけが舌に残る。
ごぼうの土っぽい香りがそれを引き立て、どこか懐かしい深みになる。
坊主は、何も言わずに最後のひと口を啜る。
そしてゆっくりと椀を差し出した。
「……おかわりだ。」
侍は坊主にお替わりを、そして小太朗と桜にそれぞれ一杯ずつお椀を渡す。
「お師匠さん、初めて食べたけど美味しいです!」
「…まあまあね。」
二人ともお替わりを食べ始める。
侍は成り行きを見ていた女中にも勧める。
ひと口食べた女中は、
「こんなに美味しいドジョウ鍋、初めて食べました。」
すっかり笑顔に。
小太朗は、これで屋台ができると思い坊主を見る。
坊主は難しい顔をして腕組みをしている。
しばらく沈黙した後、坊主が口を開いた。
「……美味いのは間違いねえ。だが、それだけで屋台を任せるわけにもいかねえ。」
坊主は侍を見ながら言う。
「もう一品作ってみろ。」
「確かに美味い。だが作るのに時間がかかりすぎる。」
坊主の言葉に侍は頷く。
「見た目も好みが分かれる。」
「それにドジョウ鍋はおっさんじゃなきゃ作れない。」
小太朗は桜の言葉に頷く。
「お師匠さん、どうしたらいいんでしょう。」




