自宅へ入りますっ!!
かえでは、零の懐から、名残惜しそうに抜けると、上がって、と笑顔で言う。
若干目が赤いのが気になるが、そのことには触れず零は七年ぶりの自宅内へ足を踏み入れた。
「えっと・・・位置は、あんまり変わってないと思うよ。・・・だから、リビングで寛いでいて・・・」
「かえでは、どうするんだ?」
「着替えだよっ♪・・・覗いちゃ『ダメ』、なんだからね?」
可愛らしく、かえではダメの部分を強調する。
これは、アレか。前振りか・・・。見るなよ見るなよ・・・の。だったら・・・。
「・・・はぁ~・・・。ダメだ。いつもの俺が発動しねぇ・・・」
変な妄想をしてしまうと、零の名前を叫んで、つらい思いをぶちまけていた時のかえでを思い出してしまう。
そうすると、なんだか、自分が情けなくて仕方がなかった。
大切な妹に・・・なんて思いさせちまったんだろうな・・・俺・・・。
っと、かえで自身、頑張って気持の入れ替えをしているんだ。俺が、こんな感傷になっててどうするっ。
トトトっ、と階段を昇っていくかえでを見守り、見えなくなったらリビングへ向かった。
確かこのドアを開けて――
「おぉ・・・」
ほんとに、あの時のままだっ。
そこには、物こそ新しくなってはいるが、テーブルの位置や、テレビの位置。細かいところまで、零が家を出る直前とほぼ同じだった。
「・・・こんなところに、今はかえでが一人で・・・」
櫻庭家は決して大きいわけではない。外見からしても、そこらへんの住宅と何ら変わりないし、構造だって似ている。残念ながら□ラーメンではないのだが・・・。
そして零はこう思ったのだ。
初めて彼女の家に行った時とか、こんな感じなのかな、と。
だってさ、見新しい物が多くてさ、確かに名残はあるけど、それでも、キョロキョロしてしまうくらいなんだよっ。それに―――
「今、此処には俺達だけっ!!」
「どうかしたの、お兄ちゃん?」
―――っと、いかん・・・。あまりにも興奮しすぎて、口から出したいという欲望に負けてしまった。
零は、なんでもない、と軽く答え、もう一度見渡す。
あぁ・・・状況まで後押ししてくれますかっ。・・・なんとも、光栄なっ。きっと神様も、俺を応援してくれているんだなっ、まぁ、神サマも仏サマも信じないけどなっ。
「・・・どうかした、お兄ちゃん?」
「・・・え?」
愛しのかえでの声が聞こえたのは、耳元で、それはとても現実味のある声質であって・・・。
あれあれ。どうしてこんなところに、マイハ二ーがいらっしゃっているのか。
「お兄ちゃん・・・身体をくねらせて・・・」
・・・あぁ、これ知ってる。『死亡フラグ』ってやつだ。
零の脳内では「キモっ、なにそんなに身体をくねらせてんのっ!?もしかして、アッチに興味があったりとかっ」と言う、残酷なかえでが動画として流れていた。
「熱とか、あるの?」
「・・・は?」
熱って、あの温かいアレのこと・・・だよな。
「だって・・・お兄ちゃん、昔から熱あると、私を誰かと見間違えて、くねくねしながら、私に抱きついてきたでしょ?」
「あ、あぁ・・・。いや、今は、大丈夫だ・・・」
っていうか、そのことだけど、俺、ネジが風邪で飛んで、単に欲望に素直になっただけなんだけど・・・。
零はそれを言うと、今度こそ、残酷なかえでの動画が本物になりそうで、だから、それは内緒にしておいた。
「ほんとに?・・・疲れてない?」
あぁ・・・かえでが、ものすごく天然でよかった・・・。あ、一応は助言しておくが、かえでは、『アホ』じゃない、『天然』だっ。
「ほんとかなぁ~・・・。お兄ちゃん、無理して頑張る時があるから、心配だよぉ・・・」
そう言って、かえでは、零の方へ向かって歩き出す。
「ったく、かえでの心配性も治ってないなぁ~・・・って!?」
その時、突然零の顔が、かえでの頭の方向に持って行かれ、そして―――
ゴッ―――
零と、かえでの額が勢いよくぶつかり合い、そして鈍い音を奏でた。
「―――ッ、ってぇ~・・・」「~~~ッ!?」
二人して声にならない悲鳴をあげる。
「うぅ~・・・。ごめんねぇ、お兄ちゃんっ・・・」
「いや、別に良いけど、さっ。どうしたんだよ、急に・・・」
零は、頭がぶつかった際に尻もちをついたと思われるかえでに手を伸ばした。
「ぅぅ・・・失敗しちゃったよぉ~・・・」
涙目で、上目づかいは半端ない。零は、もう何を言われようが、されようが、許す気になっていた。
「・・・で、何に失敗したんだ?」
俺に出来ることなら、なんでも叶えてあげたいしなぁ~・・・。
零はかえでの次の言葉を待った。心なしか、かえでは頬を赤く染める。
「・・・―――ろうとしたの・・・」
「んぁ?・・・ごめん、もう少し大きく」
かえでは即急に後ろを向いて、ぅぅう、と小さく唸る。
「だから・・・っ!!・・・熱を、測ろうとしたの・・・っ」
「熱・・・って、まさかっ!?」
額を・・・俺の額と、かえでの可愛いおでこを―――
「あぅ・・・恥ずかしいっ・・・。ご、ごめんね、お兄ちゃんっ。忘れてっ・・・」
そう言い残すと、さっさと台所に向かっていった。
「・・・あ、あぁぁ・・・。かえでとの、初くっつけがぁ~・・・」
零の頭の中は、真冬の景色も同然だった。
でも、めげないっ。いつか、いつか、本当の風邪を引いて、引いて、引きまくってやるっ。
そして、零はまた一つ、また一つとかえでとの淡い夢を描いていたのだった。
その淡い夢さえも、悲痛な姿をしたかえでに遮られたのは、言うまでもない―――・・・。
時は遡り、零が自宅に着いたころ。
一人の女生徒が、校舎の屋上で、戦いの残骸を無表情で見つめていた。
制服は、大等部の物。つまり、一般で言う大学生だ。
「・・・Katastrophe・・・Die Untersuchung・・・」
日本語ではない言葉を呟く。手元には、身長より、二倍はあろうかという大砲に似た、赤色の何かを丁寧に磨いていた。
「・・・やっと、見つけた・・・」
無愛想と言った方が合っている彼女の表情は決して変わらない。だが、彼女の鋭い眼は、全てを凍てつかせるような、そんな威圧が漂っていた―――・・・。
□=ボックスということで・・・