10 サーレンシス家ご先祖のやらかし
「薔薇園の女官メネルト・ワナティカ様は我が家のご先祖を恨んでいると思いますので子孫たる私は近寄らない方が宜しいかと」
そう言うと殿下とリグナスはキョトンとした。
ギーズゴオル殿下が我が家の隠し部屋の探検に来たあの日。私は書庫で『レーダーゼノン帝国毒殺事件全史』って本の150年ほど昔の薔薇園の女官の冤罪事件についての記事を読もうとしてて、丁度そこへお兄様と殿下達がやって来て、私はお兄様に怒られて本を取り上げられたわけだけど。
その後、件の本はちゃっかり失敬して、自室でしっかり読んだのよ。
そうして知った。
我が家の残念なご先祖の"やらかし"を。
ちなみに神力持ちだった300年前のご先祖じゃなく、
150年前のご先祖の方ね。
今を去る150年ほど昔の我がご先祖スティアール・サーレンシス。
彼にはエリサラウという名の婚約者がいたそうよ。
エリサラウはラセンノート侯爵家令嬢。
彼女はスティアールを熱愛していて、婚約の話もほとんどエリサラウ側のごり押しだったのだという。爵位だけなら我家とラセンノート家は同格だったものの、当時の宰相はラセンノート侯爵であり、スティアールからしたらエリサラウとの婚約はほぼ政略で、意に添わぬ物だった。エリサラウは派手で我が儘で、スティアールの好みのタイプではなかった。スティアールは上品で楚々とした女性が好みだった。
そして、そのタイプに当てはまったのが当時皇宮で女官をしていたワナティカ伯爵家のメネルト嬢だった。
スティアールは好ましくない婚約者の相手に疲れていたところ、たまたま薔薇園で休憩していたメネルト嬢と出逢い、一目惚れ。以来、メネルト嬢にご執心となったという。
二人が両想いだったかは不明。
ただ間違いなくスティアールはメネルト嬢の事を愛していたろうと思われる。そしてエリサラウはメネルトに対し、激しく嫉妬したのだという。
「で、エリサラウはメネルト・ワナティカ様に毒を盛られた振りをして告発。メネルト様は裁判も受けられないまま現場判断で皇宮内の処刑場にて処刑されたそうです」
私がそう言うと、ギーズゴオル殿下は首を傾げる。
「なんで裁判を受けられなかったんだ?」
悪夢の中、ノー裁判で私に処刑宣告した殿下が不思議がってるのはなんだかシュールだな。
「エリサラウは宰相の娘だったので残念ながら権力が勝っちゃったっぽいですね。あと、メネルト様の実家のワナティカ伯爵家が娘を即断で離縁したせいです。そのせいでメネルト様は"庶民による貴族の殺人未遂犯"として扱われる事になりました。とはいえ温情をもって絞首ではなく斬首となりましたけど」
絞首刑は死に到るまで長く苦しむけど、斬首刑は苦しまずにすぐに死ねる。そういう事情から斬首刑は貴族の特権とされているのよね。
「だから裁判ナシだったんだな」
殿下は合点がいったという顔をする。
「だからとは? 庶民だって裁判は行われる筈で…」
「そういう意味じゃねぇ。裁判ナシである事がメネルトへの慈悲だったんだろうって意味だよ」
首を傾げると殿下は説明してくれた。
「まともに裁判を受けたら絞首刑確定だったからだよ。しかも広場で庶民に野次られながらの公開絞首刑になる。現場判断で即日非公開で斬首にしてやるのが当時の関係者なりの慈悲だったんだろうな。当のメネルトが納得していたかは知らねぇが」
「え、そうなんですか…」
「そんな慈悲が与えられる程度には当時の周辺の奴らはメネルトが冤罪被害者である事を知ってたのかもな」
「……と言う事は」
悪夢の中の私が貴族籍を剥奪された後、きっちり公開絞首刑だったって事は、冤罪の可能性すらゼロだってわけ? 私の未来ってなんだかなぁ……。
いや、絶対そうなるって決まってるわけじゃないけど。
そんな未来を回避する為に頑張るつもりなんだし。
ああでも胃がシクシクする。殿下は私の悪夢の内容を知ってる筈なのに平気な顔してるのも地味に堪える。まぁ、夢の内容は掻い摘まんでしか話してないし、それ以前に殿下はうちの家族同様、所詮ただの夢とか思ってるんだろうけどさぁ。
ずうううんと落ち込んでたらリグナスが私の顔を覗き込む。
「ライラちゃん、すごく哀しそうな顔してるんだけど。どうかしたの?」
「ええっと。なんでもないですヨ」
私は無理矢理に笑顔を作った。
「で、話を戻しますが。
メネルト・ワナティカ様は皇宮内の処刑場で斬首刑になった後、棺に納められたものの、実家が遺体の引き取りを拒否した為、その棺は皇宮の地下室に放置されていたそうです。
それから一年ほど経った頃、エリサラウの偽装工作が発覚してメネルト様の冤罪が濯がれ、復権。ワナティカ家は離縁を取り消し、ようやく遺体を引き取って埋葬しました。
一方、今度はエリサラウの実家のラセンノート家が娘を離縁し、規定通り庶民扱いで広場にて公開絞首刑になったそうです」
そう言うと殿下は「ま、当然だな」と無感動に感想を述べる。私もエリサラウの末路については文句はないけど。ただ、悪夢の中の自分の末路に似すぎてるのが気になるだけで。
「問題は我がご先祖様なんです」
そう言うと殿下とリグナスが改めて私を見る。
「うちの150年前のご先祖ステイアール・サーレンシス、どう思います?
婚約者がいる身で紛らわしくもメネルト様に執心して無駄に悲劇を招いたわけですよ。メネルト様からしたら、好きでもない男がストーカーみたいに粉かけてきた挙げ句、それが原因でエリサラウに嫉妬され、冤罪かけられて斬首刑。
どんな地獄かって話。
絶対うちのご先祖の事も恨んでると思いません?
自分のせいなんだからせめて遺体の引き取りでもして埋葬して差し上げれば良かったのに、それもせず。そんな残念ご先祖スティアールの直系子孫たる私が、のこのこメネルト様の前に出て、そろそろ冥府に逝きませんかぁ…なーんて顔出したらヤヴァ過ぎません?」
そう言うと、
「まあ、そうかもな」
殿下は同意してくれたけど、リグナスはチッチッと言いながら人指し指を左右に揺らす。
「薔薇園の霊がライラちゃんの先祖と因縁があるにしたってさ。でもあれ妖怪に進化する寸前だしさ。多分もう生前の記憶とか無いと思う。完全な妖怪になる前に冥府に連れてってやんないとメネルトちゃんが可哀想だと思う。僕、根が優しいから」
「悪魔の分際で優しいとかほざいてんじゃねぇ。そんなに言うなら先ずお前が薔薇園へ行って来い。そんで霊の耳元で"サーレンシス"って呟いて来い。な?」
殿下がそう言うと、リグナスは「わかった」と言って、指パッチンする。
次の瞬間、リグナスの身体は空間から消えた。
「前回は煙と共に消えませんでした?」
「煙は初対面の相手の前で消える時限定の演出だとよ」
しょうもない。
しょうもないけど、そういえば。
「…悪魔って皇宮内でも魔術が使えるんですね」
演出なんかする余裕がある程に。
しみじみ呟くと殿下が仰る。
「悪魔が使うのは"術"じゃねぇ、ただの純粋魔力だ。つまり詠唱なんか要らねぇってわけだ。皇宮の結界は魔術の詠唱キャンセルだからな」
魔力を持って生まれた人間―――魔術師達は"術"と言う名の詠唱を行う事でようやく魔力を使える。詠唱で足りないと身振りやステッキなどの小道具まで使う。移動魔術が大得意なカルケイビタンさんすら、詠唱は要るわけで。それらの一切を必要としない悪魔とは根本的な部分が違うらしい。
「悪魔って凄いんですねぇ…」
じゃああのリグナスも凄いのか―――なんて思ってたら、自信満々で出掛けて行った筈のリグナスがしょんぼりしながら帰ってきた。
「首尾はどうだった?」
殿下が問うと、
「メネルトちゃんの耳元で"サーレンシス"って呟いたらね。全身を震わせ、眼窩から血の涙を流して、すごい形相で歯ぎしりし始めたよ。ピッタリと地面の芝生にくっついてる靴の爪先を軸にして、ぐるぐると独楽みたいに回り始めて、血しぶきまで上げ始めてさあ」
リグナスは無垢な乙女のように打ち震え、「怖かった…」なんて言ってる。
「恨んでますね」
「恨んでるな」
私と殿下は顔を見合わせて肯き合った。
「じゃあまあとりあえず薔薇園の霊は後回しにするとしてぇ。他にどこか候補ある?」
リグナスの問いかけに殿下が提案する。
「英雄門の所にいる霊はどうだ?」
英雄門。
自分の首を小脇に抱えていたお爺さんの霊の姿が脳裏を過ぎる。
「あれってエクスノヴァ将軍ですよね?」
そう言うと殿下が「お前もそう思うか?」と目を輝かせた。
ガンダール・エクスノヴァ将軍。
それは小さな子供でも知ってる歴史上の偉人の名前だ。
「皇宮の英雄門はエクスノヴァ将軍が凱旋した時の記念に作られたんだし、そうじゃねぇかなぁと思ってたんだよな」
殿下がわくわく気味に仰ると、
「ふーん、エクスノヴァ将軍ね。知ってる知ってる。冥府でも有名人だしさ。英雄門ってあっちの方角だよね? じゃあまた偵察してくる」
リグナスは指パッチンしてまた消えた。




