84話 大公会議⑤
突然現れた下民の老女、メラルダ
彼女こそダイン、アテネ大公家当主ダインの想い人だった。
それだけではなかった。
彼女はカレンの、母親だという。
カレンの大好きな母親
彼女のために騎士の家に養子に入ることにした。
母親を助けるためと騙され、汚い仕事にも手を付けた。
でも、すでに死んだと思っていた母親。
なのにその母親が、生きていた。
ダインと一緒に、母親に抱きついて涙を流すカレン。
良いことなのに、全く意味がわからない。
あのノヴァも怪訝そうに眉間にシワをつくっている。
そんな俺達を見て、満足そうにマーニャは口を開き始めた。
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マスタング伯爵、今では先代マスタング伯爵だが、彼はすごい男だったよ。
実力では正直男爵程度だっただろうね。
なのに伯爵という地位を保ち続けた。
魔法使いとしては一族にもっと優秀な者もいたのに、当主の地位も譲らなかった。
傑物と言っていいだろうね。
じゃあ彼はどうやってその地位を保っていたと思う?
さすがアルヴィス、よく知ってるね。
そのとおり。
彼は自分の領地を実に有効活用した。
何をどうって?
そんなの、決まってるだろう?
欲望だよ。
周知の通り、臣民や下民は魔法使いよりも容姿が劣る。
だがあの地域は色んな血が混じっているらしくてね。
美形が多いんだよ。
だからそれらを、彼は貴族たちにあてがったんだよ。
ああ、これ以上詳しくは言わせないでくれよ?
正直私も口にするだけで気分が悪いんだ。
彼が過分な地位を保ったことは称賛したが、その手法については虫酸が走るよ。
正直内情を知った時はマスタング家ごと潰してやろうかと思ったぐらいさ。
まあ、潰す前に自滅したわけだけどね。
そう、自滅。
もちろんこんな貴族たちに夜の相手をあてがうぐらいでは破滅はしないよ。
破滅の原因は、別にある。
ああ、ソラ。
君は聡いね。
自分で気づけたようだ。
もう一つの欲望は君の想像通り。
クスリだよ。
最初は下民達が自分たちのために作っていたらしい。
野生しているもので細々とね。
先代伯爵はそれに目をつけた。
クスリを横流しさせ、貴族たちにバラまいたんだ。
彼と同じような境遇、自分の実力には過分な地位をもった貴族たちにクスリは最高だったようだね。
クスリはどんどん広まっていった。
最終的には興味本位で手を出す貴族の子弟達も出たらしいね。
嘆かわしい限りだよ。
このまま社交界がクスリで汚染されつくされるかと思った時、突然流通が止まった。
誰かが禁じた?
もちろん違う。
ソラ、また察せたようだね。
大正解。
流行病だよ。
あのころ、貴族がバタバタ死んだ。
全身に発疹が出て、次に咳が出る。
咳が止まらず眠ることも出来ず、そのまま死に至る。
原因は精製が不完全なクスリだ。
実はクスリをやめれば治るんだけどね。
それに当時は誰も気づかず、むしろより楽になるためにとクスリの量を増し、どんどん死んでいったんだ。
この流行病のおかげで、クスリは壊滅した。
作っている者たちも常用していたらしく、製造者も使用者も死んでしまったわけだ。
当然マスタング伯爵、前伯爵は破滅だ。
彼は伯爵位を取り上げられるはずだったが、彼の娘は伯爵にふさわしい実力をもっていた。
直ちに彼女を次期当主に任命したことで、マスタング伯爵家は地位を保ったわけだよ。
本当に、小賢しい男だ。
娘とは大違いだ。
まあ、前段はこれぐらいでいいだろう。
そろそろ話を戻そうか。
まずメラルダ。
彼女は今でこそこんな姿だが、若い頃は美しくてね。
それこそ、貴族が見初めるぐらいに。
大公家当主についたもののその地位を持て余し人生に疲れていた男が、入れ込むぐらいにね。
入れ込んで入れ込んで、子供ができるほどに。
だが少しの間仕事が忙しくて会えなかった間に、メラルダは妊娠出産を経て、姿を消していた。
実際には孕んだ女なんて使い物にならないと捨てられただけだがね。
実に、反吐が出るよ。
だがメラルダはくじけなかった。
男とはそもそも身分が違うことがわかっていた。
それでも娘だけは育て上げると、女手一つで必死で働きぬいた。
ただ、スラムで女が一人で子供を育てることの難しさ、この中で想像がつくのはソラとカレンだけかな?
お察しの通り、死んだほうがマシなぐらいのつらさだよ。
そんな日々に彼女は疲れきり、クスリに手を出した。
まともなクスリなんて買うこともできず、品質は下の下。
当然、真っ先に流行り病が発症した。
ただ不幸中の幸いと言うべきか、彼女はクスリをろくに買うことができなかった。
だから発症は早くても、重篤化は遅かった。
そして彼女にとって幸いだったのは、私が通りがかったことだ。
カレンを引き取ったペラス家の者たち。
あいつらは本当にひどいやつでね。
カレンには「母親の面倒を見る」なんて言っていたが、打ち捨てていったんだよ。
私がその場にいたのは本当にたまたまでね。
クスリの生産拠点になっていた複数のスラムのうち、たまたまそこにいた。
そしてたまたまメラルダを助けてやることができた。
当時、私はペラス家の者たちのことを知らなくてね。
大貴族ならまだしも騎士なんて顔どころか名前も全然知らなかった。
知っていればカレンも助けてやれたんだろうが、そこはまあ、許してくれ。
気にしてない?それはどうも。
お母さんを助けてくれてありがとう?それこそ、気にしないでくれ。
私は、私ができることをしただけさ。
そういうわけで、メラルダは私が引き取ってクリマ大公家で面倒を見ていた。
ぶつぶつ呟いているように見えるけど、これでもずいぶんマシになったんだよ?
会った当初は要領を得ない言葉ばかりだったんだ。
でもだんだんとこうして意味のある言葉を話してくれるようになったんだ。
その中身はいつもいつもダインとカレン。
この二人のことばかり。
私はそこまで人の機微に敏感なほうじゃないんだけどね?
それでもさすがに、気づくよ。
メラルダにとって、この二人がどれほど大切な存在かって。
二人と、どんな関係かって。
私がメラルダと二人を引き合わせたんじゃない。
メラルダが、私をここまで導いてくれたんだよ。
彼女の二人を想い続ける、強い強い想いがね。
ちなみに夕日のことも彼女が言っていたんだよ。
「今日も夕日を見ましょうね、カレン」って。
来年は一緒に見るといい。
二人だけじゃなく、家族三人でね。
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一気に多くの情報が入ってきて、頭が混乱する。
前マスタング伯爵。
俺に仕えてくれていたメイド、リゼルの父親だ。
彼は自分の地位を保つために、女とクスリを使っていた。
それらを大貴族たちに提供することで、彼らの支持を得ていたという。
アテネ大公家当主、ダイン・アテネ
彼は前伯爵にメラルダをあてがわれ、彼女との間に子供を作った。
貴族と下民の間に子供ができること自体が驚きだが、事実として子供が出来た。
そしてその子供こそ、カレンだという。
色んな話があったが、つまり要約するとカレンの実の両親が見つかったというわけだ。
母親、メラルダはクスリの後遺症で心身に傷をおっている。
だが今までも回復してきたのだから、これからもっと回復する可能性はあるだろう。
奇跡は起きるものではなく、起こすものだ。
きっとなんとかなる。
そう信じている。
そして父親。
父親の名前は、ダイン。
アテネ大公家当主、ダイン・アテネ。
つまりカレンは
「大公の、実の娘…?」
「そういうことになるね」
俺に答えてくれたのはノヴァ。
さすがのノヴァも驚いている。
「大公家クラスの力を持っているとは思っていたが、本当に大公家の一族だとはね。強いわけだよ」
ノヴァはカレンが自分に匹敵する力をもつと認めていた。
カレンが大公の娘となれば、それも納得だ。
「そう。カレンはダインの娘だ。ダイン、君も認めるかい?」
マーニャの言葉に、ダインは即答する。
「認めないはずがない。自分が父親などと名乗れる立場ではないことは重々承知だが、血縁で見ればこの子はまごうことなき私の娘だ。初めて会ったときから、わかっていたことだ」
さっきまでとは打って変わって、はっきりと。
マーニャとカレン、そして俺を見ながら、はっきりと答えていた。
「おとう、さん…?」
対するカレンは戸惑っている。
初めて会う実の父親に、どのように反応すればよいかわかっていない感じだ。
「うんうん。素直に認めてくれてよかったよ。これでわざわざ魔法で血縁関係を確認する必要もない」
マーニャは嬉しそうに頷いている。
そして次の瞬間、その笑みはより深いものになった。
「じゃあダイン。カレンは君より強い。この事実も、認めてくれるかい?」
その言葉の意味。
それを考える間もなく、ダインは即答する。
「当然だ。この子は私より強い。カレンは、カレン・アテネは、アテネ大公家最強だ」
アテネ大公家最強
それはつまり
「よろしい!今この瞬間、アテネ大公家当主の座が次代へ引き継がれた!このマーニャ、クリマ大公家当主として信認しよう!他に、異論のあるものは!?」
マーニャが高らかに宣言する。
「ノヴァ・ガイア、異議なし。ガイア大公として、アテネ大公家当主引き継ぎの立会人となれたことを誇りに思うよ」
ノヴァが即応する。
実に楽しそうに、最高のショーを見ているかのように笑いながら。
「ダイン・アテネ、異議なし。我が全てを新当主に譲り、全身全霊でもって従うことを誓おう」
当然ダインも。
次代の当主の前に跪くような格好で、宣言した。
「カレン、えーっとカレン・アテネ?異議なし。よくわかりませんが、お父さんの想いは受け継ぎました」
カレンも応じた。
これで、カレンは大公だ。
皇帝に次ぐ、最強最高の魔法使いになったのだ。
「セティ・クリマ、心から祝福申し上げます!この場に立ち会えたことを光栄に思います!カレン大公、おめでとうございます!!」
セティが心からカレンを祝福してくれる。
その真っ直ぐな祝意に、カレンもまんざらではなさそうだ。
もちろん、普通の人には気づかない程度の表情の変化だが。
賛同と祝意で場が満ちる。
そんな中、ただ一人どちらでもない感情を見せる男がいた。
「そんな、そんな、馬鹿な…!」
アルヴィス・エトナ
ダインを従えて常に大公会議の過半数を占め続け、大公家筆頭と呼ばれていた男。
「そんな馬鹿なことが、あってたまるかぁ!!」
全身から声を発して抵抗する。
だがそれに賛同する声は上がらず、
彼はたった一人でそこに立っていた。
53話と54話の間の幕間の語り部はダインでした。
次回で長かった大公会議も終わりの予定です。




