6 オニワさんとの約束
どちらかというとこちらの考えを後押しした形となったが、相手の力量がわからない以上無理と深追いはしない方がいいということだ。
「時間はないけどリスクが大きすぎるからやめとく」
「潔いな、そういや生計は投資だったか」
「命と株を一緒にしないでよ、株もそれなりに考えて運用してるけどさ」
日頃から何をすると自分に痛手が増えるのか、リスク許容度を確認しながら生きてきた。それがこんな形で役立つとは思ってなかったが。目の前の実績を重視してリスクを取るかどうか。効果が大きい事を期待してそれに飛びつくのはいいが、逆を言えばしくじった時の跳ね返りも大きいという事だ。未来の事は誰にもわからない、どんな予測をしたとしてもだ。
「ここは安置だ、今日はここで日を越したほうがいい。食べ物や荷物は後で持ってくる」
「わかった」
笹木は一度荷物を取ってくるため本殿から外に出た。扉をしっかり閉めて琴音は木箱の近くに腰を下ろす。外から差し込む夕日が中を少し照らしているのでまだ明るいが、もうじき暗くなってくるだろう。それは社の中に隠れていた時を思い出させる。実際はもっと狭かったが、薄暗い箱の中に閉じ込められているという感覚は同じだ。家で突然昔のことを思い出した時、ストレッチをするため体を丸めていた。社の中でも似たような格好していたと思う。なぜあのタイミングで突然思い出したのだろうか。オニワさんが村から出られないのなら、聞いた声や影はオニワさんではない。あれは突然忘れていたことを思い出しただけだ。何故一週間前になって急に?
十年前のあの日の約束、悲鳴交じりで聞こえにくかったが「持ってきて」と言っていた。あのオニワさんは本当に腕を欲しがっているのだろうか。何を持ってきて、と言っていたか聞き取れないがおそらく腕だろう。それしか思いつかない。
笹木がでっちあげたと言っていたオニワさんが被害者の腕を持って行ってしまっているという話。聞いた時は事実そうなのではないかと思ったが、今冷静になって考えてみると違う気がした。
見える家系はオニワさんの詳細な歴史や詳細を知っている。それなら望月家の人間も知っていたはずだ、腕が本殿に祀られていた事を。それなら生きた人間の腕をちぎって持って行って自分の腕かどうか照らし合わせたりしない。資料によるとなくなった腕はどれも見つかっていないという。それなら食べてしまっているというのはわかる。わかるが、食べるだろうか。
オニワさんは子供を食べる。それは鬼がつく遊びをしている子供だけのはずだ。何故大人を食べた? そこまで考えて琴音はもしかしたら、とある可能性が頭をよぎった。
「約束。約束を破ったら食べられる……」
琴音にも確かに言っていた。たべちゃうからね、と。そうだ、何故気づかなかったのか。あのオニワさんはよくしゃべる。被害者の人たちは、オニワさんと何か約束をして果たせなかったから食べられてしまったのではないか? 腕だけがない、そこにある意味とは。
山上の言葉が頭をよぎる。俺がオニワさんなら腕の封印を解いてもらう、と。自分がオニワさんだったら? どう考える?
オニワさんになるのを自ら望んでいたことならまだいい。しかし、もし。もしも、望まず無理やりオニワさんにさせられたとしたら。殺され、腕を封印され村から出ることができない。
腕を返して、と考えるのは普通だ。しかし十年前すでに腕は本殿から出て封印は解かれている。村からは出られなかったようだが。それなら、次に考えるのは何か。
自由になりたいはずだ。村から出たい。村から出られない何らかの理由があり、それは見える家系の者ならなんとかできる内容だったとしたら。それを果たせと、約束を取り付けてくるのではないだろうか。琴音に約束を持ちかけたように。琴音も一応見える家系の人間だ。同じ約束をさせられた可能性は十分ある。
そして、約束が果たせない悪い奴には、自分をこんな役割にさせた奴らには、罰を。約束を軽く見るな、という山上の言葉の重みが今ようやくわかった。
もし「腕をもってきて」だったら、十年前封印が解かれていて自分で腕を探せるはずだ。加賀も前の腕など取っておかないだろう、どこかに捨てていると思うのが妥当だ。それなら、何故被害者たちは今になって亡くなった、否、殺されたのだろう。
なにか、別の約束だった。いや、そもそも琴音がしている約束も、腕ではないのではないか?
一人延々考え続けても答えは出ない。出ないが、こうして冷静に考えることは絶対に必要だ。オニワさんが目の前に現れたらそれどころではないし、漫画やドラマのように何かが都合よく起きてくれるわけでもない。自分でなんとかしなければいけないのだから。思考を止めたらそこで死ぬも同然だ。奇跡は自分の望むように起きてはくれない。たくさんの準備を積み重ねた結果起きる一つの結果の表れなのだ。
車の音が響き、笹木が戻ってきたことがわかる。ここは都会のような喧噪がまったくない。トラクターの音がなければ静まり返っている。
扉が開き、笹木が入って来た。すぐに扉をしめて琴音に荷物を渡す。
「ありがとう。加賀は」
「戻ってない。謹慎処分に不貞腐れて知人の家で飲み会ってパターンかもな。……どうした」
声のトーンが暗かったのか、何かを感じたらしい笹木が食べ物を手渡しながら聞いて来る。おにぎりなどを受け取りながら今考えたことを小声で笹木に伝えた。ここは安置だが、ここにいるとわかってしまったら外で待ち伏せされて二度と出られなくなってしまう。
「なるほどな、確かに一理ある。再確認だが、オニワさんは十年前持ってきて、と言ったんだな?」
「うん。その前に絶対何か言ってる。何かをもってきて、って感じだった」
「オニワさんの伝説についてこれ以上得られる情報はないと山上は言っていた。だったら俺たちはその答えを知るヒントを既に知っているってことだ」
オニワさんについて知っている情報は少ない。それなら情報の整理がしやすいはずだ。
笹木は腕を組んで目を閉じてひたすらに自分の記憶を探っているようだ。琴音もなるべく自分の持っている情報を思い出す。拓真たちはオニワさんの話題を意図的に避けているようだった。見えても見ないふりをするようにと言っていたくらいだ。それなら大切な情報は山上の話していた内容ということになる。
話していた内容を慎重に最初から辿って思い出している時、一つ気になることに気がついた。
「オニワさんは代替わりしてるって言ってた」
「言っていたな。口減らしをしなきゃいけないから定期的に子供を入れ替えていた可能性は高い。それをやっていたのは間違いなくオニワさんを見聞きできる家系の連中だ。そして今のオニワさんでもある望月家はそれらの事情を知っていたと思われる。要は今のオニワさんは裏事情まで全て知っているかなり厄介な相手ということだ」
自分たちも知らないであろう秘密にされてきたことを全て知っているオニワさん。持ってきて、とは何を示しているのか琴音にはわからない。
「例えば何かオニワさんに関わる重大な鍵となるアイテムがあったりとか?」
「それなら山上が知っているはずだ。これ以上の情報は無いのならこの材料から導き出される答えは……多分物的なものじゃなく抽象的なもの、仕組みだ」
「仕組み?」
「オニワさんが村から出られないのは腕を封印されているから、と思っていたが今持っている情報整理するとそうじゃない。腕が本殿から持ち出されていても村から出られないなら、他に理由がある。約束を取り付けてまでどうにかできる方法があるとしたらそれは……なんだ、もう答えが出ているじゃないか、そういうことか」
笹木がはは、と乾いた笑いをこぼした。意味がわからず琴音は眉を寄せる。
「一人で納得しないでよ」
「簡単なことだ、ここまできたら自分で考えて答えを出してみてくれ。ヒントは、ついさっき言った」
ついさっき。二人で話している時ということか、と思い出すと琴音も一つの答えにいきついた。驚愕に目を見開き、もうすぐ夜になる薄暗い中でも笹木の方をゆっくりと向いた。
「代替わりしてる」
「そうだ」
「次のオニワさんが必要だから」
「ああ」
「自分の後継者となるオニワさんがいれば、その前のオニワさんは自由になれる……」
「自分と入れ替わってもらわないとオニワさんの役割から降りることができない。つまりはこういうことだ。約束の内容は、“次のオニワさんを持ってきて”」
しいんと静まり返る。琴音は驚愕の表情だが、笹木の表情は。暗くて見づらいが、たぶんあの無表情なのではないかと思う。




