エピローグ・とあるお茶会での噂話
麗らかな木漏れ日の差す庭で三人の夫人がテーブルを囲んでいた。テーブルにはサンドイッチやスコーン、マドレーヌなどの様々な焼き菓子と苺やブルーベリーのジャム、そしてティーカップが並んでいる。
「ねぇ、お聞きになった?」
「なにをかしら?」
「修道院に入られていたアイリス様が亡くなったのですって」
「まぁ! それは本当なの?」
「アイリス様の入られていた修道院と懇意にしている伯母様から聞いたのだから間違いないわ」
「そんな、なんてお気の毒なのかしら……」
「ずっと気を病んでいらっしゃったのでしょうね」
「それも当然よねぇ」
いたましい話に三人の手も口もしばらく止まった。小鳥のさえずりが庭に響く。
「そういえば私も侍女から聞いたのだけど、カレン様はリグリー伯爵のもとへ戻られたとか」
仕切り直すように一人が声をあげれば、また一人と声がつづいた。
「私も聞いたわ。まあ、あの方が耐えられるような状況ではありませんでしたものね」
「それで、このままではダニエル様の跡を継ぐ方もいらっしゃらないからと、どなたかを囲われたと聞きましたの」
「ノーリッシュ侯爵にはお子がダニエル様しかいらっしゃらないですものね。養子は取られないのかしら?」
「親戚筋は女の子ばかりと聞きましたわ」
「そうだったの。せめて弟でなくとも妹がいらっしゃれば良かったでしょうに」
「ダニエル様もあの状態では再婚となると難しいでしょうしねぇ」
「ご両親のノーリッシュ侯爵夫妻もお気の毒よね」
本当に、と頷きあったところでメイドが紅茶を淹れ直す。庭にあっても香り高いその茶葉について今回のホステスの夫人がひとしきり説明した。それぞれ紅茶に好みの量のミルクを入れて、スコーンを食べつつ会話の続きが再開される。
「ノーリッシュ侯爵といえば領地では麦の収穫率もだいぶ戻ったようねぇ」
「あと、ノーリッシュ侯爵領では綿織物が盛んでしたでしょう、あの独特の風合いの」
「あら、私もハンカチを持っているわ」
「可愛らしいわよね、私も好きよ」
「その技術でオルコット公爵領の生糸を使って新しい絹織物を作ることになったそうよ」
二人の女性から感嘆の声があがる。
「それは楽しみだわ」
「それではノーリッシュ侯爵はリグリー伯爵の支援がなくても持ち直されるんじゃありません?」
「ええ、私もそう思います」
「オルコット公爵領の生糸でノーリッシュ侯爵領の絹織物……ドレスを一着でも良いから作りたいわねぇ」
「実は私すでに生地を注文しているの」
新しい織物について情報をもたらした一人が得意気に微笑む。
「お二人には特別にいくつかお贈りしますわ」
「そんな、もちろん嬉しいけれど、よろしいの?」
「他の皆様には内緒ですよ。少々ツテがありまして、わたくしたち分のドレスくらいなら作れそうですわ」
とても楽しみね、と言い合っているところに再度紅茶が淹れ直された。今度はストロベリーフレーバーの紅茶だ。マドレーヌやパウンドケーキと一緒に楽しむ。
「後日、お好きな色の見本をいただければ、染色した生糸を使って織ってくださるそうよ」
「では来週中に送るわ」
「私は三日後には送れると思うわぁ」
ドレスの話題から、どこそこの夜会へ招かれたとか、冬祭りの王城での夜会についての話などへと話は移り変わっていく。この頃には三人の夫人たちの頭からはどこぞの侯爵や伯爵の家の話など消え去っていた。