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「魔法を研究するうえでそれなりに話題になることがあるんだけど、魔法は特殊能力の一種であるのではないかという仮説が立てられることがある。そして、そういった特殊能力を持つ存在は魔物であり、人間もまた魔物ではないかと言われることがあるんだ」
公也たちが休息をとっているとき、基本的には雑談をしたりのんびりしたりしながら休んでいる。しかし、そんな公也たちの中でロムニルだけは少し特殊だ。研究馬鹿と称されていたように、彼の話す内容は研究に関わること、魔法に関わることが基本である。そもそも彼はそういった事柄以外に興味を向けることが少なく、嫁自慢か魔法に関して彼の二択しか話せることがないというのも理由としては大きいのかもしれないだろう。
そんな彼の話だが、ただ雑談、お話として聞く分にはそれなりに楽しめることであることもある。魔法に関しての詳しい研究の事柄は微妙な感じだが、そういった魔法に関わる様々な面白話に話が繋がるとそれなりに楽しく聞くことができる。今回はそんな話よりは、魔法研究とその一環の内容にかかわる話であるらしい。
「…………いや、特殊能力を持っているからといって魔物であるとは限らないだろう? そこのフズみたいに」
「カア?」
「ああ、確かに普通の獣も特殊能力を持っていることはある……だけど、そもそも特殊能力自体が普通の獣がもともと持っていたものじゃないと思うんだ」
「それは……まあ、なんとなく納得できるが」
「その話は確かにわからないでもないわね。警戒烏は何故か近づく存在の心を見ることができて、その心に自分か仲間を害する意図があれば警戒の鳴き声を発する。そんな特殊能力は普通の生物が持ち得るものとは思えないわ。魔物が持っているような、割ととんでもない能力よね?」
「魔物はこの世界の摂理に反する生き物。警戒烏そのものはこの世界に生きる普通の生物とほぼ同等に思える。しかし、その能力は明らかに普通ではない。そもそも特殊能力がこの世界の摂理に沿ったものかと言われれば大いに疑問だ」
「……人間の持つ魔法もまた、特殊能力と同じ、か。この世界の摂理に沿わない異常な力であると」
「そう。だからだろうね。人間を魔物だということがあるのは」
魔物が魔物として認定される条件はこの世界に存在するものとして、この世界の摂理に沿わない要素を持つ存在。ゴブリンならばその異常ともいえる母体を殺しその嵩よりも多くに増える繁殖能力、大半の魔物に該当する掛け合わさることのない種族同士が結びついた容貌を持つ独自の種、あるいは異常ともいえるようなあり得ない特殊能力を持つもの、生命の生死に反する存在など。
特殊能力を持つだけで魔物とは言えないが、魔物はそういった特殊能力を持つことが多い。そもそも特殊能力はこの世界の摂理に則ったものであるかどうかと言われれば則ったものではないと言える可能性の方が高い。そう考えると特殊能力は魔物が持つものであるということになり、特殊能力を持つ存在は魔物であると認識できる。つまり魔法という特殊能力を持つ人間は魔物として認定できてしまうことになるだろう。
「それに人間は種としても、食物連鎖から外れた部分に存在する。そういう点でも摂理から外れてると言えるかもしれない」
「…………いや、待て。食物連鎖はそもそも人間が決めたことじゃないか? 前提として人間がこうあるもの、として決めたものだから成立している。それを摂理と決めつけるのはどうなんだ?」
「そうだね。いろいろな点で前提としての摂理が何なのか、という話にもなる。そういう点も含めて実は魔物に認定も難しかったりするんだ」
「えっと、道にある魔物避けとかじゃ判別できないっすか?」
「ふむ。確かに魔物避けは魔物を寄せ付けないようにする性質がある……だが絶対じゃないだろう? 妖精だって魔物だが、彼女はここにいる」
「…………あんまり好ましい感じではないわよ?」
「そうだね。言うなれば、とても汚い部屋にいるような感じだろう。臭い、汚れ、狭くて危ない、そんな場所にいたくないからその場所から逃げる……しかし、それを事前に知っており、ある程度慣れれば、そこにいることはできる。もちろんそれが望ましいわけでもないし、好ましいわけでもないと思われるわけだが」
「そうね。でも、ちゃんと掃除はしておいてほしいのだけど? 部屋を汚くするなんてやめてほしいの。それくらいは自分でしてもらえないかしら?」
言うなれば魔物避けが魔物を寄せ付けないのは魔物避けが魔物にとって不快なものだから、だ。人間もわざわざ自分が不快になる場所に望んで近づこうとはしないだろう。しかし、理由があれば近づくことはある。必要があれば近づくことはある。それに生物によってはそういった不快な場所を逆に好むケースもある。そう考えれば単純に魔物避けに反応すれば魔物であるとは言い難い。
「……まあ、つまりは魔物避けは魔物にとって好ましいものではないから近づかないだけで魔物であるかどうかを厳密に判断するための物ではないということだ。臭いによって避けるなら鼻が弱い生物には通用しないし、生物でなければ呼吸も必要ないから通用しない」
「…………魔物避け自体は魔物の判別には使えないか」
「魔物以外も反応してしまうからね。それとも魔物避けに反応する生き物はすべて魔物として扱うかい?」
「そういうわけにもいかないだろう……ロムニルも言った通り、無生物なら効かない場合もある」
「無生物っすか…………そんな魔物いたっすかね?」
単純に無生物の魔物を示すのであれば、解りやすい例がゴーレムだろう。あるいはトレントの類……は植物なので生物だが、ああいった存在はどちらかというと無生物に区分されることが多い。植物を無生物として扱うか、植物として扱うか、生物として扱うかに関してはこの世界ではそれなりに論議の的だ。植物は生物の内に含めるべきだと思われるのだが、植物は動物にない特徴を持つせいか別区分としてカウントされることが多い。ちなみに植物系の魔物は地味に扱いが面倒くさい。アルラウネやマンドラゴラの類を無生物として扱う存在は少ないだろう。そう考えれば植物は植物とカウントするのが一番安全である。
さて、そんな話はさておき。無生物は単純に生物だけのカウントにあらず、現象の類もまた含める。この世界に存在する現象が命を持った存在……まあ、場合によってはそれは精霊として扱われる。精霊は生物か、それとも無生物か。これもまた議論の的だ。なお、妖精はそういった議論に関わることがない。妖精と精霊は似通った存在であるが、妖精は厳密に実態を持った生き物であるため議論する必要性がないからである。
そして、無生物と言えばそもそも生物ではない存在もいる。無機物という意味ではなく、既に生がない、生を失った存在である者たちのこと。
「いろいろいるけどね。特にアンデッドはいろいろ複雑だよ。ああ、人間が魔物と言われる一因にはそのアンデッドの存在も地味に絡んでいたりするかな」
アンデッド。不死者とも呼ばれることのある、この世界において死者となった存在が生き返った存在。もっとも、正確には生き返ったわけではないのだが。死んでいない、あるいは死んでいても動くと言うべきか。基本的に生前の記憶を有する存在であり、生者であったころから連続してこの世界に意思を存続させている。それゆえに実に扱いの難しい存在である。元々人間であった、普通の生物であったのに、死んで死にきれなかったため魔物として扱われるようになった……また、魔法で作ることのできる存在であることもあり、アンデッドは魔物なのか、人間は魔物でないと言えるのか、などといろいろな意味で難しい問題である。
※魔法に関しての話。三人寄らば文殊の知恵、ではないが二人、夫婦の時よりも三人の方が話し合い、議論的なことはしやすい。
※魔物は世界の摂理に反する生き物。しかし世界の摂理とは何ぞや? そしてこの世界に生きる全ての生き物は世界の摂理に反していない生き物なのか? それを検証できる存在はいない。世界の摂理というものが何かを厳密に示すことができないため。ゆえに一般的な当たり前に反する場合世界の摂理に反するとされることが多い。
※特殊能力は基本的に世界の摂理に反する……が、生き物の持つ特殊な能力がそうであっても生き物そのものが世界の摂理に反しないのであればそれは魔物ではないのでは? でも世界の摂理に反する部分が特殊能力の一種ではないと言う保証がない……何を持って魔物とするのか、いまだに議論の余地は多い。
※魔物避けが魔物の判定に有効……ということはない。魔物避けが効かない魔物もいる。
※植物は無生物か? 生物だと思いますけど。恐らく動物かどうか、と生物かどうかを混同している可能性がある。
※アンデッドの話。前話を考えるとタイムリーな話。




