9秘密の部屋
勧められるまま入った部屋は広かった。
落ち着いた色調のシンプルなすっきりした感じ。ここもリビングだけど、先程までいた手前のリビングの倍以上の広さはある。ソファ横には超お高そうなマッサージチェアまで鎮座しているが、高級感溢れる空間になっている。
咲希は無言で漆原を見た。
目は説明しろ!と訴えていたが言葉にはならない。全てを心得た漆原は有難いことに?ちゃんと説明はしてくれる。
「私のプライベートルームです」
それは、わかってる。それは思っていることの確認に過ぎない。じゃあなくて!何故ここに連れて来られたのか?まさかとは思うがいちおう身の危険を感じないわけではない。こんな部屋に入り込んで大丈夫なのか?
さっきの今だ。
つい、びくびくしてしまう。
それも察してか、漆原がくすくす笑う。
「大丈夫です。教え子に手は出しませんよ」
今はね。と小さく呟いた声は勿論咲希には聞こえない。こんな部屋に連れ込まれた時点で終わりだと警戒心と危機感を持たなければならないところだが、自分のこととなるとてんで鈍くなるのか、さっきの今で大丈夫の軽い一言ぐらいですぐに男を信用してしまうところが世間知らずの奥手のお嬢ちゃんなのかやはり甘いのかもしれない。
さすがに漆原も兄がボディーガードを付けるのも仕方ないかとこっそり思った。
しかし、これはこれで手の内に囲ってしまえば付け入る隙はいくらでもあるということ。先ずは信用信頼を積み重ねていく。
「とりあえず、諸々が片付くまでここでゆっくり休んでいてください。終わったら呼びに来ます。あぁ、今着替えを頼んでいますからお風呂でもどうぞ」
そう言って案内し、タオルやバスローブを取り出し入浴剤を渡す。
「着替えが届いたらリビングに置いておきます。冷蔵庫も自由にどうぞ」
ではごゆっくり、自分は紫苑の事務所に行くからと言い残しさっさと出て行った。
浴室は広々としている。大理石の浴槽に入浴剤を入れスイッチを入れると勢いよく湯が流れぶくぶくとクリームのように泡立つ。
確かに松永に触られたところは早く洗い流したいし、あの服ももう着たくないと思う。
男のくせによく気が付く。繊細だよな………
そう言えば文章も繊細で細やかだった。性格かぁ〜
呑気なことを考えつつジャグジーまで堪能してリビングに戻ってみれば、そこには何種類かの洋服と下着。ブラは各種サイズが揃っていることに驚く。その横にはハサミと化粧品一式も並んでいた。
メモを見れば外商で取り寄せたので、必要なものを使ってくださいとある。
つくづく行き届いた男だなと思う。
すっぴんでも問題ないので化粧水だけ封を開けて使うと別に置いておき、楽そうなパステルカラーのワンピースに着替えた。冷蔵庫から水のペットボトルを取り出しソファで寛ぐ。
スピーカーからはモーツァルトが流れ、ぼおっとしている間にどうやら寝てしまっていたらしい。
気付いたら毛布が掛けられていた。
テーブルの上には軽食が置かれている。軽く食べて連絡すると漆原がすぐにやって来た。
「色々ありがとうございました。遠慮なく使わせていただきました」
と支払いを申し出れば、仕事中の被害だし当然のことと断られた。しかも兄が相手と出版社に対し慰謝料を請求する準備までしていると言う。押収したパソコンには盗撮写真が多数残されていたと聞きぞっとした。
「おそらく懲戒解雇でしょう」
警察に突き出すか示談にするか検討中だが、出版社としては専属のベストセラー作家のアシスタントに危害を加え、その作家がかなりお怒りとなれば今後のことに色々影響が出る。最悪訴えられた上に縁を切られる恐れもあるし、他にも関係各位に何が波及するかわからない。
「気持ち悪かったけど、たいして被害はなかったから……」
咲希だって当初は気持ち悪かったし怒っていた。何処にでも突き出してやるつもりでいたが、余りに大事になるのは本意ではない。漆原の立場だってある。だがその言葉は冗談じゃないと途中で遮られた。被害の大小ではないのだと。