ちゃんと言ってはいないけど
『お疲れ様』
レストランの前で未来ちゃんはすでに待っていた。
ボクを見かけると彼女は笑顔で小さく手を振ってくれた。
あえて少し生地の網目が大きくして、大きなボタンがアクセントになっている紺色のブラウスと同色系統ではあるものの生地の違いで色が違うように見えるふんわりとしたロングスカートという格好の未来ちゃんは、なんだかいつもよりもかわいかった。
彼女と行ったお店は目立たないところにある趣のある小さなレストランで、食事は多国籍の料理が出てくる感じのお店だった。。
座席は少なかったのだけど、そのレストランで食事した時にはボクら二人以外は、ほかにお客さんもおらず、ゆっくり食事を楽しめた。
『どう? 仕事は??』
『うん。デイサービスは楽しいよ』
未来ちゃんは大きな法人の施設が併設しているデイサービスで仕事していた。
同じ職種の仕事をしているので話題には事欠かないのだけど、どうしても話は仕事の話に偏りがちだった。
『うちの会社もデイサービスやるんだって……』
『ええ……そうなの? けっこう厳しいみたいだよ』
『そうなの?』
『うん。設備投資にけっこうかかるでしょ。あれ』
『あ、そうか。車も必要だしね』
『そう、特浴なんかの設備は、うちみたいな大きな施設での併設なら、初期投資しなくても大丈夫だけどさ。最近、民間でも通所介護やるところ多いけど、設備がしっかりしてないから、依頼があっても結果的にそれが理由で断られること多いみたいだよ』
彼女がこの時言っていた言葉は今、ケアマネジャーになっても思い知っている。
基本的に、デイサービスというのは外出支援というよりは自宅で入浴が難しくなった高齢者が入浴できるというのが一番の売りなのだ。
通所介護は風呂屋じゃない。
そんなことを言う研修の講師もおり、なぜ『風呂屋じゃない』のかをここで書くのは長くなりそうなので割愛するが、実はボクもその意見には賛成だ。
ただ、現実に、高齢者本人やその家族がデイサービスに求めるものの大半を占めるものはやはり自宅でできない入浴なのだ。
『お風呂はどうするの?』
『工事費用が高くつくから入浴のないデイにするみたいだよ』
『え――。それは厳しくない?』
『う――ん……。まあ、確かに厳しいかもだけど、1日預かりますよっていうだけでも需要はなくはないと思うんだよね』
『そっか……まあ、そりゃそうだね』
未来ちゃんと話しているうちにボクは石田さんがやろうとしていることはけっこう厳しいのではないかと思うようになってきた。まあ、以前からうすうす感じてはいたことだけど、こうやって客観的に指摘されると、霧のように薄ぼんやりと感じていたことが自分の中ではっきりしてくる。
その日は楽しかった。
食事も美味しかったし、仕事の話ばかりではなく、いろんな話で盛り上がった。
お店を出ると外はすでに真っ暗だった。
『今日はありがとう。楽しかったよ』
『うん……あのさ……』
『ん?』
『今度、いつ会える??』
別れ際に未来ちゃんはボクに言った。
次、いつ会うかなんてことはボクは考えてもいなかったのだけど、それを聞かれることは嬉しかった。
ちょっとドキドキしながらボクは彼女に行った。
『いつにしようか? 来週でもいい?』
『付き合ってほしい』とは言っていない状態でどっちつかずではあったけど、こうやってデートできるのは楽しかった。
いつからか……
でもこの時には確かにボクは彼女に少し惹かれ始めていた。