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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
60/81

60 殺意の抱き疲れもあったのかもね

「なんだ? どうした?」


 殿下が問う。


「いいえ、その」

「なんだよ」


「言いにくい―――です」


 だって私、わかっちゃった。

 初対面の頃のベルザ様は私を見て、

 笑いを堪えていたって事に。


 あの頃のベルザ様は予知夢によってライラ・サーレンシスがいずれ皇宮のお茶会で毒殺される事を確定の未来と想定していた。―――それなのにどうして笑ったの? 堪えなくてはならない程、笑いがこみ上げたのはなんでなの?


 でもその疑問に対する答えは()しくも先ほどベルザ様ご本人の口から聞いたのだっけ。


『初対面の頃のライラ様って、私にとっては小さい頃に見た―――夢―――の登場人物でしかなかったの』


 あの"癖"は本当に出会ったばかりの頃だけだし、

 あの後、すぐにあの癖は出なくなったわけだし。


 理性的になんとか自分の中で折り合いをつけようとしているんだけど、

 殿下はあくまで追求してくる。


「言えよ」

「えーと、言いにくいというより言いたくない的な」

「言え」


 私のバカ。

 こんな言い方したら余計に追求されるに決まってるのに迂闊な。


 でも、誰かに話したくもあるし、もしも話すのならその相手は殿下しか思いつかない。だけどこんな話をしてベルザ様のお立場が悪くなったらお気の毒だし。


 口を噤み続けている私を殿下は見下ろし、

 目を据わらせ、高く足を組む。


「ライラ」

「…はい」

「命じる。さっさと()け」


 あ、殿下が皇子サマモードに入っちゃったよ。

 私に対しては滅多に入らないモードに。

 ベルザ様もこれをやられて夢の内容を話さざるを得なかったのかな。


 悩みに悩んだ末、私は殿下に打ち明けた。

 殿下は最後まで口を挟まずに話を聞いて下さった。


 ちょっと語尾が震えたし、

 同時に目頭が熱くなったし、

 少し泣けてきたわ。


 すると殿下は指先で私の目尻の水滴を拭う。


「泣く程の事かよ」


 そう言って溜息をひとつ()く。


「時系列考えろ。初対面の頃のベルザ嬢にとってはライラは赤の他人―――夢の中の登場人物に過ぎなかった。だから特に情もなく、お前が死のうがどうでも良かった。そんなのベルザ嬢に限った話じゃねぇ」


「り、理屈では判ってるんですが」


 ただ感情が割り切れていないだけで。


「…お前が茶会で血を吐いて倒れた時のあの女の慌てふためきっぷりは凄かったぞ? ライラは前に女友達いねぇって言ってたがありゃあ嘘かよと。お前が以前に『女友達いない』と断言してたってベルザ嬢が知ったら、それこそベルザ嬢の方がショック受けて泣いちまうんじゃねぇか?」


「そ、そうなんだ」


 私は塞ぎ込んでいた気持ちがほんのり浮上する。


「あん時のお前は血ィどばどば吐いてるわで、んな事考えてる場面でもなかったんだがな。にも関わらず一瞬そんな事思ったくらい、あの女は心配していた」


 我ながら現金なもので急に心が温かくなってたきた。

 そんな私の変化に気付いたのか、


「お前が割り切れずにふて腐れてるのはな。お前がベルザ嬢の事を好きだからだよ」


 言われて目から鱗が落ちる心地がする。

 そうか、私、ベルザ様の事、好きだったんだ。


「お前はどうでもいい相手にはけっこうドライだからなぁ。一方で好きな相手には割と陰湿な方向に粘着質だろ?」


 殿下はからかうようにニヤニヤと笑う。


 ぜんぜん褒められていない。

 て言うかどう考えても(けな)されてる。

 だけど理解してくれてる感があってちょっと嬉しい。


 照れ隠しのように「えへへ」と笑うと、

 殿下は軽くコツンと私の額を叩く。


 私はなんだか幸せな気分に浸っていて、だからやっぱりこの時も殿下の物言いたげなご様子には気付きもしなかったのよ。











 皇宮のお茶会で毒殺されかかった日から約3ヶ月半。

 その間中、きっちり皇宮の貴賓室のお世話になり、ようやく私はサーレンシスの城へ帰宅した。


 帰宅してすでに五日ほど。


 特にやることもなくて、私は自身のベッドに仰臥する。

 枕はとっくに上がってるし、体調に問題はない。


 皇宮の貴賓室はさすがに豪華だったし、しょっちゅう殿下に会えるというメリットがあったけど、それでも長年住み慣れた自宅というのは精神的に落ち着くわけで。


 ベッドの上をごろんごろんと寝返りながら、今後の事を考えた。


 私は殿下が好きだ。

 好き。

 好きだけど。


 きっちりフラレたわけよ。


 でも殿下が生涯誰の物にもならずに独り身でいてくれるんなら、それほどのダメージはないわけで。そのせいで私の中ではひとつの区切りがついちゃった感がある。


 神殿入りする殿下に陰ながら殉じて私も生涯独り身になるのかって?


 そんなわけない。

 多分いつか普通にどこかの誰かと結婚すると思う。


 皇宮から戻る前から、

 お父様が『婚約の打診が一杯来てる』って仰ってたし。


 私とギーズゴオル殿下の関係はそれなりに有名だった上、今回の毒殺未遂騒動でのギーズゴオル殿下の私への献身ぶりもあって、世間では『サーレンシスのご令嬢といよいよご婚約秒読みか?』―――とも噂されていたらしいわ。


 ところが相変わらず殿下は独身宣言を翻さない。

 となると、


 ―――ギーズゴオル殿下とライラ嬢の仲は幼馴染み以上ではないのだ。


 なんて思われたみたいでね。

 それで婚約話が殺到って事らしい。


 そしてこの私自身もそろそろ年貢の納め時なんだろうなって思うわけ。なんせ私はもうしばらくすると18歳になる。殿下のお嫁さんになりたかったけど、だけどもう夢見る頃は過ぎたのよ。


 フラレたし、

 フラレたし。

 しつこいようだけどフラレたし。


 ぐすっ。


 でもさ。殿下の存在は私の中の輝かしい青春の一頁として色褪せることなく生涯輝き続けるんじゃないかなぁ。


 ふと脳裏にディアナさんの姿が浮かぶ。

 7歳じゃなくて、お婆さんの方の姿。


 たった7歳の時に一度お会いしただけのエクスノヴァ将軍に生涯に渡って憧れ続け、ただのファンだと名乗りながら、死後300年もこの世に居残ったディアナさん。


 私の場合、死後まではわかんないけど、少なくとも"若き日の殿下"を生涯の偶像(アイドル)として想い続ける事は可能だと思う。

 いつか歳を取って、何十年ぶりかに殿下にお会い出来たら、かつての美貌はどこへやら、めっちゃハゲたりして? 太っちゃってたりして? そうしたら私はちょっぴり幻滅して、


「昔は美しかったのよー」


 なんて夫と子供や孫に語ったりする日が来るかもしれないよね。


 近くにいるより遠くからの方がファン活動を純粋に楽しめる気がするし、これで良かったのかも知れないなんてちょっと思った。おかしな話、殺意の抱き疲れもあったのかもね。


 扉がノックされて応答すると、お母様とお母様付のメイドがいくつかの肖像画や書類を持ってきた。

 いわゆるお見合い肖像画と釣書。

 だいたいが公爵令息や侯爵令息、身分はやや劣るけど時流に乗っている伯爵家の令息とか。


 そんな中、思わず目に留めた肖像画があった。


「わあ、この方、美形」


 所詮絵だから実物を見ない事には…だけど、お母様が持ってきた肖像画の中、群を抜いて顔立ちの良い方がいらっしゃった。


「ああ、あの方よ」


 とお母様。


「サウザート公爵家のエリシャ様」


 思わず目を見開く。


「え? 以前お断りした方…よね?」


 殿下が"容姿は派手だけどそれ以外の部分はことごとく地味で平凡"と評していた方。


 なるほど、前に殿下が仰っていた通り、

 色素の薄い金髪だし目も水色だわ。


「お断りはしたけど、エリシャ様がどうしてもあなたが良いって。ギーズゴオル殿下とご婚約なさるというなら諦めるけど、そうでないならば再考頂きたいと仰っているのよ」


 エリシャ様か。

 ちょっといいかも知れないなぁなんて思ったわ。

 美形という点が一番ポイント高いけど、

 中身が平凡って辺りが今となっては謎にポイント高い。

 外見も中身も派手な殿下と差別化出来て良いかも。


「それにしても、エリシャ様。そんなに私を気に入って下さってる割にはお茶会で話しかけてこられた事がないような。……シャイな方なのかしら」


 そう呟くと、お母様は呆れたように私を見る。


「皇宮のお茶会で会う度に挨拶を交わしていると仰ってらしたわよ?」

「え」


 ちょっとドキッとした。


 私って男性はギーズゴオル殿下以外、視界に入ってないのは確かだけど、例え会話しても、脳内にはぼんやりとしか印象が残らない自覚はあったけど。ギーズゴオル殿下以外ではぎりぎりレジレンス殿下くらいしか個別認識していない自覚はあったけど。


 メネルト様に一目惚れして以降、メネルト様ただ一人しか視界に入らなくなった残念先祖ステイアール・サーレンシスの血かな、これ。


 ものすっごく嫌なんだけど?

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