7 すべては明日で決着を
「次のオニワさんの条件はたぶん一部の人間、見える家系の奴らしか知らないんだろう。いや、この十年それがなされていないなら、もう今の世代は知らないってことか。あの馬鹿も拓真の骨を持ち出したくらいだしな」
他にどうしようもなかった、と叫んでいた。ただ生贄のような存在を作ればいいというものではないのだ。知らないから、対策が打てなかったのだとしたら。
はああ、と大きなため息をついた。二人同時にだ。琴音はうつむいて頭を抱えた。
「わかるわけないじゃん、そんなの」
「加賀ならわかるかもな」
「え」
意外な言葉に琴音は顔を上げる。
「山上が見える家系をすべて知っていたと言っただろ。念のためすべて教えてもらったんだが加賀の名前があった。どうせ用事があるんだ、それもまとめて聞くさ。知らん可能性もあるが。……言いたいことがあるから言って良いか」
「絶対良い内容じゃなさそうだけどいいよ、そこまで言うなら」
「君はよくこんな村でまともな性格に育ったな。親がまあまあマシな程度にはまともだったのか?」
盛大な皮肉に琴音も苦笑だ。まともだったら琴音を見捨てたりしていない。結局彼らも自分の身の安全欲しさに余計なものを切り捨てたのだから。
「私たちの親世代がぎりぎりマシで、私達の世代がそれなりにまともだったんじゃない。ヒヨちゃんも、そういえば拓真君も村の外から来たんだった。影響あったと思う」
田舎特有の察する、言わなくてもわかるべき暗黙のルールに従うなどがなかった拓真と日和。拓真はリーダー気質だったし日和は頼りになるお姉さんというポジションだった。琴音はほぼしゃべらない根暗キャラだったのが少しだけしゃべるようになり、他の皆も良い方向に影響が出ていたと思う。
急に黙った笹木に琴音が不思議に思いながらも次の言葉を待つ。辺りは完全に日が落ち、お互いの顔をはっきりと見ることができない。当然明かりなどつけられないので、自然な暗闇の中にこもっていることになる。不思議と不安な気持ちはない。一人ではないからというのもあるが、今笹木にとげとげしい雰囲気がないからだ。
「……拓真は」
「うん?」
「どんな子だった」
静かな声だった。声だけでは今笹木がどんな思いを抱いてそれを聞いたのかわからない。しかし今まで見聞きしてきた心を開きにくい言動をする雰囲気はなかった。
「優しかった。周りを引っ張るタイプで、困ってる子がいるとほっとかない。勉強はいまいちだったけど運動は得意ですごいなって思ってた。今思えば家族の話ほとんどしなかったかな、拓真君の家族に会った事もないし。あと」
「あと?」
「たぶん、本当は寂しがり屋だったんじゃないかなって思う」
「……」
間があいた。今の言葉に笹木なりに何か思うことがあったのかもしれない。
「何でそう思う」
「学校が終わってみんなで遊ぶと、当然帰る時間になるでしょ。そしたらいつももうちょっとだけ遊ぼうって言うのは拓真君だった。よほど外で遊ぶのが好きなんだって思ってた。夜になる直前くらいまで遊んで、いい加減帰らなきゃってなると、そっか、って笑うんだけど。ちょっと寂しそうな顔するんだよね」
今ならわかる、家に帰りたくなかったのだろう。家族の話はあまり出なかったが、祖父が口うるさいというのはなんとなく感じ取れた。なるべく皆と一緒にいたかったのだ。
「……。俺との離婚話が出た時、まるで夜逃げみたいに拓真連れて田舎に戻られてな。調停中だったが、まあ収入は俺の方が多いしこっちは過疎化が酷い。総合的に見ても俺に親権がくる流れだった。だから拓真には言っていたんだ、俺と一緒に暮らせるだろうがそっちで暮らしたければそれでもいい、会いに行くからって。そしたらお父さんと一緒が良い、なんて言ってくれて。舞い上がってたんだろうな、絶対迎えに行くって意気込んで、いろいろ準備を進めてた。そしたらこのザマだ」
初めて聞く笹木の本音は酷く淡々としていた。感情的でもなくまるで物語を朗読でもするかのような静けさ。拓真を見ていればわかる、彼の人間性の良さは間違いなく笹木の教育の賜物だ。出会ってから良い印象がない男だが、本来は頭のいい落ち着いた人間なのだろう。拓真はしゃべり上手というより聞き上手だった。声が小さくなりがちな琴音の話を遮らずちゃんと聞いてくれていたのだ。この村の年寄りたちのように自分の意見を押し出して相手の意志を無視するような性格ではない、これは明らかに笹木の性格だ。
静かで穏やかな時間。明日には死ぬかもしれないというのに琴音の心は落ち着いている。
「私も聞いて良い?」
「なんなりと」
「私の事だいぶ前から調べてたんでしょ、なんで一週間前っていうタイミングで来たの。本当はもっと前に来ることができたんでしょ」
それは琴音が感じていた小さな疑問だった。この一週間近く過ごしてみて思ったのは明らかに時間が足りない。もっと早く分かっていれば興信所の調査ももっと充実していただろうし琴音の催眠療法がもっと早くできていればケアをしながら新たな情報が得られたかもしれない。
「君を追い込むためだよ。覚悟を決めさせるためだ」
「やっぱりそうか。なんとなくそんな気がしてた」
琴音の返事に笹木は意外だったのか、へえ、と感心したような声を漏らした。
「気づいてたのに文句を言わなかったのか」
「文句言ったら十倍になって返ってきそうだったし。それにタイミング的にはちょうど良かったなって思ってる。私に記憶のフラッシュバックが起きたのって笹木さんに会うちょっと前だから」
あの不可解なことが起きなかったら笹木の話をほとんど真面目に聞いていなかっただろう。何言ってんのこの人、迷惑だから近づかないでください、そんな感じの対応をして放っておいたのではないだろうかと思う。一週間前になってやっぱり助けてくれと縋りつくよりかは立て続けにおかしなことが起きていた今の方がインパクトは強かった。それは確かに覚悟を決めるには十分だ。
「車には戻らないの」
「朝ここに来てみて君が死んでたら嫌だからな。オニワさんが俺たちの知らない特殊能力とか持ってないとも言えないだろ。男と二人きりになるのが嫌だっていうなら戻るが」
「別に気にしない、男として見てないし」
「リアクションに困る返事しないでくれ」
お互い軽口を叩いて自然と口数も減りその日はそのまま日を越すこととなる。山上がいっていたことを思い出した、オニワさんの活動時間は夕方のみだと。あの影は日中も動いてた、それこそが特別な存在であるが故なのかもしれない。しかしかくれんぼ、遊びは日中もできると考えるとさすがに夜かくれんぼをする子供はいない。夜は活動しないはずだ。
笹木はタブレットなどをいじっているので興信所や片桐と連絡をとっているのかもしれない。琴音は特にやることがないのでだいぶ早い時間ではあったが眠ることにした。友達の腕の骨が近くにある状態で眠るというのもなんだか不思議な気分だが、嫌な気持ちや恐怖は無い。
ずっと存在を忘れていた日和。仲の良い子がいたと思っていたがまさか出会ってそれほど時間が経っていないと思わなかった。
日和のことを思い出せたのは断片的だ。何が好きだったか、どんな遊びをしたか、どんな会話をしたか。ほとんどのことが思い出せない。催眠療法の後笹木が言っていた言葉。友達を見殺しにして自分だけが都合の悪いこと全て忘れた。本当に最低だ。




