63話 反省と対策
「自分の軽率な行動が、どれほど周囲に迷惑をかけるか理解できたか?」
エメラルドは怒鳴ることなどなかった。
冷静な口調で淡々と話してくる。
「ソラ、お前は皇帝の兄だ。皇帝陛下と同等、もしくはそれに準ずる存在。ソラにとってはちょっとした行動でも、周囲には大きな影響を与える。下民の街のように多くの人を救う場合もあるだろう。だが今回のように、多くの人々を不幸にする場合もある。理解しているか?」
だからこそ、本気で怒っていることが伝わってくる。
怒鳴り散らした方が効果的ならばきっとそうしただろう。
だがこの冷静な物言いこそ俺には効果があるとエメラルドはわかっているのだ。
だから本当は怒鳴りつけたいだろうに、自分を律してこのように淡々と俺を叱ってくる。
怒鳴りつけられた方がどれほど楽だっただろうか。
本当に、この親友は俺のことなどお見通しだ。
「理解しているつもりだった。だが、全然理解していなかったことを今回自覚した。本当に申し訳ない」
頭を下げて謝罪する。
だがその頭の上に浴びさられるのは、優しい言葉などではない。
「私に謝られても仕方がない。というよりもだ。私に頭を下げること、それ自体が私を危険に晒していることが理解できているか?」
エメラルドを危険に晒す?
驚いて頭を上げる。
エメラルドの表情は氷のように冷たいまま。
「私がソラに頭を下げさせているなどと他人に知られれば、私は不敬罪になってもおかしくない」
「で、でも、エメラルドは俺に注意をしてくれているだけで…」
「関係ない。いや、むしろ皇帝陛下に、皇帝の兄の行動に間違いなどはないんだよ。全て正しい。ついていけない周囲が悪い。わかるか?」
わからない。
わかるはずがない。
「ソラにはわからないかな。だが、そういうものなんだよ。皇帝陛下への諫言、それは例え臣下の真心、真の忠義から来るものであろうと、常に不敬罪と隣り合わせだ。受け入れてご自身を修正されるのも、受け入れずに発言者に死を賜るのも、全て皇帝陛下のご気分次第」
注意をされて受け入れる。
それが当たり前のものでは、ない?
「皇帝陛下とは、それほどの存在なのだ。そして皇帝陛下に準ずる皇帝の兄、ソラ。お前もそれほどの存在なんだよ」
皇帝のすごさは理解していたつもりだった。
だが、こんなことはわかるはずがない。
皇帝だって、サラだって人間だ。
間違うときだってあるだろう。
だが皇帝には間違いなど存在しない、とエメラルドは言っている。
皇帝の意志こそが全てであり、それに反することがあればそれこそが間違いである、と。
そしてそれが、皇帝の兄である俺にも当てはまると。
そう言っているのだ。
「お前がその気になれば、指一本動かすことなく視線だけで一つの街を滅ぼすことだってできるんだ。これは別に例えでも何でもなく、事実だ。過去にはそのような皇帝陛下もいらっしゃった」
背筋が凍りつく。
機嫌が悪そうな目つきになるだけで、周囲が察して実行に移すのだろう。
俺の周囲には、今までは特定の人物しかいなかった。
エメラルド、ビスケッタさん、ユキ、リゼル、ミネルバ、ノヴァ
みんな俺のことをちゃんとわかっていてくれ、俺の意図を理解してくれていた。
だが今俺はどんどん交友関係を増やしている。
俺のことを知らない人も増えてきている。
万が一にも勘違いさせれば、どのようなことが起きるかわからない。
俺の軽はずみな行動が、どれほどの悲劇を生むのか想像もできない。
自分の就いている地位
それに改めて愕然とする。
まったく身の丈にあっていない、俺がつくべきなどではなかった、この地位に。
「少しは理解できたようだな」
エメラルドが大きく息を吐く。
「理解できたのなら、このような行動は二度とやめてくれ。ソラが下民やスラムに詳しいことはわかっているし、下民のことだったら自分がと考えるのも理解できる。だが今のソラは、皇帝の兄なんだ」
皇帝、サラ
その兄
それが、ソラという男だ
「お前になにかあったら皇帝陛下がどれほど悲しまれるか、想像もつかない。もちろん私だって悲しい。ビスケッタ様も、ミネルバも、ユキも、リゼルも悲しむだろう。みなを悲しませないためにも、どうか軽はずみな行動は自重してくれ。このとおりだ」
エメラルドが頭を下げる。
エメラルドは何も悪くないのに、謝ってくる。
胸が締め付けられる。
「もちろんだよ、エメラルド。約束する。絶対にもうこんなことはしないって、誓うよ。だから、どうか頭を上げてくれ」
俺のために自分の危険も顧みずに注意をしてくれるこの友人に
二度とこんなことはしないと、俺は誓ったんだ。
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「自重するのは当然だが、俺はまだ皇帝や貴族をわかっていない。必ず誰かと行動をとるようにするよ」
少し落ち着いてから、今後に向けた話を始める。
周囲にいるのは五人。
エメラルド、ビスケッタさん、ユキ、ミネルバ、そしてカレン。
俺だけではミスが多すぎる。
二度とミスを犯さないためにはみんなの協力がいる。
そこで提案をしてみたのだが、みんな快諾してくれた。
特にミネルバは気合い充分だ。
「学院でしたら私にお任せあれですわ!貴族たる心構えも教えて差し上げますとも!おーっほっほっほっほ!」
たいへんなのに高笑いまでして余裕ぶってくれている。
いつもいつも助けてくれて、感謝しかない。
「学院はミネルバ。家ではビスケッタ様にユキ。そして私も休日はできるだけ一緒にいよう。ただな…」
エメラルドは不安そうだ
「いえ、私はソラ様の公的なお仕事のサポートもしています。そういった際に不在になる場合もありますし、ミネルバ様も学院をお休みされることもあるでしょう。カレンに襲われたときのように」
「やはり、そう思われますか…」
ビスケッタさん言うとおりだ。
たしかにみんな四六時中俺と一緒にいるわけにはいかない。
ビスケッタさんとユキには本来の仕事がある。
俺につきっきりとはいかず、不在の場合だってある。
ミネルバだって家の用事があってはそちらを優先せざるを得ないだろう。
実際そんなときに、俺はカレンに襲われかけたのだ。
みんな押し黙ってしまう。
だが、意外なところから提案があった。
「私が一緒にいるのはどうでしょう?」
カレンだ。
「私は学年こそ違いますが学院に通いますし、同じ建屋ならほぼずっと一緒にいられます。ミネルバ先輩がお休みされるときは授業休んでお近くにいますよ」
別に授業なんて聞いても聞かなくても一緒ですし、とのこと。
さすが学年主席。
「ペラス家もなくなって終日暇してますので、一日中監視、じゃなくて警備も可能です」
「なるほど。妙案だな」
「たしかに好都合ですね」
たしかに実に都合がいい。
都合が良すぎるぐらいだ。
「ただ、一点お願いがあります」
やはり都合のいいことばかりだけではないらしい。
カレンのお願いに、みんなが注目する。
「私、家がなくなったので今家なしなんです。先輩のおうちに居候させていただけますか?それだけしていただければ先輩の四六時中の警備、させていただきます。お給料も不要です」
具体的で切実なお願いに、俺たちは一も二もなく受け入れたのだった。
むしろこっちが見返り不要でしてあげないといけないことです。
次回の更新は週末の予定です。




