番外編 侍従の恋 六
番外編 最終話です。
「待って、橘侍従様。今夜はその方角はー!」
大声を上げる伽羅を無視して橘侍従は淑景舎を飛び出した。
「どうかしたのか、伽羅⁈」
その声を聞きつけて翡翠が駆けつけた。
「皇子様それが、侍従様が例の女陰陽師と弟子に似た者達が都の東北の街道脇の廃屋に潜んでいるとの報告を受けて行ってしまわれたのです。
でも今夜は年の晦の十三夜、今夜北東の鬼門の方角は地神様がお通りになる日なのでそちらに行ってはなりません。
早く侍従様をお止めしないと大変な事になります!」
「何⁈ 光資のやつ…。
すぐに後を追うぞ伽羅。アイツを守ってやってくれ。」
「はい。お任せくださいませ!」
白い月の光に照らされた都大路を黒い騎馬の集団が駆け抜ける。
先頭の大きな馬には黒い武官の袍を纏った凛々しい翡翠と、前には長い髪を一つ括りにした白い水干姿の伽羅を乗せている。
併走するのは青白い炎を纏った白い神獣の真白、後から橘真人が率いる検非違使達が続く。
(長い付き合いだが光資があんなに取り乱した姿を見るのは初めてだな。
行方不明の従姉妹のことがよっぽど心配なのか。
二人とも無事でいてくれ…。)
翡翠は思わず前に乗る伽羅の体を支える腕に力をこめた。
辺りが暗くなり男達が葵の体を引きずるようにして街道まで連れてきた。
止めてある荷車に押し込むようだ。
腰に縄をかけられ布で猿轡を咬まされた葵は必死に抵抗するが思うように動けない。
男が荷台の上に担ぎ上げようと葵に被さった瞬間、葵は男の顎に強烈な頭突きをかました。
思わず男がうずくまった所に葵は右足を高く振り上げその勢いのまま後ろ首を狙って振り下ろした。
大柄な葵の踵落としをまともに食らった男はグエッとうめき地面に倒れた。
「な、何をするこの女!!」
側にいた男達が葵に掴み掛かろうとした時、大きな馬の蹄の音とともに
「葵ーっ!!」
と、叫ぶ声がした。
「ウーッ!」
と、葵も叫び男を突き飛ばし光資に駆け寄った。
葵を受け止めた光資は猿轡をずらしながら
「大丈夫か?」
と顔を覗き込む。
「何だお前は!あっ、あの時の男か!」
気付いたお頭と呼ばれた男が叫ぶ。
「そうだ。一の皇子様の侍従、橘光資。
盗賊ども、神妙に縛につけ!」
刀を振り上げ飛びかかってきた男を、左手に葵を抱き片手で胴に一太刀、脇から襲いかかってきた男を返す刀で真横に切り伏せた。
その様を見て男達が一足引いてぐるりと二人を取り囲んだ。
残るは八人、素早く葵の縄を切り、葵も落ちていた刀を拾い光資と背中合わせに構える。
怒りにギラギラと睨みつける男達がジリジリと近付く。
一斉に飛び掛かろうとした時、
「フォーン!」
と鳴き声がして闇を切り裂くように青白い炎と白い紙の鳥が飛び込んできて男がドサリと倒れた。
「光資無事か!」
「皇子様!伽羅殿も…!」
(あっ、あれが生皇子様⁈ 伽羅姫様も⁈
想像していたよりもずっと麗しい!!)
心臓がバクバクする葵の目の前で、舞うような剣捌きの皇子様と、噂の神獣様と、父と率いる男達が盗賊達を次々と沈めていった。
そして残ったのはお頭と若い男二人だけとなった時、真白が叫ぶ。
「伽羅、遅かった。もうすぐ通るぞ、皆に結界を。」
「分かった真白。
これから地神様がここをお渡りになります。
今から結界を張ります。
お通りの間は息を止めて!決して動いてはいけません!」
そして伽羅は懐から尊勝陀羅尼の呪符を出し、
「かたしはや えかせるくりに ためるさけ…」
と、呪を唱え、呪符にフッと息を吹きかけ気合いとともに空へ投げる。
そこからブワッと白い光が広がり皆を包んだ。
それからすぐ、暗い街道の丑寅の方角からゆらゆらと鬼火が見え、めちゃくちゃな鉦や鼓、琵琶や笛の音が近づいて来た。
先頭は一つ目の青い鬼が松明を掲げ、次に赤い目に長い牙を持つ亥のような大きな獣、その獣に貴人のように天蓋や幡を差し掛ける獣の耳と尻尾のある狩衣を着た男と顔が獣の男達、その後には足の生えた弦の切れた琵琶や割れた皿、欠けた釜、鉦を打つ小鬼、炎を吹きながら走る牛車の中に大きな顔に耳まで裂けた口からお歯黒を覗かせる女など、たくさんの異形のモノ達が列をなす百鬼夜行が近づいて来た。
そして白澤姿の真白を見つけ、
「おや、こんな所に神獣様がおわしますぞ。」
と、きれいに真白を避けて二手に分かれて通り過ぎて行く。
その後ろにいる伽羅達のことは見えていないようだ。
そして盗賊二人に近づき、
「こんな所に人間がおる。何とも臭いのおー。」
と言って、ある者は踏みつけて通り、あるモノは噛みつき、引っ掻き、長い舌でベロリと舐め、最後は火の車の輪に轢かれて通り過ぎた後にはボロボロになって失神していた。
そしてそのまま盗賊達は縄を打たれた。
皇子様や伽羅殿達は、浄化や後の始末があると言うことで、俺は先にぐったりした葵を馬の前に乗せて四条の屋敷へと向かった。
先程まで気丈に剣まで握っていた葵は気が緩んだのか俺にしがみつきシクシク泣き続けている。
そっと抱き寄せると、葵は涙に濡れた顔を上げ、
「兄様ごめんなさい。
あれだけ言われていたのに無茶なことをして。
私、あの者に言われた事がもし本当なら、もし兄様達に災難が降りかかったらって思うと不安になって瑞谷寺まで来ていた。
あいつらは私が埋めたものが思ったより少なかったから私を捉えて何処かへ売り払おうとした。
兄様が助けに来てくれなかったら今頃私は…。
本当にごめんなさい。」
俺は馬を止め、泣き続ける葵を見下ろす。
「結婚したかったんじゃなかったのか?」
「ううん。もうそれはいい。本当に兄様達のことが心配で…。」
そして俺は気づいたら口に出していた。
「葵、だったらもう婿は探さなくていい。」
「えっ…?」
「俺がお前の婿になってやる。俺では駄目か?」
「はっ…? 兄様が? 私の…?」
「そうだ。俺と結婚したらいい!」
たっぷりの沈黙の後、顔を真っ赤にした葵がぽつりと呟いた。
「嬉しい…。」
そのはにかんだ笑顔はとても可愛いくて、思わず強く抱きしめた。
その後、屋敷へ帰った私は、伯母様に散々泣かれ、帰ってきた父様にこっぴどく怒られた。
そして光資兄様が真っ赤な顔をして、
「葵を嫁に貰うことにした。」
と、言ったため、父様も伯母様も腰を抜かさんばかりに驚いた。
そして今、正月の除目で一の皇子様は東宮様におなりになることが決まり、その時には兄様も東宮蔵人に就く。
私達の婚姻は東宮府が落ち着いてからの春過ぎと決まった。
私はそれまで家刀自としての務めと、なぜか侍女と乳母としての心得を伯母様から教えてもらいつつ、伽羅姫様の侍女のかるら様から頼まれて、新しく書かれた草子、「侍従と山吹姫の物語」という兄様と私を元にした草子の扉絵を描いている。
あの時近くで見た皇子様と伽羅姫様のお姿は思っていたよりずっと凛々しくて麗しくて、かるら様達に頼まれてたくさんの挿絵や姿絵なんかも描くようになった。
そして「神絵師」とか言われてすっかりお仲間に入れてもらっている。
今回の扉絵には、精悍な面立ちに美丈夫なカッコいい兄様と、大柄だけどちょっとだけ美人にした山吹姫の私の絵を描いてみた。
気に入ってもらえたらいいな。
そして私は筆を置いた。
今日は光資兄様が久しぶりに帰ってくるからだ。
宮中にいらっしゃる美女達には到底及ばないけど、好きな人にはちょっとでも可愛いと思ってもらいたくて、今までは選ばなかった明るい色の袿に着替え、化粧も少ししてみた。
「今帰ったぞ、葵。」
帰ってきた兄様の笑顔は、お日様のように眩しくて温かくて、私にとっては最高の推しだ。
私も精一杯の笑顔を返す。
「お帰りなさいませ。光資兄様!」
注 「かたしはや、えかせるくりに…」尊勝陀羅尼の呪。ただの酔っ払いですのでご無礼お許しください。ぐらいの意味があります。
お読み頂きありがとうございました。
かっこいい侍従と可愛い葵の小編はいかがでしたでしょうか?
評価を頂けると嬉しいです。
新たなメンバーも増えたので、お時間おきまして伽羅と翡翠の東宮妃編を書けたらと思っております。
またいつかお目にかかれます様に。
ふう




