59 海賊令嬢のお見舞い
ベルザ様はひどく心配そうな顔をして、枕から頭を起こせない私を覗き込む。
「あの時は本当に本当に驚いたわ」
「ですよね。驚かせてごめんなさい」
私が謝ると、
「ライラ様は被害者ですわ」
そう言って涙ぐんで下さった。
「…それにしても一体何故ライラ様のカップにだけ毒が」
毒を盛ったのはリグナスという悪魔で、150年前の残念なご先祖の因果が子孫の私に巡った結果です―――とは言えないので神妙な顔で誤魔化すしかない。
それにしても。
「ベルザ様の予知夢、すごいですよね」
そう言うとベルザ様は眉間を歪める。
「私の夢の中の毒殺の下り―――ギーズゴオル殿下から?」
「ええ。その、ごめんなさい。ベルザ様は私には隠していたのに…」
「いいえ。きっと殿下のお口から伝わるとは思っていたし。だけど―――」
「だけど?」
「私の夢は当たったと言えるのかしら」
ベルザ様は難しい顔をして紙を取り出し、メモをして私に見せる。
・ライラ様の意中の方 ×
・ライラ様のお茶会辞退 ○
・ライラ様のお茶会復帰 ○
・ライラ様が毒殺される ×
「見て下さいな。こうやってみるとお茶会辞退と復帰しか当たってないんです。意中の方は別人でしたし、ライラ様は毒殺未遂で済みました」
「あ、ホントだ」
「当たっているのはお茶会関係だけ。勿論、外れて良かったけど」
しみじみとそう仰る。
それでも少しでも当たってるのは凄いなとやはり思うのよね。
未遂だったとはいえ、毒殺事件は確かに起きたし、
完全に外れてるのは"プラチナブロンドに水色が云々"だけで。
ああそれに、もうひとつ当たってるわ。
「犯人が捕まらずに迷宮入りになったら当りが1個追加ですよ」
だって迷宮入りは確定してるのよね。
リグナスもメネルト様も捕まることはないんだもの。
するとベルザ様は唇を噛んだ。
「そんなの困るわ…」
絞り出すようにそう仰る。
「困る?」
問うと、ベルザ様はひとつ溜息を吐いて話し出す。
「私、あの夢は本当に単なる夢だったって思いたいのよ。下手に所々当たっているのが怖くて堪らない。当たっている部分はただの偶然だったって、早く安心したいの、私。ライラ様の事を思うと気が気じゃないわ。失いたくない」
「ベルザ様」
ベルザ様とは5年の付き合いではあるし、まぁ友達なんだろうとは思っていたけど、いつの間にこんなにも友情を抱かれていたんだろう。
「…ライラ様」
「はい」
「初対面の頃のライラ様って、私にとっては小さい頃に見た―――夢―――の登場人物でしかなかったの」
「は、はぁ…」
登場人物?
ベルザ様は何を仰りたいのだろう。
「以前我家の廊下でエクスノヴァ将軍のタペストリーについて話した時の事、覚えていらっしゃいます?」
「え、ええ、覚えています。戦勝パレードで将軍が女の子を肩車していたという図柄の事ですね」
「その図柄の表現を架空と決めつけた学者の理屈は根拠が乏しいと私は言ったわ」
「勿論、覚えてますよ」
「あの時、ライラ様は『ああ、つまんない学者がそういう事、言いそう』って仰ったでしょう?」
「言いましたね」
「あの時よ。ライラ様の存在が私の心の中にストンと収まって―――夢の中の登場人物なんかじゃなくなったのは。あの時、私はライラ様と親しくなりたいって心から思ったの。そして今ではとても大事な存在なのよ」
「そ、そうなんですか」
ちょっと照れる。
それにそういえば私だって、ベルザ様の印象が変わったのは、まさにあの時だった。
あの時のベルザ様は、架空の話だと言われていた将軍の肩車の逸話について、本当にあった事だと思ってるって力説していたっけ。情熱的にキラキラしていて、正直それまではマイナスなイメージすら抱いていたベルザ様の事を、私は初めて魅力的だと思ったのよ。
「私は昔から歴史や古典が好きだったわ。伝わる逸話や伝説のどこからどこまでが史実なのか、どこからどこまでが架空なのか。後の世の人々が歴史上の逸話を吟味し、信憑性の薄い物と濃い物を振り分けて選別するのは仕方が無い事と思ってはいるし、多少の齟齬は想定内で。それを想像する事が大好きだった」
ベルザ様は熱く語りだす。
5年前のあの時のように。
どこか鬼気迫るご様子で。
「だけど、ただの想像と現実はあまりにも齟齬が過ぎて―――」
「は、はい」
ベルザ様が何を仰りたいのかわからず戸惑っていたら、しばらくしてベルザ様はようやくハッとしたように言葉を切る。
「ごめんなさい、私ったら興奮して」
「いえ、聞き応えがありました。ただ、途中からベルザ様の夢の話からの繋がりがちょっとわからなくて」
「夢。そうよね。夢の話だったわ…」
そう呟いた後は黙り込んでしまわれた。
どう声を掛けたが良いかと思案していると扉がノックされる。
「どうぞ」
呼びかけると、
「サーレンシスのお嬢様。ギーズゴオル殿下がお越しです」
女官の声。
「あら、どうしましょう」
ベルザ様は慌てて席を立つ。
「お邪魔でしょうし、私、そろそろお暇しますわ」
「…今日はありがとうございました。良かったらまた来てくださいね」
そう言うと、ベルザ様はニコッと笑って「ええ勿論」と仰る。
そうこうする内、殿下が扉を開けて入室してきた。
「ライラ。今日の調子はどうだ?」
言いながらベルザ様を見る。
「久しいな、ベルザネート嬢」
「ギーズゴオル殿下、お久しぶりでございます」
ベルザ様は丁寧に挨拶を交わした後、貴賓室を出て行かれた。
殿下はつい先ほどまでベルザ様が座っていた椅子にどっかりと腰掛け、私の顔色を見る。
「だいぶマシになってきたな」
「そうですか? ありがとうございます」
「会話も弾んでる様子だったし。なかなか面白そうな会話だったな」
「……聴いてらしたんです?」
私は自分の耳朶に触れる。
「扉越しだからそんなにしっかりとは聞こえてねぇけどよ」
「でも面白いって思うくらいには聞こえてたんですよねぇ?」
ジトッと見つめる。
「盗聴されるのが嫌なら日頃から会話内容は律してろ。少なくとも俺が半径100リメトル内にいる時はな」
「はあ…」
範囲、広がってませんか?
「それにしても」
「はい?」
殿下がしみじみといった顔で私を見る。
「お前ら仲がいいな」
さっきベルザ様に"大事"と言われた事を思い出し、気恥ずかしさを感じる。
なんだか不思議だなと思ったわ。
ギーズゴオル殿下にしろベルザ様にしろ、今思うとどちらも初対面の印象はあまり良くなかったのよね。第一印象なんてものは案外当てにはならないものなのかも。
そんな事を考えて、ふいに脳裏を過ぎる。
ベルザ様のあの癖―――。
あれは案外、誰がやっても不快な仕草だったのかもしれない。
自分でやってみて、殿下にとって不快かどうかを試したくなった―――けど、枕から頭すら上がらない現状では如何ともし難い。
じゃあここはちょっと甘えて殿下にやってみてもらおう。
「殿下―――」
「ん?」
「あのう。…ご自分のサイドヘアを指で搦め捕って口元を隠してみてくださいますか?」
「んん? こうか?」
突然の私の謎のお願い。
だけど殿下は訝りながらも素直に応じて下さって、
私が指示した通りに指先でご自身のサイドヘアを搦め捕って見せる。
そうしてそのまま口元を隠す。
あら?
殿下がやるとぜんぜん嫌な雰囲気にならない不思議。
ただ美しいだけだわ。
なんでかな?
殿下はベルザ様の癖を再現しながら怪訝そうに私を見てる。
殿下とベルザ様の違いはなんだろう。
容姿の違い?
髪の色の違い?
何かもっと明確な違いがあるような―――。
「あ」
唐突に脳裏に初対面の頃のベルザ様の表情が浮かぶ。
それと同時に冥府のリグナスの姿が浮かぶ。
私が『最後にもう一度ギーズゴオル殿下にお会いしたい』と呟いた時、リグナスは笑いを堪えてたっけ。
あの時のリグナスの様子と、5年前の初対面の頃のベルザ様の顔がオーバーラップする。
そして、唐突にストンと何かが落ちてきた。
「ああ、そういう事…」
我知らず口を突いて出た。




