14 水晶宮のコーデリア皇女殿下
ちょっと頬が熱くなる。
ドギマギしかけたけど、
「お前の霊力はなかなか見所がある。俺、"尖った能力者"、好きなんだよな」
そういう意味ですか。
「ほら、カルケビタンとかもな」
「ああ、はい」
「あいつ、能力不足で公人魔術師試験に落ちたんだが、移動魔術だけやたらと上手いだろ? そこを気に入って個人的に雇用したんだよ」
あーはいはい、そうですかぁ。
つまりは私の事も使える人材って感じの評価なわけですね。
ちぇっ…。
あれ?
でも、そういえば。
「…殿下、私が幽霊見える体質って事に気付いたのって、薔薇園の女官が切っ掛けでしたよね?」
「ん? ああ」
「その前の段階でお茶会の帰りに私を送ってくださる気になったのはなんでです?」
私が霊力持ちって知った上でならともかく、あれはまだ知らない時の筈。
「そりゃあ、お前」
「はい」
めっちゃ気になる。
でもまたどうせ肩すかしな事を言われるのかなって気もしたんだけど、
「アイリビィがフォローしとけって言うから」
「はいィ?」
肩すかしどころの話じゃなかったよ。
思わず虚無顔になっちゃったよ。
あの日のお茶会、アイリビィ様は私に対する態度が些か度を超していたという自覚はあったらしい。どのタイミングでフォローしようか考えていた所にギーズゴオル殿下が来たので相談―――それがあの時の耳打ちの応酬だったんだとか。そして、そうこうする内に私が帰宅の意を表明してしまった為、慌てて殿下に私を送らせたんだとか。
「そうだったんですね…」
アハハ…。
なんだかなぁ。
あの日、殿下が私の事だけ送ってくれたの、
浮かれ気味に良い想い出にしてたんだけど、
アハハ、そういう事かぁ…。
あれ?
でもまだ疑問が残ってる。
「……殿下、あの時私、何かフォローしてもらいましたっけ?」
「……あの時、俺は葛藤していた」
「葛藤……?」
「アイリビィにケツ叩かれてお前を送ってやる事にしたものの、フォローってどうやんのかなぁと」
「……ああ、はい」
「そもそもアイリビィのヤツ、お前になんかしたのか? フォローを要するような何かを? そもそも俺、そこの所を聞かされてねぇしってな」
そういえば殿下が来た頃はもうアイリビィ様のお茶注げ攻撃終わってたっけ。
ふふふ。
蓋を開けてみたらすっごくつまんない事実が転がり出てきましたぁ。
それにしてもアイリビィ様って、この殿下を顎で使えるって凄くない? いくら幼馴染みだからって殿下の好意に胡座かきすぎじゃない? 正直、そのお立場、羨ましいんですけど?
(いいなあ、アイリビィ様。私も殿下の幼馴染みになりたかった…)
まぁでもだからって―――やっぱり殺意とか湧きませんけどね。
アイリビィ様を殺したところで殿下が私を見てくれる保証もないし。むしろ憎まれるだけだろうし。バレなきゃ済むといえば済むのかもしれないけど、それよりも。私はむしろ、恋敵を排除しないと自分の番が回って来ないような恋は潔く忘れて次に進みたい気がするし。
割と本気でそう思ってる―――んだけど、これって綺麗事なんだろうか。
私の殿下への想いはまだまだ未熟で、だからそんな綺麗事を考えてられるってだけなんだろうか。想いが深まってしまったら―――私はやっぱりアイリビィ様を?
なんというか、さっき殿下がやってたみたいなド陰鬱ポーズを取りたくなったんだけど。
そうしたら扉がノックされた。
リグナスかな? と思ったけど、あいつなら勝手に室内に指パッチンしてくるし、どうやら普通の人間の使用人によるノックのようだ。
殿下が入室を許すと使用人が扉を開け、告げる。
「皇子殿下。水晶宮の皇女殿下からメッセージが届いております」
水晶宮の皇女殿下というと―――コーデリア様か。
コーデリア皇女殿下は前皇帝陛下の末子にして現皇帝陛下の末妹で、ギーズゴオル殿下には叔母に当たられる方だ。ついでに言うと私のお母様のイトコに当たられる方でもある。
「ババァがなんだって?」
ババアって…。
ギーズゴオル殿下はコーデリア様とは不仲なのかな。
まぁ、ご年齢はずいぶん違うしね。
とは言ってもババアなんて言われるようなお歳ではないような。
コーデリア様は確か24歳だっけ。
使用人はコーデリア様の侍女から託されたという封書を殿下に渡し、退室していった。殿下は印璽の捺された封蝋付の封書を雑に開封し、中に入っていた手紙を取り出して目を通す。
手紙を読んでる殿下の整った横顔を眺めながら、私はコーデリア様の事を脳内でおさらいする。
実はコーデリア様って、お母様のイトコというだけでなく、少しだけ私自身ともご縁のある方だったりするのよね。
乳母のユーフェが事故死してから新しい乳母を雇い入れるまでのほんの短い間だったけど、当時3歳の私は15歳だったコーデリア様に預けられた事があるんだ。
勿論うちの両親には恐れ多くも皇女殿下に子守をお願いするような度胸は無い。
つまり、皇女殿下の方からのお申し出だったわけ。
ちなみに"遠縁の幼児が乳母を亡くして可哀想だから私が面倒を見て差し上げますわ"的な善意のお申し出とかでは全くなくて、
『子守とやらをしてみたい』
という、好奇心100%というか、おままごとやペット感覚というか。常識的に取り繕う事もなくズバッと本心をぶっちゃけた上での要請だったんだって。
だからこそ両親としては是非ともお断りをしたかったらしいけど、皇女殿下からのお申し出は断りづらかったってのと、多分間違いなく実際のお世話は侍女達や女官が担うだろうという希望的観測の元、要請を受け入れたそうな。
水晶宮の使用人全員にしっかり付け届けをした上で娘の無事を祈りつつ、皇女殿下のもとに私を送り出した後、光の速さで乳母募集の広告を出したし、新しい乳母がさっさと決まったので、私が皇女殿下の元にいたのは一週間程度だったらしいけどね。
ふと見るとギーズゴオル殿下はすでに手紙を読み終えていた。
何が書いてあったんだろう。
ちょっと好奇心。
…なんてぼんやり考えていたらリグナスがようやく戻って来た。
「みんな、お待たせぇ…」
なんだか疲れ切った顔をしている。
「冥府のマグナキア56世に聞き込みしてきたよー」
「え、皇帝陛下、本当に冥府で待ってらっしゃるんだ!?」
うっかり驚いてしまった。
将軍を冥府に連れて行く為の口からでまかせだとばかり。
「本当だよ。ほら、前にエクスノヴァ将軍はあの世でも有名人だって言ったよね?」
「そういえば言ってたけど」
「なんせ300年前、臨終を迎えて冥府へ行ったマグナキア56世は、開口一番『ガンダール・エクスノヴァは来ているか!?』って叫んだんだ。未だに成仏せず皇宮に居坐ってると知ると、『なんでだよ!?』って叫んでさぁ。『ガンダールが来るまで俺様は絶対転生しないからな!』ってね。幽霊って何歳で死んでも冥府に行くと人生で一番元気だった頃に戻るから、そんなわけでホントに300年、めっちゃ元気に冥府で待ちわびてるよ」
なんだろう。
冥府ってそういう感じなの?
「でさ、冥府のマグナキア56世に…」
リグナスが話そうとすると、
「待て」
殿下が制する。
「なあに?」
「冥府に留まってるのはマグナキア56世だけってこたぁねぇよな?」
「転生拒否して居坐ってるのなんか山ほどいるよ」
「つまり冥府にはハノイヴァが存在していた頃の幽霊もワンサカいるって事か?」
殿下がそう問うと、
「ああ、そういう意味? なるほど。それは良い質問だと思う」
そう言ってリグナスは目を細めた。




