会いたかったよ、お兄ちゃんっ!!
目線の先には、怒りながらも、軽くステップを踏み、綺麗で音程がしっかりと取れている鼻歌をしながら、妹、かえでは歩いている。
零はそんな妹の姿を見守るような感じで後を着いていた。本当なら、零自身も、すぐにかえでに飛びつきたいのだが、残念ながら、変態扱いは必須なので抑えることにしている。
あぁ・・・くそ、こんなに近くに居るのに、触れられないなんて。いや、決してやましい気持ちなんて、これっぽっちもないんだよ。
でも、お兄ちゃん、このかえでとの間が遠く感じるよっ。
「か、かえで、もう良いだろ?」
もう、我慢の限界っ。俺、無理っ。
零は、か細い声でかえでに語りかける。
すると、かえでは、綺麗な髪をなびかせて身体を零の方へ向ける。
「ダメだよっ。・・・今、私は怒っている最中なんだからっ!!」
畜生・・・怒りながらも、怒っている最中って言うのがまた可愛いっ。くそ、反則だぜ、そんな攻撃・・・。
大袈裟に落ち込む零見て、かえでは小さく微笑む。そして、少しだけ、歩く速度を速めた。
「・・・私だって、話したいから・・・色々」
「かえで・・・」
もう、社会的に死んでもいいっ。きっと生きていける、俺はかえでを見るだけで生きていけるぞっ。
「だから、家で話しましょう・・・ね?」
「・・・了解っ!!」
ビシっ、と敬礼をする。
「それでよろしぃ・・・ふふっ♪」
可愛く声を低くする。上司のつもりだろうか・・・。もし、かえでが上司だったら、全てを尽くすんだろうな、そう思いながら、小さな背中を見つめた。
その時、零はかえでの可愛さに惚れていた故に、一つミスをしてしまったことに気がつかなかった。
手を伸ばせば届きそうな距離にかえでは居た。
今、自宅に着き鍵を使って玄関を開けている最中だ。
「ん・・・しょっと・・・開いたっ♪」
小さな声で、独り言を呟くかえで。
ガチャ―――
お馴染みの音で玄関が開き、その中にかえでは消えていく。零もそれに続いた。
「・・・変わってねぇなぁ~・・・」
零は入ると同時に感嘆に似た声を上げる。理由は簡単だ。零が義理父に着いて行く時最後に見たのがこの玄関で、そしてどこもかしこも、記憶と重なったからだ。
と、その時―――
「うわっ・・・とっ!?」
突然愛しの妹かえでが、零に飛びついた。
そして、かえでは両手で零の服をしっかりと握ると―――
「うっ、うぐっ・・・ぐすっ・・・」
「・・・どうした、かえで?」
零は突然飛びついてきたかえでに優しく声をかける。
「お、お兄ちゃん・・・お兄ちゃん・・・おにい、ぢゃ、んっ。・・・会いたかったよ、お兄ちゃぁぁぁんっ!!」
かえでは、思い切り零の胸に顔をこすりつける。それはまるで、ある小動物が相手の確認に行うための動作に似ていた。
「うわぁぁぁぁああんっ!!!」
零は今更ながら気がついた。義理母が来ないことに。
そして横を見ると、そこには義理母の写真が飾ってある仏壇が置いてあった。
そうか・・・。俺が居なくなり、義理父もいなくなり、終いには義理母まで居なくなって・・・。ずっと、一人だったんだな・・・。
「さみしかったよぉぉぉおおっ!!・・・うぅ、うぅぅぅぅ」
零はそっとかえでの頭に手の平を乗せ摩る。
「大丈夫、大丈夫だって・・・。俺が此処に居る。帰ってきたんだ・・・だから、な?」
「ぅん・・・うんっ!!お兄ちゃん・・・本当にお兄ちゃんだぁ・・・うぅ・・・スンっ」
よしよし、とかえでを慰める零は、とても優しく、普段の変態的な行動、思考は寸断していた。
「かえでは・・・ずっと、一人だったのか?」
ううん、と零の胸で顔を横に振る。
「お兄ちゃんが、出て行って・・・。四年したらね・・・。義理母さんが、病気で死んじゃって・・・。それから、一人だった・・・」
ってことは、少なくとも三年間は一人という計算になる。正直、まだ高校一年生にとっては、受け止めがたい現状だろう。
世の中には、それが原因で会話が少なくなったりとか、殻に閉じこもる人も少ないわけではない。ましてや、かえでは女の子だ。相当つらかっただろう・・・。
「よく頑張ったな。かえではえらいな・・・強い子だ」
「・・・お兄ちゃんは、もうどこにも行かないよね?私を、独りにしないよねっ?」
かえでから漏れる言葉、それには不安だらけの弱弱しい声だった。
零は、大きく頷き―――
「あぁ、もうどこにも行かない。・・・だから、安心してくれ、かえで」
そのために戻ってきたのだから。
零は、摩るようにかえでの背中をとんとん、と叩く。
「お兄ちゃん・・・。お兄ちゃんは、やっぱり、お兄ちゃんだね・・・っ♪」
「なんだよ、それ」
零は苦笑気味に言葉を返す。
かえでは、もぞもぞと顔を上げ、零を至近距離で見つめる。
まだ目は赤く充血したままだが、それでも明るく微笑んだ。
「お兄ちゃんは、お兄ちゃんのままだねってことだよっ♪・・・うん、変わらないっ♪」
「・・・お兄ちゃんとしては、『変わらない』って言葉、喜んで良いのか悪いのか、ビミョーな位置なんだよねぇ~・・・。かえで、俺、カッコよくなったか?」
「うんっ♪・・・全然変わらないねっ♪」
「・・・ソ、ソウデスカ・・・」
零は、心という何かが、崩れる音を聞いた気がした―――・・・。




