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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
15/81

15 "神"違い

「あの世にはハノイヴァ滅亡理由を憶えてる霊もいるんじゃないかってギーズ君は言いたいんだよね?」


「その通りだ」

「答えはNO」

「なんでだよ」


「前にも言ったよね、悠久の時間の地層からハノイヴァは何故か"無かった"事にされつつあるって。冥府でも事情は同じだよ。みーんな清々しいまでにハノイヴァの存在を忘れてしまってるから。僕みたいに思い出す者もいるだろうけど、それにしたって滅亡理由はどうしても思い出せないし。残念だったねぇ」


「……て事は、エクスノヴァ将軍の霊がたとえ正気でも訊くだけ無駄って事かよ」


 殿下は再びド陰鬱ポーズに入った。


「アハハ。ガッカリしてる~」


 リグナスは指を指して嗤ってるけど、殿下は反応する気にもなれないようで、組んだ手の甲に額を乗せたままだ。


 だけど、


「そんなしょんぼりギーズ君に朗報でーす」


 リグナスは妙に朗らかに言う。


「皇宮内の幽霊ならハノイヴァ滅亡について憶えてると思うよ? ほぼ間違いなくね」

「なんだって?」


 殿下はガバッと面を上げた。


「勿論、生前にハノイヴァを知っていた霊に限るけどね」

「根拠を言ってみろ」

「皇宮に張られている"結界"のお陰さ」


 リグナスはウィンクしてみせる。


「ライラちゃんちの隠し部屋のハノイヴァ関連のあれこれが消えずに残っていたのはさ、神紋で封印されていたお陰だと思うんだよね。もしも封印が神力仕様じゃなかったら、ハノイヴァ語の文章は全て300年の間に真っ白に消え失せてたろうと思う。

 それを思えば、神殿の結界に意図せず護られている皇宮の幽霊達の記憶は当然保持されてて然るべきじゃない?」


 神力持ちだったグランディル・サーレンシスが他の人達よりも長くハノイヴァを記憶し続けられたのも同じ理由だろうと言う。


 その説明を聞いて、私はなんとなし違和感を覚えた。


「なんだか矛盾していない? 神力ってようするに唯一神アースタートのお力が源なのよね? 反アースタートで悪魔崇拝国ハノイヴァの痕跡をなんで他ならぬアースタート神の力が護っちゃってるの? 消すのならばともかく」


 私は首を捻る。


「ライラちゃん。前にも言ったけど悪魔も人間もアースタートからしたら森羅万象のひとつでしかないんだってば。悪魔とか悪魔崇拝とか反アースタートとか、当のアースタート神は歯牙にも掛けないから」


 そういえば前にそんな事言ってたっけ。

 でもさぁ。


「あなたはこうも言った筈よ。まるで"神の見えざる手"の介入でもあったみたいにハノイヴァの痕跡は消え失せたって。"神"と言えばつまり唯一神アースタートで…」


 言いかけると、


「ライラ、"神"違いだ」


 殿下がぼそりと呟いた。


「"神"違い?」

「俺達にとっての神といえば唯一神アースタートだが、ハノイヴァにとっての神はアースタートじゃねぇんだろ?」

「そ、そういえば…」


 殿下はしばらく考え込むように黙り込み、リグナスを見る。


「ひょっとして、ハノイヴァの痕跡を消してるのは―――悪魔なのか? しかも、かなり強力な悪魔」


 殿下がそう仰ると、

 リグナスははりついた笑顔になった。


「ハノイヴァで千年もの間崇拝され続けた悪魔は並の悪魔以上の力を持つに到り、それこそ悠久の時間の地層とやらからハノイヴァの痕跡を消し去るくらいの力を得たんだろう。

 とはいえ残念ながら力及ばずで唯一神アースタートの神域内には手が出せずにいるんだろう。

 なお、アースタートの神域はハノイヴァの記憶を護っているわけでは全くなく、リグナス曰くの"歯牙にも掛けてない"―――つまり、特に干渉してないというだけで……」


 そこまで仰ると、殿下はじろりとリグナスを見た。


「この解釈で合ってるか?」

「…う~ん、そんな感じだねぇ」

「知ってたのに黙ってやがったんだな、お前」


 リグナスは不敵に笑う。


「……そりゃ情報は安売りしないよ? 頃合いを見たり空気読んだりで小出しにはするけどさ。僕が用済みになったら皇宮から蹴り出す気満々のギーズ君には、いたいけな僕としてはそれくらいの保険は必要かなぁって。

 僕の立場じゃ召喚主に訊かれたら答えざるを得ないわけだし? でも訊かれない限りは黙ってたって僕の勝手だしねぇ? ギーズ君、今後も推理、頑張れ~」


 からかい口調で(おど)けてみせるけどちょっとわざとらしい気がする。


「訊かれりゃ答えるんだな? それなら訊くが、リグナス」

「……なーに?」


 リグナスは少し緊張した面持ちになる。


「ハノイヴァで崇拝されてた悪魔ってのは複数か? 単数か?」

「単数」


 ハノイヴァは悪魔崇拝国とは言っても、本当に崇めているのはただ一人の悪魔のみで、全ての悪魔を崇拝対象としていたわけではないらしい。


 殿下はリグナスを一層()めつける。


「まさかお前がソレじゃねぇんだろうな?」


 ええ!? そんな可能性が!?―――恐る恐るリグナスを見ると、

 リグナスは「いや、違うし」と否定する。


「僕がハノイヴァで崇められてた悪魔本人なら神殿で悪魔限定の召喚スクロールなんか売らせないよ!? 仕事が増えるじゃん! メンドクサ!」


 確かにな―――と殿下は仰る。


「…そもそも崇拝対象の悪魔そのものまで召喚し兼ねない悪魔限定召喚スクロールを観光客用に気軽に売るのっておかしいか。リグナス、ハノイヴァで崇拝されていた悪魔は本当に単なる悪魔なのか?」


 殿下がそう訊くと「えーとぅ…」とリグナスは気まずそうに視線を逸らす。そのまましばらく黙っていたけど、やがてしょうがないなぁという顔をして、


「魔神」


 そう言った。


「ハノイヴァで崇拝されてた悪魔は"魔神"と呼ばれていたみたいだよ。他の悪魔達と区別してね」

「魔神か…」


 殿下はしみじみと呟く。


「個体名はあるのか?」

「あったと思うよ。多分知ってた。けど忘れた」


「その魔神は自分の名前まで消そうとしてんのか」

「さあねぇ。僕、会った事ないし」


「ハノイヴァの魔神はなんだって自分を崇めていた国の痕跡を消し去ろうとしてんだ?」

「それこそ魔"神"のみぞ知るだね」


「くっそ」

「あっははぁ」


 リグナスは妙に乾いた笑い声を漏らした後、「じゃあ今度こそ続きを話すよ」と言う。

 今度は殿下も大人しく肯くと、リグナスは話し始めた。


「さっきも言ったけどさ。あの世でマグナキア56世に会って事情を説明したんだよ。『ガンダール君に君の名前を出したら少しだけ正気に戻ったよ』って伝えたら喜んでたね。けど結局はこちらに連れてくるに到らなかったって言ったら…」

「言ったら?」

「めっちゃ腹立ったらしくて、しばらく『クソがぁぁぁ』って吠えてたねぇ。しばらくしたら落ち着いてくれたけど。で、『ガンダール君が君を差し置いても皇宮に留まる理由に心当たりはないの?』って訊いたらね」


 リグナスはニコッと笑う。


「ぜんっぜんわかんないってさ~」


 両手を広げ、お手上げのポーズを取る。

 私と殿下は脱力する他なかった。






「と言うわけで薔薇園の女官に引き続き、エクスノヴァ将軍も後回しにするとして。次の候補に行く?」


 リグナスがそう提案。


「いや…」


 殿下は首を振った。


「残念だが俺はこれから用事がある。さっきコーデリアから水晶宮の書庫の整理を手伝えって頼まれたからな」

「さっきのコーデリア様からのメッセージはソレですか」

「ああ」

「水晶宮は書庫担当の使用人とかいないんです?」


 甥とはいえ皇子を雑用に駆り出すってどういう事て感じだし、なんだか不思議。


「なんか知んねぇが女の使用人はいいけど男の使用人には触らせたくない本があんだとよ。でも男手は欲しいからってんで何故か俺が駆り出されるってわけだ。―――あいつは風変わりな女だから、風変わりな本でも集めてるのかもな」

「ええっと、あはは…」


 肯くわけにもいかないので笑って誤魔化す。


 まぁでもそうなんだろうなぁとは思う。24歳の皇女というと、とっくに他国の王家に嫁いでいるか帝国内の高位貴族をお婿に迎えてそうなご年齢だけど、未だ独身でいらっしゃるし。お付きの侍女も少しばかり個性の強い方が多いとも聞いた事があるような…。


「数年前まではレジレンスが駆り出されてたらしいが、最近は俺にお呼びがかかる」

「大変ですねぇ」


 時刻を見るとまだ昼下がりだけど、とりあえず御用も済んだしって事で、私はカルケイビタンさんの移動魔術で帰宅した。

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