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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
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22 瓢箪から駒

 グレンダーさんを説得出来る気がしなくなり、私は一言挨拶してから、すごすごギーズゴオル殿下とリグナスのいる場所に戻る。


「うう~む、あれは手強いなぁ。残念ながら後回し案件だねぇ…」


 リグナスがそう言うと、殿下は剣呑な目になった。


「なあリグナス。お前、わざとやってねぇ? わざと難易度高い案件に当たらせてねぇ? 故意に日記の朗読遅らせようとしてねぇ?」

「い、言いがかりだあ! ホント、あの日記、後半から読み応え出てくるから! むしろ早く読んで君を安心させたいって思ってるくらいだし!」

「じゃあ顧客サービスで少しばかりネタバレしてみろよ。な?」


 殿下はにっこりと笑う。

 大変胡散臭い笑顔だ。


「それはそれ、これはこれだよ。僕は自信があるからね。安売りはしない」

「くっそ…」


 殿下は瞬時に笑顔の仮面を脱ぎ棄て、悔しそうに歯ぎしりをする。


「まあまあ、殿下、落ち着いて。今回、リグナスを責めるのは気の毒だと思います。正直私も今回はイケると途中まで思ってたくらいですし。

 先だってのエクスノヴァ将軍だって、一度は成仏しかけたわけで…」


 なんて言ってたら、唐突に背後にゾワッと悪寒が走り、鳥肌が立つ。

 霊との間近での遭遇時は大なり小なり悪寒が付き物だけど、今はちょっと不意打ちだった。

 ギョッとして背後を見るとさっき殿下が勘違いして指した300年前の―――リグナス曰くの正体不明のお婆さんが真後ろにいる。


「お、お婆さん?」


 戸惑って問うと、


「あなた達、今、エクスノヴァ将軍って言ったかい?」


 必死の形相。


「あ、はい。言いましたけど」


「将軍閣下はどこにいるんだい? 知っているのならどうか教えておくれ。私は閣下に一目お会いしない事には冥府に行く気には到底なれないんだよ…」


 ひょっとしてエクスノヴァ将軍の関係者だろうか。


「お婆さんは将軍閣下のご遺族ですか?」

「いいや、まさか。怖れ多い事だよ」


「友人とか?」

「滅相もない」


「知人?」

「閣下は私の事なんざ知りゃしないよ」


「じゃあ、えっと。……将軍のファン?」

「ソレだね」


 お婆さんは誇らしげな顔をする。


「え。ファンというだけで300年もここにいらしたのですか?」

「悪いかい?」


「悪くは無いですが…」


 ひょっとして将軍の成仏のヒントが貰えるかもって思ったけどそんな都合のいい展開はなかった。

 でも英雄門にいる将軍に会わせればひょっとしてこのお婆さんは成仏してくれるのでは?


 殿下にそう耳打ちすると、期待の表情になる。


「あの、お婆さん。英雄門へは行かれました? 将軍はいつもあそこにいらっしゃいますが」

「行こうとはしたんだけどね…」


 お婆さんはしょんぼり顔になった。


「場所がわからなかったんですか?」


「ここかな? という場所には行ってみたよ。でも門に名前が書いてあるわけでなし。将軍がいらっしゃればここがそうかって判るだろうが、残念ながら未だ会えずさ。だったら将軍が刑死なさった処刑場にいた方がまだしもと思って、ここを根城にしているのだけど」


 皇宮は広い。通路も複雑に出来ている。もともと侵入者除けの為にあえて迷いやすく作られているのもあり、お婆さんは英雄門に行きたくてもたどり着けてないのかもしれない。


「ではご案内しますよ」


 リグナスの指パッチンにより、私、殿下、そしてお婆さんは瞬時に英雄門に移動する。英雄門を見ると、いつものように将軍が首を小脇に抱え、壁に向かって俯いていた。


「お婆さん、ほら。エクスノヴァ将軍ですよ!」


 そう促す。

 だけどお婆さんはキョトンとしている。


「どこに将軍がいらっしゃるって?」

「え? えっと、そこに」

「……私には首なし大男の姿しか見えないね」

「……ええぇ?」

「ここには以前、何度も来たよ。本当にここが英雄門なのかい? でもいつ来てもここにいるのはあそこの首なし大男だけさ」


 うーむ、ひょっとしてこれは。


「……お婆さんの中のエクスノヴァ将軍の姿ってどんな感じなんです…?」


 するとお婆さんは「よくぞ訊いてくれた」と言わないばかりに、どんよりしていた筈の目を輝かせる。


「私が将軍閣下のお姿を拝見したのはたった一度だけどね。人生の中で後にも先にもあんなご立派な風采の方は見た事がなかったねぇ。見上げるような背丈、隆々とした筋骨、勇猛なお顔立ち。それでいて男前でいらっしゃって。そしてね、それからね」


 延々と続く将軍賛歌は当分終わりそうにない。


 私はチラリと殿下を見る。

 殿下はいつものようにリグナスの実況通訳を受けていて、私と眼が合うと指示を出してきた。


「ライラ。婆さんは生前どこで将軍に会ったのか訊いてみろ。地名が鍵になるかも知んねぇし」

「訊いてみまーす」


 気持ち良さそうに将軍賛歌をキメてるお婆さんに水を差すのはちょっと気が引けたけど、このままでは埒があかないもんね。


「私が将軍閣下を拝見した場所かい? バイビリカ村だよ。閣下はバーレンシアーハ戦役で大勝なさり、帝都までご帰還の道中、うちの村―――バイビリカ村にお立ち寄りになったのさ。閣下と部下の皆さん方は人々の歓呼に応えて村を練り歩いてね。パレードなんて言えるような大規模な物じゃあなかったらしいけど、私はその頃まだ7歳で、地味な田舎の村娘の目には大層な催し事に見えたものさ。

 花冠を作って閣下に捧げようとしたんだけど、人(だか)りのせいでとても近寄れたものじゃない。人混みに()されて、手に持ってた花冠は人に踏まれてひしゃげてしまった。

 そうしたら閣下が私をひょいっと抱え上げて下さった。ひしゃげた花冠を拾い、ご自分の頭に乗せて、そうしてそのままパレードの間中、私を肩車してくれていたんだ。

 あんなに晴れがましい想いをしたのは後にも先にも無かったよ」


 あ、ひょっとして。


 エナゴーテイク公爵家の廊下で見たタペストリーの図柄の女の子って。


「なんだ? どうした?」


 リグナスの通訳が追いつかないのか、ギーズゴオル殿下が問うてくる。


「殿下、エクスノヴァ将軍の凱旋パレードで女の子を肩車している図柄って見た事あります?」

「…あるな。真偽不明の図柄だそうだが」

「このお婆さんがエクスノヴァ将軍に肩車された女の子ご本人っぽいんですけど」

「マジか」


 殿下は目を輝かせる。


 うーむ、やっぱり。

 ここにベルザ様がいたら、きっと殿下と似たような反応していそう。

 そして、殿下と二人で盛り上がりそう。


 お婆さんの語りは続いてる。


 お婆さんが7歳の頃、将軍はすでに30代後半だったけど、いつまでも精悍な若々しさを失わず、7歳女児でも見惚れるような美丈夫だったそうで、以来、お婆さんは将軍のファンになったのだという。

 お婆さんが住んでいたバイビリカ村から帝都はけっこう遠かったのもあり、将軍の姿を拝見する事は以後二度となかったけれど、結婚し、子供が生まれ、孫に囲まれて暮らしながら、将軍に肩車された事を生涯の誇りとしていたそうだ。


 だけど―――お婆さんが50代の頃、将軍が刑死した。

 しかも皇宮内にその亡霊が出没するとの噂が立った。


 お婆さんはそれから自身が亡くなるまでの25年を将軍の供養に費やしたのだという。


「実に感動的な話だけどさぁ、お婆さんが7歳の時に見た若い頃の姿じゃないと、あのお爺さんがガンダール君自身だとは認識してもらえそうにないねぇ…」


 と、リグナス。

 私も良い案が浮かばない。

 するとギーズゴオル殿下が仰る。


「なぁ、お前ら。いっそ将軍に婆さんを肩車させてみたらどうだ?」

「肩車?」

「将軍に『あの婆さんを肩車してやってくれ』って頼めねぇかな」

「…でも将軍の両肩の真ん中には首の切断面があるし。お婆さんの7歳の頃の美しい想い出を損なう事になったりしませんかね。端から見ても凄い絵面ですし。そもそもソレやったとして、一体どんな効果が」


 しかし殿下は仰る。


「女児を肩車するエクスノヴァ将軍の図を300年の時を経てご本人達が再現するんだぞ? 面白ぇだろうが」

「……面白いけど、けど」


 面白いだけだよね。


 殿下、なかなか成仏してくれない幽霊達に対するほとんどヤケクソ気味の面当てにも見えるんだけど。


「なんか文句あんのか?」

「ないでーす」


 殿下に凄まれ、私はフイッと目をそらす。


 どっちにしろ将軍かお婆さんが断ったらそれで終わりだしなと思い、提案に乗る事にした。

 でも、殿下のヤケクソ提案、瓢箪から駒だったのよ。

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