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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
17/81

17 ギーズゴオル殿下はフテ寝する

 紺碧宮に戻った私達は、リグナスが冥府から戻ってくるのを待ちわびる。せっかくメリアザンの日記を翻訳してもらえるのに、殿下はずっと不機嫌そうな顔をしているので私は苦笑してしまった。


「ハノイヴァの件、ルーキットさんが事情を吐くまで殿下は諦めなさそうでしたけど…」


 そう訊くと、


「…俺も最初はそのつもりだったけどよ」


 殿下は頬杖をついて忌々しげだ。


「…まあでも無理矢理口を割らせた結果、それが悔恨事になって成仏を拒みだしたらさすがに本末転倒だしな。それにまぁ…。収穫はあったからな、一応」

「ありましたっけ」

「ハノイヴァが滅亡したのは、少なくともあのルーキットって庭師にとっては口を噤みたくなるような理由って事は判っただろ?」

「ああ、そういう」

「お前の先祖グランディル・サーレンシス曰くの"傷ましき滅亡理由"が俄然説得力を帯びたじゃねぇか。こりゃあますます知りたくなるよな?」

「はあそうですネ」

「なんだよ、もう飽きたのか?」


 飽きるも何も最初からうっすらとした興味しかないですし。

 まあでも殿下の色んな表情を鑑賞するのは楽しいからいっかって程度ですし。


 それから1時間ほど経った頃、


「庭師のルーキット君、無事冥府に送り届けてきたよー」


 そう言いながらリグナスが空間にパッと現われた。

 ギーズゴオル殿下はザッと椅子から立ち上がる。


「ようやくだな」


 日記の内容自体にはそれほど興味はないとか仰ってた筈だけど、それでもやっぱり多少の期待はしてたご様子だ。


 「焦らしてごめんねぇ、いよいよお待ちかねのメリアザンの日記、第一頁目翻訳と朗読、いっきまーす」



<ハノイヴァ王国紀988年1月1日


 年も改まったことだし、

 私、メリアザンは今日から日記を付けようと思う。

 なんでかというと、今日、

 久しぶりに麗しの王子に再会出来たからデース!

 王子、半年くらい姿が見えなかったから、

 てっきり病気して儚くなったのか、

 あるいは遠くへお引っ越しなさってしまったのかって

 私、悲観してたのよね。

 でもちゃんと生きてたし、嬉しすぎて死にそうだった。

 ああ、私の初恋の王子!

 やっぱりステキ! カッコイイ!

 それがたとえ屋台の焼き芋を食べてる姿でも!


 それはそうと新年早々処刑のお仕事三件もあったのよ。

 

 ・鍛冶屋のメッケルン、強盗殺人の廉で絞首刑。

 ・屋根葺き職人のミグエルス、妻を殺害の廉で絞首刑。

 ・無職のシューター、近所の子供に大怪我を負わせた廉で耳切刑。


 ったく面倒臭いったらないわ>



 聞き終えた殿下は先ほど迄のテンションがやや下がったように見える。

 だけどリグナスはニコニコしてる。

 なんだろうか、この温度差。


「えっと」


 なんとなく私が感想を述べてみる。


「王国紀988年ですから―――確かに千年は続いてた国のようですね」

「……だな」

「王子かぁ、なんだろう。本物の王子では恐らくないですよね? 本物の王子、屋台の芋とか食べないですよね?」

「……さあな」


 うわあ、ものすごく反応悪っ。

 だけどリグナスは相変わらずニコニコしていて、


「続きいい? 1頁内に二日分書いてあるんだよ」


 そう言ってまた朗読を再開した。



<ハノイヴァ王国紀988年1月6日


 ヤヴァーイ! また王子さまに会えちゃった!

 半年も会えなかったのにこの一週間で

 二回も会えちゃうとか信じらんない、ヒャッホー。

 想い出すなぁ、初めて王子と出会ったあの日の事!

 あの頃の私、まだ八歳くらいだったかな。

 死刑執行人の娘が来たぞーなんて

 近所のクソガキどもにからかわれてたら、

 王子がガキどもを追い払ってくれたのよねぇ。

 あの日から王子は私の王子さまになったのよ。

 えへへ、照れるぅ。

 今日の王子は屋台でキュウリの塩漬食べてたぁ。


 あ、今日もお仕事あったわ。


・靴屋のエロニオス、他人の家畜を盗んだ廉で鞭打ち50回。


 50回も叩くとこっちの手もきつい。

 40回は頑張ったけど、最後の10回は助手に代わってもらったわ>



「キュウリの塩漬けかぁ。さっぱりしてていいですね…」


 そう言いつつ殿下を見ると、さっきよりも更にテンションを下げていた。めっちゃ俯いてるせいか、顔に陰が射してて、背景はまさに"どんより"って感じで。


「…なんかよ」

「はい」


「…すげぇ色ボケ日記じゃねぇ?」


「はあ、まあ。でも1頁目ですし? 日記を書き始めた動機が王子との再会のようですし、当分はこの内容が続くのかも……ですね」


「こんなクソな内容の為に幽霊狩りとか。なんだ? 俺は暇人か?」

「あ、じゃあ、もう止めときます? リグナス、皇宮から蹴り出します?」


 期せずして悪魔を追い出せる感じ?


「ちょちょちょ、ちょっと待って!」


 だけどリグナスが慌てる。


「皇宮内、まだまだ幽霊一杯いるし、僕、せっかく皇宮に入り込めたのに、そりゃないよ。次に来れるの、いつになるかわかんないじゃん!」


 その様子を睥睨した後、殿下はふいっと目を逸らし、疲れたように息を吐く。そうしてしばらく思案顔をした後、再びじろりとリグナスを見つめる。


「俺が今から言う条件飲めるか?」

「ど、どんな?」

「たった今お前が読み上げたのとえらく変わらない内容の頁は次から読まなくていい。除外しろ」

「え…」

「さっきお前が読み上げた頁のせいで俺のハノイヴァへの興味がゴソッと削られたんだよ。真面目な話、すげぇ破壊力だったぜ? あーもう300年前に滅んだ国なんざどうでもいいかぁってな」

「えー…」


 リグナスが青ざめる。


「まさかとは思うけど、ひょっとして全頁、色ボケだったりするの?」


 訊いてみると、


「いや、さすがにそれは無い! 安心して!」


 リグナスは慌てて否定する。


「だそうですが、殿下」


 振り返ると殿下はただでも鋭い目つきを細める。


「リグナス。割合を言え。色ボケ頁とそうじゃねぇ頁の。割合によっては即契約解除な」


 そう凄むと、リグナスはメリアザンの日記を高速でパラパラ捲る。


「えーと。王子への恋心の吐露(ラブレター)が七割…」

「話になんねぇなぁ、オイ」


「いやでもさ。真ん中辺りまではずーーと恋心の吐露(ラブレター)だけど、それ以降からはけっこう読み応えあるって! 国が滅亡していく雰囲気とかさぁ!」


「ったく」


 殿下はうんざりしつつ絞り出すように仰った。


「次回で決める」

「次回?」


「二体目の幽霊狩りを成功させても色ボケ頁は読むな、要らねぇ。お前が"読み応えがある"と判断した頁を読め。そんで、その内容が俺にとっても聞き応えがあるならば良し、そうでないなら終わりにする」


「終わりって」

「契約解除以外あるかよボケが」

「えええぇ~~」


 リグナスはひどく焦った顔をしている。ついさっきまでノリノリで色ボケ頁を朗読していたのにね。あんなにもハノイヴァ滅亡について知りたがっている殿下にあんな期待外れな内容を聞かせて、どうして不興を買うって想像が付かなかったのかなぁ。




「俺は今日はもうフテ寝する」




 殿下がそう宣言した為、私は紺碧宮を辞去する事にした。

 宮を出る時はリグナスも一緒で、しばらく二人で歩き、人気のない通路まで出る。指パッチンで表門まで瞬間移動してくれないかなあ…なんて期待してリグナスを見上げると、ひどく困ったような顔をして考え込んでいる。


「契約解除されるの、そんなに嫌なの?」

「当然だよ。せめてギーズ君が神力持ちじゃなかったら強引にでも履行を迫れなくもないんだけどねぇ」

「神力ってそんなに凄い物なの? 悪魔を逆らえなくするくらい?」

「そこはピンキリだけど。それ以前にギーズ君の場合は基本皇宮の結界に護られてるじゃん。つまり、本人が神力持ちな上に鉄壁ガードの恩恵まで受けてるってわけで…」


 不満そうに口を尖らせていたリグナスだったけど、


「あ」


 急に口を噤み、様子を窺うようにある一方向を凝視する。

 見ると遠くに二人の男女の姿が見えた―――と思ったら、

 リグナスが突然指パッチンをする。


「え、今何かした?」

「ライラちゃん、ちょっとだけ動かないで?」


 顔は笑顔だけど目が笑ってない。


 仕方ないので留まったけど、遠くの方に見えていた男女がアラクネイティズ公爵ご夫妻―――ギーズゴオル殿下のご両親である事に気が付いた。

 慌てて通路脇に避けてお辞儀をしようとすると、


「大丈夫、目くらましかけたから。今の僕らの姿、彼らには植え込みの木にしか見えてない」


 リグナスが耳元で囁く。


「ええ?」


 吃驚してる間にご夫妻は何事も無いように目の前を通り過ぎてゆく。確かに私達の姿、ぜんぜん見えてなかったみたい。

 ポカーンとしつつリグナスを見上げると、リグナスは何故だかご夫妻を無言で凝視していた。それも妙にしげしげと。


 なんとなく話しかけづらいなぁと様子を窺っていると、しばらくしてリグナスはフッと息を抜き、私に笑いかけ、再び指パッチンをする。どうやら表門近くまで瞬間移動してくれたようで、私はリグナスにお礼を言って門を出た。

 門の外にはいつものようにカルケイビタンさんが待機してくれていた。

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