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幼馴染4人は毎年恒例の勉強会を将次郎の家で開催した。このときは何も起こらなかったが、なんとなく気まずい瞬間が訪れることが2,3度あった。それは4人で過ごす時間の中で初めて起きた現象だった。
9月は何事もなく過ぎ、10月に入ると文化祭へ向けての準備が始まった。1年生のときは展示だったが、2年生は模擬店を出すことになっている。
クラスでひとつ店を決め、将次郎と志乃のいる1組は謎解きゲーム。一樹と実弦のいる6組はお化け屋敷に決まった。
謎解きゲームでは、学校の歴史や地域に関する情報から問題を作った。他にも漢字クイズや雑学クイズなど、様々なジャンルの問題を用意して、難易度も設定する。
志乃は井浦と一緒に感じの問題を作ることになった。ホームルームの時間に何を出題するか話し合っていると、橘ひかりが話しかけてきた。
「上松さん、井浦さん。漢字の問題は何問くらい出す予定?」彼女は書記としてクラス全体のクイズの管理を担っていた。
「簡単なのは7,8問で、難しいのは3問くらいにしようかな」井浦が答える。
「オッケー」橘は持っていたメモ用紙に何やら書き込んでいく。
「大変だな」志乃は橘を労った。
「全然!」橘は首を振った。「去年に比べたらね」
「あぁ」志乃は思い出して苦笑い。
「それにうちは問題を用意すればそれで終わりだから。当日は答え合わせをする人が教室にいなきゃいけないけど、他のクラスの準備とか接客とかに比べたら簡単だし、私はこの仕事の担当だから当日は自由なんだよ」とメモ用紙をひらひらさせる。
「確かに」志乃は頷いた。志乃たちも問題を作る係なので、文化祭当日はほぼ自由行動ができる。「2組はカフェだっけ?」
「そう。3組は焼きそばで、4組は綿菓子。5組は…。なんだっけ?」持っていた鉛筆を顎に当てる。
「縁日ゲームと駄菓子じゃなかった?」井浦が言った。
「あ、そうそう。そうだった気がする」橘は頷く。「6組がお化け屋敷で、7組がクラフトアートだって」
「クラフトアートってなにすんの?」志乃が尋ねた。
「アクセサリー作ったり、スライムを作ったりするみたい」
「へぇ~」
「あ、7組といえば」橘は思い出した顔をした。「知ってる?7組の持田さんのこと」と小声で聞く。
「なに?」志乃と井浦はよく聞こえるように身を寄せた。
教室ではガヤガヤと生徒たちが喋っている。
「退学するんだって。…妊娠したから」橘は囁くように言った。
「えっ」志乃は低い声で驚くと、手で口を塞いだ。「マジで?」とくぐもった声で聞く。
橘は少し満足げな様子で頷いた。「7組にいる友達から聞いたの。修学旅行のとき同じクラスの男子としちゃったみたいで、その男子は休学してるって」
志乃は息だけでハァーと言った。井浦も苦々しい顔をしている。
「上松さん知ってるんじゃない?軽音部の岸本くんって男子」橘は志乃を見る。
顎が外れるほど志乃は大口を開けて驚く。「え?岸本優也?」
うんうんと頷く橘。
「マジか…」信じられないと脱力する。「いや別にどうでもいいんだけど…」と付け加える。
「どこの学校にもそういう子がいるんじゃない?」井浦は特段珍しくもないとシビアに言った。
「そうだよね」と橘。「でもこういうのって、他の学校とか、ドラマの中の話だと思ってた。意外と身近にあるもんなんだね」
「そうだね」井浦は頷く。
橘はそれじゃと言って去って行った。志乃はまだ衝撃から戻ってこられず、ボーっとなった。
「大丈夫?」井浦が尋ねる。
「うん」志乃はハッとなった。「ちょっと驚きすぎて」
「志乃ちゃんが気にすることないよ。全然関係ないんだから」井浦は淡泊だった。「無駄な心配はやめて、問題決めちゃおう」
「うん…」井浦の言う通りだったが、やはり志乃は気にせずにはいられなかった。持田と岸本とは険悪になってしまったが、やっぱり驚く。もう顔を合わせることもなくなっていたのに、どこか可哀想だと思う気持ちが湧いた。
のちのち一樹と将次郎の耳にも、持田と岸本の件は届いた。
一樹は、持田から告白されたあと彼女と話していなかった。だが一時は友達だったので、志乃と同じように気に病んだ。
将次郎は井浦と同じで淡泊に捉えた。持田にも岸本にも手を焼かされた。こうなるのも無理はないと考えた。
10月の中旬、昼休みにお弁当を食べるため、志乃と将次郎は中庭の隅にあるベンチに座った。1年生のときは階段上の踊り場で食べていたが、2年生になってからは教室が1階になったのに合わせて、お弁当を食べる場所も変更していた。
「実弦は忙しそうだな。最近は全然来ないし」将次郎が言った。実弦は文化祭に向けてクラスのお化け屋敷の書割と、美術部の展示の準備で慌ただしくしていて、10月に入ってからほとんどこのベンチに来ていない。
「だなー」志乃は巾着からお弁当を取り出した。「手伝えたらいいんだけど。あたしたちのクラスは他より簡単じゃん?」
「そうだな」将次郎もお弁当を出す。
2人の間に冷たさのある秋風が吹き抜けた。
「ちょっと待て」将次郎は膝にお弁当を広げようとしていた志乃を止めると、着ていたカーディガンを脱いで志乃の膝にかけた。
「おっけ。いいよ」どうぞ食えと手で示す。
「別に寒くないけど…」志乃はまた奇妙さを感じた。それと同時に橘の顔が浮かび、罪悪感も湧いてくる。
「いいから」将次郎は自分のお弁当を開けた。
「……どうも」どうすればいいのか分からず、志乃はぎこちなくなりながら食べ始めた。
そこから数分経ったところで一樹がやってきた。
「なぁ~。聞いて~」一樹は志乃の隣にドサッと座った。彼女の膝に目をやる。将次郎のカーディガンだとすぐに気付いた。
「遅かったじゃん」志乃は気まずく感じていたので、一樹が来てホッとした。「なんかあった?」
「あー…」一樹はささくれを感じながら話した。「呼び出し食らっちゃってさー。職員室行ってた」
「なんの呼び出し?」
「教科書失くしたんなら買えって」コンビニで買ってきたパンの袋を開ける。
「失くしたの?」志乃はバカにするように一樹を見る。
「違う。見つからないだけ」不貞腐れたようにパンを齧る。
「それを失くしたって言うんだろ」将次郎も言う。
「ちげーって」一樹は苛立たしげに将次郎を睨んだ。「家には絶対ある」
「いつから無いの?」志乃が聞く。
「さぁ?たぶん夏休み前くらい」モグモグしながら答える。「ま、いつか出てくるでしょ」
「買えよ」志乃と将次郎は同時に言った。
「はぁ?うるせーよ」一樹はカチンときて志乃を見る。「お前だって昔、学校図書の本失くして大泣きしてたじゃん」
「は?今それ関係ある?」志乃は眉を寄せた。
小学校2年生の時、借りた本を失くしてしまい弁償したことがあった。その時は大金の入った財布を落としたような絶望的な気分になり、さらにそれを幼馴染たちにも知られ、恥ずかしさから大泣きをしてしまった。
「あんときのお前の泣き顔ひどかったよなー」一樹は揶揄った。
「な、」
「やめろ一樹」志乃が言い返そうとすると将次郎が止めた。「そんな昔の話、お前の件とは関係ないだろ」
「…なんだよ。先にイジって来たのはそっちだろ」一樹はパンを握りつぶした。
「イジってない。事実を言ったまでだ。さっさと教科書買ってこい」将次郎は正論で返す。
「あぁ?ふざけんなよ」一樹は立ち上がって将次郎に詰め寄る。
異様な空気を感じて志乃は一樹の腕を掴んだ。「ストップ!やめろって。なにキレてんだよ」
「キレてねーよ」一樹は志乃を見降ろす。「こいつが、」と将次郎を見た。
将次郎は痛くもかゆくもない視線で一樹を見返す。
「…ちっ」舌打ちをすると志乃の手を払った。「もういい」ドサリとベンチに座る。
志乃は両隣の男たちを交互に見た。今までもこうした小競り合いはあったが、それは友達同士のふざけたものであって、本気のケンカではなかった。
しかし今のこの空気はそんな子供じみたものじゃない。一触即発のピリついたもので、ヒヤリとした。どうしてどっちもこんなにキレているのか理解できない。何が悪かったんだろうと志乃は悩んだ。
気まずい空気のなか昼食を食べ終え、3人は教室に戻った。
「大丈夫か志乃?」教室に入る直前、不安げな顔をしている彼女を見て将次郎は尋ねた。
「あぁ…」志乃は将次郎の機嫌を伺った。怒っているようには見えない。「なんでさっき一樹に怒ったの?」
「怒ってないよ。いつものやりとりだろ」将次郎は気にしていなかった。
「でもさ…。まぁ、そうなんだけど」あたしの勘違い?
「気にするなって。教科書を失くしたのはあいつの責任だし、一樹がキレるのなんていつものことだろ」なんでアイツのこと気にしてるんだよ。
「うん…」志乃はこれが自分の思い過ごしであることを願った。
「ほら。もういいから」納得していない志乃を見て、将次郎は彼女の背を押して教室に入れた。




