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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
16/81

16 ハノイヴァ帰りのルーキットさん

 次にギーズゴオル殿下に呼び出されたのは少し間の空いた二ヶ月後。

 前回みたいに適当かつぶっつけ本番は止めておこうという事で、殿下とリグナスは二ヶ月かけて皇宮内の幽霊分布図をあらかた書き出しておいたという。


 紺碧宮に着くと早速それを見せられる。


「この色分けってどういう分類なんです?」


 問うと、


「幽霊どもの死んだ年代」


 殿下が仰る。


 現在は帝紀4785年なので、そこから遡って100年ごとに色分けをしたという事だった。


「リグナスの悪魔パワーでそういうのはなんとなくわかるんだとよ」

「手を翳すとね。これは最近の霊だな~ とか、これは古い霊だなぁ~とか」

「へー」


 私だと幽霊達の着ている服や髪型からイメージするだけなのよね。


 殿下は分布図の中の何ヶ所かを指でトントンする。


「俺としてはこの辺りの霊から先に攻略したいわけだが」

「……殿下、本音がダダ漏れです」


 殿下がトントンしてるの、300年前の霊ばかりだよ。


「この中で一番難易度低そうなのはどいつだ?」


 問われたリグナスが吟味する。


「300年前の霊の中ではこれかなあ」


 そんなわけで攻略対象が決定。

 私達はリグナスの指パッチンで現場へ向かった。






 ターゲットは職務中の事故で亡くなった男性霊で、庭師のような格好をしてた。頭部がぱっくり割れて脳味噌が少しはみ出していて、顔面には真っ赤な血糊がべっとり垂れている。

 そう殿下に報告すると、


「お前、そいつと会話する度胸あんの?」


 そう訊いてくださったので、


「無いですね!」


 間髪入れずにお断り。

 と言うわけで今回も会話役はリグナスに任せる事になった。


「手助け出来る事があればするからガンバレー」


 送り出す。

 で、結果なんだけど。


 残念ながらと言うべきか、エクスノヴァ将軍の時と同様の幽霊性連呼症だった。


「ああ、ああ、あの日、脚立から落ちなければ」

「ああ、唯一神アースタート様。なんで僕は脚立から落ちてしまったんですか?」

「お祈りを欠かした事なんかただの一度もなかったのになぁ」

「なんで脚立から落ちた時、僕は頭から落ちちゃったのかなぁ」

「しかもなんで落ちた先にあんなでっかい尖った石が」

「ああ、ああ、あの日、脚立から落ちなければ」

「ああ、唯一神アースタート様―――」


 どんよりとした目の男性霊はとにかくひたすら同じ愚痴を何度も何度も繰り返してる。


 この霊、エクスノヴァ将軍とは違い、名前すら判らない霊だったんだって。生前の人となりも人間関係もわからないとなると、どう話しかけて良いのかとっかかりが掴めないわけで。だけど殿下が皇宮書庫から『皇宮使用人の死亡事故記録』なんていう、えらくピンポイントなタイトルの史料を探してきたので、リグナスが悪魔パワーで判定した死亡年代で照会した所、


―――庭師トレイバァ・ルーキット。

―――帝紀4476年、職務中に脚立から落下した際、

―――尖石に頭部を打ち付けて死亡。

―――近く幼馴染み女性と結婚式を挙げる予定だった。

―――気の毒也。

―――遺族と婚約者には慰労金が支払われた。


 この記事の人物だろうと推定。


 ならばその幼馴染みの女性の名前がルーキットさん覚醒の鍵になるのでは?


 そう思い、延々愚痴連呼炸裂中のルーキットさんに「幼馴染み」とか「結婚」とか「婚約者」とかのワードを投げつけてみたら、ふいにルーキットさんは小さく「エリカ…」と呟いたわけ。しかもその時点でルーキットさんの目には僅かにだけどすでに光が宿りかかってた。


「これはもうあと一押しなのでは?」


 そう思ったリグナスは大至急冥府へ"エリカさん"を探しに行ったけど、エリカさんはとっくの昔に転生してしまってた。


 こうなったら仕方ない。

 ルーキットさんが延々愚痴ってる真横で、リグナスは派手に手を打ち鳴らしつつ、


「エッリッカ、エッリッカ、エッリッカ」


 と声援みたいに連呼した。途中で「ライラちゃん、僕の助っ人でしょ? 一緒にやってよ! 僕一人で馬鹿みたいじゃん!」と半泣きで言うのでちょっと可哀想になって加勢。二人でヤケクソ気味にエッリッカコール。


 そうしたら、


「や、やめてくださいよ、もう~、照れるじゃないですかあ」


 ルーキットさん、いきなり自分の顔面に両手を当てて隠し、身もだえるようにしゃがみこんじゃったのよね。ルーキットさんは完全に正気に返っていて、すっかり会話が可能になっていたのであった―――。






 聞いてみると、ルーキットさんとエリカさんの仲は、エリカさんからの告白でスタートしたんだとか。

 エリカさんがルーキットさんに告白する時、お互いの友人達はニヤニヤと笑いながら見守っていたそうで、ルーキットさんを前にして怖じ気づいてるエリカさんを鼓舞する為、手を叩き、


「エッリッカ、エッリッカ、エッリッカ」


 と囃し立てながら声援を送っていたんですって。混声によるエリカコール。―――その記憶がルーキットさんを正気に戻したって事みたい。

 ただの偶然だったけど、そのお陰でルーキットさんは309年もの間迷い込んでいた迷路から無事解放されたわけ。


 ルーキットさんは、


「そうかあ、僕が愛したエリカはもうどこにも居ないんですね…」


 そう言って淋しそうに笑った。


 とりあえずルーキットさんは冥府に連れていける状態になったし、雰囲気がかなりやわらかくなっているので私も恐怖心がぐっと和らぐ。相変わらず脳味噌見えてるし血も垂れていたけど。


 私とリグナスの様子を見て、


「上手くいったようだな」


 殿下が怜悧な目を光らせ、近付いてきた。


「では庭師ルーキット、俺の質問に答えてもらおうか」


 私とリグナスのエッリッカッコールをついさっきまで呆れ果てた目で睥睨していたのにこのちゃっかり者が。いやでも『皇宮使用人の死亡事故記録』をみつけてきたのは殿下だし、充分アシストポイント入ってるかな、うん。


 それにしても皇族パワーというやつだろうか。

 無駄に威圧オーラを醸しだす12歳児ギーズゴオル殿下の威風にあてられ、


「こ、この方は?」


 ルーキットさん、無意識に畏まっている。


「あなたの時代から300年後の皇族でいらっしゃいます」


 そう言うとルーキットさんは吃驚してますます畏まる。


「皇子殿下は霊感をお持ちですが、会話は出来ませんので私が通訳をします。どうぞ殿下の質問に答えてくださいな」


 そう言ってから、私は殿下に「どうぞ」と振った。


 すると殿下はフッと笑う。ちなみにどういう"フッ"かというと、バースディプレゼントの包装や装飾を開ける寸前で嬉しくて堪らないのに格好付けて冷静を装ってるひねくれたクソガキ的な…。

 隠しきれない期待感からか、殿下は頬をほんのりと紅潮させ、


「庭師ルーキット。お前に訊きたい事がある。ハノイヴァ王国の滅亡についてだが―――」


 そう仰った。


 さてルーキットさんはどんな事を話すのか―――そう思いながら通訳すると、ルーキットさんは目を見開き、口をパカッと開け、小刻みに震え始めた。


「え?」


 私がポカンとしていると、ルーキットさんは声を震わせる。


「ハノイヴァ。僕は生前、あの国に旅行に行きました。行ってしまいました!」


 そう叫んだ。


「僕はあの国のせいで死んだんだぁぁぁ」


 更に叫ぶ。


「え。死亡現場はレーダーゼノン帝国皇宮の庭―――まさにココですよね? ハノイヴァではなくて。お仕事中に脚立から落ちたんですよね? そんで石に頭ぶっつけて…」


「そうです。その通りです。でも、遠因はハノイヴァです。断言出来ます」


「それはまた、なんで―――。脚立がハノイヴァのメーカー産で粗悪品だったとか?」


「そんなマトモな理由じゃないです!」


 そう言うなりルーキットさんはまた両手で顔を被い、しゃがみ込んでしまった。

 そして、


「理由は絶対に言いませんっっ! 言うくらいなら! 死にますっ!」


 そう叫ぶ。

 とっくに死んでるのに何言ってんだ―――と突っ込みたかったけど、なんだか嘆きが凄すぎて突っ込めなかった、人として。

 ふいにルーキットさんはハッとしたように立ち上がり、周囲を警戒するように見回す。


「すみません、取り乱しました」

「い、いえいえ、気になさらないで…」


 正気に戻ってくれたのかな?―――と思ったら。

 ルーキットさんは声を潜める。


「あなた方にお願いがあります…」

「はい、なんですか?」

「さっきうっかり口走ってしまいましたが… 僕がハノイヴァ帰りって事、内緒にして頂けないでしょうか…」

「えーと… はい」


 殿下と私とリグナスの三人で共有するだけの情報だし、そりゃあまぁ構いはしないけど。


「で、あのハノイヴァの滅亡理ゆ…」

「あぁぁぁあああぁぁぁぁぁ、頭が割れるように痛い!」


 もう割れてます、ルーキットさん。






 結局ルーキットさんは頑として口を割らなかったので、根負けした私達は彼を冥府に送り出すしかなかった。

 リグナスがルーキットさんの胸元に手を翳すと、ルーキットさんは光の球体になってリグナスの手の平に収まる。


「早速冥府に連れてくよ。例の日記、今度こそ翻訳朗読してあげ……られるといいなぁ」


 そう言って指パッチンして消えた。


 でも将軍とは違い、ルーキットさんは無事冥府に逝けたらしく、二度と戻ってこなかった。

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