57 謎の爆発音
ギーズゴオル殿下はジトッと私を見ると、
「よう、ライラ。元気か?」
憮然とした表情でそう仰る。
「げ、元気です」
思わずそう口走ると殿下は鋭い目をカッ開く。
「元気じゃ駄目なんだよ、バカヤロウ」
「ええ~、だってぇ」
殿下も冥府のルールをご存じらしい。
だけどそんな事よりも。
「殿下、ここは冥府。死後の世界ですよ。なんで殿下が来ちゃってるんです!?」
まさか私の後追い心中…なワケないか。
私はくるりとリグナスを振り返る。
「まさかあなた、殿下にまで毒を……?」
恐る恐る訊く。
するとリグナスは笑う。
「こっわ。ギーズ君に毒を盛るなんてそぉんな怖い事するわけないじゃーん」
へらへら笑ってる。
怖い怖いと言いながら、だけどリグナスは笑っている。
リグナスはメネルト様を怖がるフリをした前科があるし、口ではなんと言っても本当は怖くなんかないんだろう。かつての3年間でリグナスがどれだけ殿下をコケにしてきたか。所詮悪魔なのよ、こいつ。
私は殿下を背に隠すように立ち、リグナスと対峙した。
「信用出来ない」
そう言うとリグナスは失笑する。
「僕はなんにもしてませぇん。ギーズ君が勝手に来ただけだよ?」
「じゃあなんで?」
私みたいな死にかけでもない生者がなんで冥府へ来れるの?
神力持ちだから? でも聖者や聖女ですら、
冥府と現世を自由に行き来出来るなんて話、聞いた事ないし。
しかも殿下、なんか普通にお元気そうなんだけど?
"元気じゃ駄目"なのになんで殿下はこんなにお元気なの?
なんだか言いようのない怒りが湧いて、
そうしたら身体にぶわっと力が溢れてくるのを感じた。
元気はつらつまで後もうちょっと―――。
あれ? これマズイ?
現世の私、今めっちゃ今際の際かも?
ああでも殿下も死んでしまったのなら、このまま一緒に―――なんて事も思ったりして、ああ私って所詮こういうヤツなのよ。
そうしたら殿下が背後から私の両肩をぐぐっと強く握った。
その途端、私の身体に漲っていた力が吸い取られるように消えてゆく。それどころか―――。
「え? 眠っ。眠くなってる場合じゃないのに急にめちゃくちゃ眠っ」
私は自分の頬を叩いて一生懸命眠気を飛ばそうとするんだけど、どんどんどんどん眠くなる。立っていられなくなって膝が頽れそうになった。
殿下はそんな私を支えて下さる。
そんな殿下をリグナスはクスクスと笑う。
「ギーズ君はライラちゃんが大事なんだねぇ、安心したよ。迎えに来なかったらどうなる事かとちょっと心配してた」
それに対し、殿下がぶっきらぼうに仰る。
「うるせぇな。覚えてろよ、クソヤロウ」
「正直それってこっちの台詞な気がものすごくしてる件」
「ああん? 文句あんのか」
「あーハイハイ、ギーズくーん。ここで喧嘩は止めよう。ね?」
なんなんだろうか、この会話。
特にリグナスの言い草が謎。
殿下の舌打ちの音が聞こえる。
そしてその後、いきなり私の身体が浮いた。
殿下が私を抱き上げたのだ。
ひょっとしてお姫様抱っこ―――と期待したら肩に担がれた。
俵担ぎだった。
え、ヒドイ。
「帰るぞ」
殿下が仰る。
「帰るってどこへ」
「生きてる方の世界」
「帰れるんですか?」
「帰れるさ」
「殿下、死んでない?」
「ああ、生きてる」
「生きてるのにどうやってここへ来れたんですか? しかも元気はつらつで」
「お前には俺の目印が2箇所、神紋が3箇所も入ってるだろ?」
殿下は以前、確かに"目印"を縁に愛馬の所へ瞬間移動なさったけれど、しかしだからってそんな簡単に冥府にまで来れるものなの? 凄すぎて驚き呆れてしまう。
「殿下すごーい」
「こんなの朝飯前だ」
朝飯前―――そう殿下が仰った瞬間、どこかでドッカーーンという景気のいい爆発音がした。
リグナスが「あーあ」とか言ってる。
「今の音、なんです?」
「知らねぇ」
殿下がそう言うとまたドッカーン。
一体なんなの? と思ったけど。
私はこの時、最早夢うつつ状態で、色々と細かい事は脳から抜けていて。
殿下が『知らねぇ』って言ったんだから、じゃあ謎の爆発音に関しては私は知らなくていいや―――なんて思ったわ。
「ねぇ、殿下。リグナスが皇宮の"招かれ人"になって出入り出来たみたいに、殿下も私を依り代に冥府の"招かれ人"みたいなお立場でって事ですか…?」
殿下はすぐには返事をしなかった。
「殿下?」
再度問うと、
「……そうだ」
小さく呟く。
するとまたどこかでドッカーン。
私の瞼はどんどん重くなっていく。
そんな私の様子を見て殿下が仰る。
「ライラ。俺がいいと言うまで数を数えてろ。そしてその間、俺に一切質問するな」
「…はぁい」
私は素直にいちにいさん…と数え始める。
殿下はくるりを身を翻し、来た道を歩き出す。
俵担ぎされてるせいで、必然的にリグナスと眼が合う。
リグナスは私に向かって手を振った。
振り返すべきだろうか?
だってこいつ、私に毒を盛ったし、
色々と隠し事してて、
毎回毎回どうでもいい事しか教えてくれないし、
悪魔だし。
ちょっと迷ったけど一応振っておいた。
殿下が歩を進めるごとにリグナスは遠くになってゆく。
殿下の歩くザッザッザッという靴の音。
悪魔や死神、死者達は殿下に対して自然な感じで道を譲る。
「ライラ、数えるの止まってんぞ」
「あ、はい」
いくつまで数えたっけ。
35くらいまでだったかな。
「36、37、38、39…」
そのまま数え続けている内に私はとうとう睡魔に負けた。
確か100くらいまでは数えてたんだけど。
気がついたら私はえらく豪華な部屋のベッドに寝かされていた。
身体が動かないから重い瞼を無理矢理こじ開ける。
窓から明るい陽射しが入ってる事に気付く。
冥府の薄暗さとは雲泥の差。
元気はつらつになりかかりの頃は冥府もそこそこ明るく感じていたけど、本物の明るさとは比べるべくもない感じ。
一方で身体はダルい。
冥府にいた時以上にダルくて眠い。
瞳を巡らす事は出来るけど、首が動かないから見える範囲は狭い。
(リグナスが言ってたっけ。1~2ヶ月は枕があがらないって…)
本当にそうなのね…なんて、意識が戻ってしばらくの間は素直に受け入れていたんだけど、時間が経つにつれ、現実感が勝ってくる。
私、本当に冥府に行っていたのかな。
ひょっとしてただ長い夢を見ていただけなのかも?
だってギーズゴオル殿下が冥府まで私を迎えに来てくれるなんて事あるかなって。殿下側に迎えに来たい意志があったとして、でも現実的に無理じゃない? 死者の蘇生って聖人や聖女クラスか、死に立てほやほやに限り大神官がごく稀に成功するかってレベルの筈だけど、どちらにせよ冥府に単身で乗り込んで迎えに行くわけじゃない筈で。
なんて思ってたら、
「オイ」
唐突に声を掛けられた。
ギーズゴオル殿下の声だ。
「意識戻ったんならなんか言えよ。あ、口が利けないとかか?」
心配そうに覗き込んでくる。
どうやら殿下はずっと室内においでだったらしい。
視界に入って来なかっただけで、
ずっとお近くにいて下さったみたい。
「で、ンか」
頑張って言葉を紡ぐと、殿下はホッとした顔をする。
けど、お顔の色はだいぶ悪くて、かなり疲れ切ったご様子だ。
「わタし、ヲ… えート…」
冥府まで迎えに来てくれてましたか? ―――と訊きたかったけど、ただの夢だったら恥ずかしいしなぁと言い淀む。
そうしたら殿下は声を潜め、
「冥府帰りで疲れただろ?」
そう仰った。
重たくなっていた私の瞼が3割ほど大きめに開くと、殿下は苦笑する。
そして私の目元に手を翳す。
「もう少しゆっくり眠ってろ」
虹色の光がふわっと目元を覆う。
健やかな暖かさに体内が侵される。
私の身体はたちまち睡魔に囚われかけたけど、
だけど。
私の意識が完全に落ちる寸前―――。
「優しいねぇ」
リグナスの声が聞こえた気がして、少しだけ意識が戻った。
そのリグナスの声は聞き慣れた物よりも少し大人っぽい響きで、
見えないけれど多分、大人の姿のリグナスなんだろうと思ったわ。
「…てめぇ、よくのこのことツラが出せるな」
殿下の怒気の孕んだ声。
「お前に言われたくないよ、ギーズゴオル」
リグナスの声が硬い。
少しだけ怒ってるような。
しかもなんだか、いつもと違う呼び方のような。
"お前"とか"ギーズゴオル"とか。
リグナスって殿下に対してそういう呼び方をしてた事あったっけ。
馴れ馴れしくはあったけどギリギリの所で節度は保っていたし、"お前"なんて言い方は一度も無かった筈。
まして"ギーズゴオル"なんて呼び捨ても無かった筈。
それになんだか偉そうだし。
一瞬の間にそんな事を考えたけど、いつのまにか私の意識は深い眠りの中に落ちていた。




