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「……………………」
「……………………」
じっと公也とヴィローサが図書館で本を読んでいる。以前ちょっとした面倒事はあったが、今は特にこれと言って関わってくる相手はいない。まあ、そもそもヴィローサは妖精であり、妖精というのは厄介な存在であることが多い。基本的に物事への興味が移り気で悪戯好きな性質が高い存在である。公也の傍にいるヴィローサはその限りではないが、ある種通常の妖精よりも危険な存在となっている。ゆえに手を出さないほうがいいと以前の騒動を見ていた側は思うわけだ。
そもそも、わざわざ妖精に関わろうとするのは妖精について興味がある人間、研究者であったり妖精好きであったりと趣味人ばかりである。魔法使いの一部にはそういう傾向の者もいるが、相手方に迷惑をかけてまで調べようと思う者は……それなりに少ないだろう。仮に興味はあっても面倒事への発展は望まない。なのでこれ以上手を出してくるものはいない。
ゆえにのんびりと本を読めている。
「…………もう大分読み終わったな」
「そうなの?」
「ああ」
公也はこの図書館にある本の多くを読み終えた。まあ、読み終えたと言っても簡単に読んだだけで深くその内容を消化していないものもあるし、自分の中で大雑把に情報として蓄積した程度の内容もある。理解できずとりあえず内容を覚えている程度の物もあった。今の公也であれば覚えるだけであればそこまで難しくないが、そういった蓄積した情報のすべてが役に立つわけでもないし、いつでも問題なく引き出せるというものでもない。それに関しては別に元々公也のいた世界でも似たようなものなのでそこまで気にすることでもないが。
ともかく、この図書館にあった蔵書は元々そこまで多くはなく、簡単に読む程度ならある程度問題はない。しかし、それでも全部というわけにはいかない。流石にわずかな期間ですべての本を読むことができるほど本を読むというのも楽ではない。
だが、公也としては本を読むだけの生活というのもあまりよくはない。知識を得るという点では本は重要な役割を持ち、大きな糧となるものであるが、そればかりというのも味気ないし一ヶ所だけで得られる知識にも限度はある。
「そろそろ別の街にも行ってみたい」
「そう。それはキイ様が決めればいいと思うわ」
「そうか」
ヴィローサに別の街に行く話をしても、ヴィローサは別にその決定に関わるつもりはないようである。基本的に彼女は公也についている存在であり、公也が行くところであればどこへでもついていく覚悟である。そういう意味では公也が自分のしたいことをする、というのであればそれでいい。
「じゃあ、フーマルと相談するか。ここでの冒険者の仕事も悪いものではないが」
「フーマルなら問題ないと思う。あいつ、ここでの仕事は採取が多くてかったるいっすー、とか言ってたわ。フーマルはどちらかというと討伐系が好きみたいだからそういうのが多いところに移動できるなら素直についてくると思います」
「……あいつにも負担を強いてるな」
「いいんじゃないの? ついてきたいと言ったのはフーマルだもの。嫌なら勝手にどこにでも行けばいいの。キイ様についてくる時点でキイ様の意思に従うのは当然のことよ」
フーマルは元々一人で冒険者をしていた。そこを公也と出会い公也についていく、公也を師匠と形で慕い一緒の冒険者パーティーとしてやっているわけである。ヴィローサにぼろくそに言われたり、フズと一緒に過ごすことになりその生活の世話をしたり、公也がいろいろな意味で負担を強いている形ではあるが、それが嫌ならばヴィローサのいう通り既に公也から離れ別のパーティーに所属するなり一人で活動するなりしているだろう。なんだかんだでフーマルも公也のことを好いている……深い意味ではなく。
とはいえ、不満は不満。面倒は面倒。苦労は苦労だ。公也がフーマルに色々と負荷となることを与えている事実には変わりがないだろう。ある程度はフーマルの要望を聞き入れたり受け入れたりするのは冒険者のパーティーリーダーとして仲間を気にする者としては必要なことだ。
「まあ、それでもストレスになることはない方がいいからな。必然的にストレスを与えてしまうのなら、その解消の機会も必須だ」
「そう? 私はキイ様といれればそれでいいからわからないけど……まあ、キイ様がそういうのなら、キイ様の望みの通りに」
フーマルと違ってヴィローサは公也といられるのならばそれ以上のものはいらない。まあ、公也といろいろと……という想いがないわけではないが、それを急いで求める必要性もない。しっかり、ゆっくり、少しずつ。理解と受容を繰り返しながら育て大きくし、相手に自分を受け入れてもらう。いずれは、と言ったところである。
「そういうことで、この街を出るつもりなんだが」
「そうっすか……もしかしたらずっといることになるかなと思ったっすけど、意外と早かったっすね」
公也は図書館で本を読んでいる。そのため、公也はもしかしたらずっと本を読むためにオーリッタムにいるつもりなのではないか、とフーマルは考えていた。その不安はあったが、今回街を出るつもりだということで少しほっとしている。
「なんでそんなふうに思った?」
「いや、師匠ずっと本を読んでるっすし……」
「まあ、確かにそれもそうか……とはいえ、本ばかり読んでもな。ここだけで得られるものはあまりない。だから別の街に移動して別の経験をしないとだめだ」
「……まあ、俺は冒険者らしく仕事できればそれでいいっすけどね」
フーマルと公也では冒険者をやる理由が違う。フーマルはどちらかというと冒険者らしい、冒険者として身になる依頼、仕事をしたい。成果の方を重要視する……とは少し違うが、やはり英雄譚のような活躍する方の冒険者になりたいと思う方である。今の採取系依頼ばかりなのはフーマルとしては不満で、できれば魔物退治や討伐などの依頼を受けたいと思っている。あまり極端に上を目指すつもりはないが、強く有名になりたいという実に冒険者らしい願望がある。
公也の方は冒険者をしているのはあらゆる仕事を経由しそういった仕事における経験や情報や知識を得ることが目的である。なのでできればいろいろな場所で依頼を受け、いろんな仕事を経験し、その内容を知る。そうできればいいわけであり、フーマルの目標ややりたい事とは被っているところもあるがやはりずれているわけである。まあ、どちらもお金を儲けて生活に困らないようにする、というのは目的の一環としてはある。そういう点では困ることは少ないだろう。そもそもフーマルはともかく公也はあまりお金を必須とする生活をしていないのだからお金に苦労することはない。
「で、何処に行くっすか?」
「それは決まってないな。とりあえずどこか適当に、って感じだろう」
「そうっすか…………そうっすね。まあ、冒険者として魔物を相手に戦う仕事があるなら俺としてはどっちでもいい感じっすけど」
「そうか。とりあえず、街に出る前に各所に挨拶をして来る」
「俺はどこか護衛とかそういう依頼がないか探してくるっすよ。どうせなら依頼を受けながら移動する方がいいっすしね」
「ああ、構わないが……街を戻る依頼はダメだからな」
「了解っす」
公也としては一度行った街に戻るのはあまり望ましいものではない。まだ経験したことがないことや、新しい出来事というのはあるかもしれないが、今はまだ出てきてからそこまで時間が経っていないため大きな変化はないだろうと思われる。まあ、仮に大きな変化があったところで一度経由した場所で得られる物はまったく一度も行ったことのない場所より得られる物が少ないと考えられるため、行くべきところは未知の場所、知らない場所の方がいい。そういうこともあり、そのあたりのことを公也はフーマルに指示しておいた。それをフーマルは聞き、依頼を探しに冒険者ギルドに向かった。
「さて……俺はあの二人に挨拶をしてこよう」
「ええ、行きましょうね」
街を出るということになった以上、色々な形で世話になったギールセスの夫妻に挨拶しておくのは必須である。まあ、公也の場合対話し魔法に関する話でより関係性は深まっている。それこそかなり仲がいいと言っていいくらいだ。ゆえに公也たちは二人にここから去ると告げに向かうのであった。
※師匠らしいことはほぼしていない師匠であるがその実力、能力、戦闘力ゆえかそれなりに慕われている……のだろうか。信頼はされている感じではある。




