62話 責任問題
今、俺はリゼルの城にいる。
小屋にリゼルとその部下たちがなだれ込み、俺は丁重にこの場に連れてこられた。
ザッハはブツブツ呟きながらどこかに連れて行かれた。
どこに行ったかは聞いていない。
”皇帝の兄”に手を上げた下民の行く末など、聞くまでもないだろう。
そして、そんな下民が住むスラムの未来も。
「殿下への反逆は大罪です。スラムとその周辺、全てを殲滅いたします」
リゼルが硬い表情をして宣言する。
あのスラムがクスリを生産流通に関わっているのも理由の一つのようだ。
今までは下民や臣民だけだったため黙殺されていたが、最近は魔法使いである市民の中にはクスリにはまっている者が出始めているらしい。
そのせいで犯罪に走る者も当然いるだろう。
これらを根絶するため、これを機会にとスラムごとクスリを消し去るつもりのようだ。
クスリを止めることには反対しない。
むしろ大賛成だ。
だが
「スラムの殲滅はやめてもらえないかな?」
これは譲れない。
「殿下、ですが…」
もちろんリゼルは拒否するだろう。
だが、俺とて譲れないのだ。
「クスリを根絶するための処置ならば拒否はしない。だが実際にはスラムにはクスリに関係ない者たちもいる。殲滅はやりすぎだ」
そんな俺の言葉に、リゼルは真正面から反論する。
「やりすぎではございません。殿下へ手を出した下民が住むスラムです。当然の処置です」
リゼルの言うことはもっともだ。
皇帝と同等の存在たる皇帝の兄
それに手を出した者が住む街など、街ごと滅ぼされるだけでは生ぬるい。
そう、これだけでは生ぬるすぎる。
「あの街を裁く理由を俺への反逆だとするならば、あの街だけで許されるはずがない。あの街の領主であるリゼル、お前にも咎が及ぶ。そうだろう?」
「もちろんです」
皇帝への反逆
そんなものが領内に一人でも発生すれば、領主ごと滅ぼされることも珍しくはない。
皇帝とは、それほどの存在なのだから。
「私の責任でもってあのスラムとその周辺を殲滅し、殿下に手を上げた反逆者の関係者をこの世から一掃いたします。その後私も責任を負って自刃いたします。私の命とマスタング伯爵家の爵位返上、この両者と引き換えに、他の領民と一族の者達の救命を請願させていただく所存です」
リゼルは本気だ。
一切の迷いなく、真っ直ぐな視線を俺に向けてくる。
俺がここで首肯すれば、彼女は躊躇なく有言実行するだろう。
死への恐怖など一切感じさせずに。
リゼルが俺のメイドさんだったとき、俺を部屋から締め出したときのことを思い出す。
俺を締め出した。
たったそれだけなのに、リゼルは自分を厳しく裁こうとした。
その代わり他のみんなには罪が広がらないようにと必死で訴えながら。
彼女は変わらない。
今回も、本当ならこの領地ごと滅ぼされる可能性すらあるだろう。
だがスラムと領主である自分、これらを厳しく裁くことで他は免罪されるよう嘆願するつもりなのだ。
己の命すら犠牲にして他者を守る。
それがリゼルなのだ。
普段なら周囲のみんながリゼルを止めるだろう。
「そこまですることはない」
「そこまでしなくても」
そんなふうに。
だが今回は話のレベルが違う。
俺を、いや、皇帝の兄を
殴り倒し、監禁し、リンチにあわせようとした。
大罪だ。
反逆罪だ。
許されるはずがない。
だからエメラルドは何も言わない。
口を真一文字に結び、表情を引き締めているだけで何も言わない。
ユキも黙っている。
泣きそうな顔をしてるが、必死で押し殺している。
ミネルバは落ち込んでいる。
自分が寝てしまったから俺を止められなかったのだと、己を責めている。
今この場にいないセリスも、俺を送り出してしまったことで自己嫌悪に陥っていることだろう。
みんな確信しているのだ。
リゼルがたどる運命を。
彼女の最期を、それがさだめと、悟っているのだ。
みんなの顔を見たあと、再度リゼルに視線を移す。
俺の視線を受け、リゼルが静かに視線を落とす。
それはまるで、最後通牒を受ける準備が整ったと言わんばかりだ。
大きくため息をつき、俺は口を開く。
「リゼル、たしかにお前の言うとおりだ。反逆者が発生した街など、領地や領主ごと滅ぼされて当然だ」
「もちろんでございます。ですが、どうかあのスラム周辺以外の民はどうか…」
リゼルは領民たちを守ろうと発言しようとする。
だが、みなまで言わせず俺は再度口を開く。
「皇帝への反逆は、大罪だ。領主にまで咎が及ぶのは当然。領主の命を差し出して他の免罪を頼むのは筋違いだ。そうだろ?」
「は、はい…。申し訳ございません。おっしゃるとおりでございます」
領主が命を差し出して許されるのは、本来なら領主に罪が及ばない場合。
だが皇帝に反逆した罪は、領主にすら及ぶ。
つまり彼女の自らの命を差し出すという自己犠牲精神も、今回は意味がない。
そもそも彼女も、裁かれる対象なのだから。
だから彼女と領民が救われるには
「まあ、今のことはただの言葉遊びだ。この領地には反逆者など存在しない。だから罪もない。そうだろ?」
その罪ごと、消し去らないといけないんだ。
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「俺は一人でスラムに遊びに行って、転んで大怪我をした。ただそれだけだよ」
殴り倒されてなんていない。
監禁されていない。
リンチにあわされようとなんしていない。
俺のこの強弁を、リゼルは全力で否定してくる。
「なら頭の怪我はなんだったのですか!?」
「転んで怪我をしたんだよ。転んだって、言っただろ?」
「小屋にいらっしゃったのは!?」
「昔なじみに会って、ついていったんだよ。まあ、仲違いして色々あったがな。監禁ではない」
「全身の怪我は!?エメラルドに治してもらったお怪我は!?」
「怪我なんてしてたかなあ?体のどこにも怪我のあとがないから、さっぱりだよ」
明らかな嘘。
だが証拠がないからリゼルも責めきれない。
まるで自分を裁かせたいかのように責め立てる彼女の姿が、ちょっとだけおかしかった。
だが笑ってもいられない。
俺が勝手に出歩いて昔なじみに襲われた。
ただそれだけなのに、他の人々にも咎が及ぶなんて絶対に許されない。
今回のことは俺とザッハの二人の間で起きたこと。
俺に直接手を出したあいつはもうどうしようもないが、それ以外は全力で守らせてもらう。
それが自分の地位も忘れてノコノコと一人で出歩いた俺にできる、唯一の罪滅ぼしだ。
「あのスラムでは大逆罪なんてものは存在していない。わかってくれたかな?」
「はい…」
俺を説得するのを諦めたのだろう。
リゼルは力なく首肯した。
覚悟を決めていたのに申し訳ない。
だが、その覚悟は実行させるわけにいかないんだ。
許してくれ。
このままではリゼルはずっと落ち込むかもしれない。
だからそれを忘れて打ち込めるよう、俺からお願いをさせてもらおう。
「ただあのスラムでつくられていたクスリは良くないものだ。だから、それ関係はちゃんと潰しておいてくれ。あとクスリの関係者は下民の中でも嫌われてるみたいでな。下民の街にも住めないみたいだから、彼らのための街をつくってくれるかな?クスリ関係者の矯正のための街。難しいとは思うが、チャレンジしてくれるか?」
「は、はい!承知しました!領内にクスリの産地を存在させてしまっていた汚名を晴らすためにも、必ずや成功してご覧に入れます!」
「ありがとう。頼んだよ」
リゼルならきっとやってくれるだろう。
クスリがないと生きられない下民のためにも、どうかお願いします。
「それでは早速いってまいります!」
「うん。いってらっしゃい」
リゼルは闘志をみなぎらせて部屋を出ていった。
それをみんなは安心したような嬉しいような複雑な顔
ただ間違いなく明るい表情で、見送ったのだった。
そして
「さて、ソラ。それでは勝手に大怪我をしてくれたお前の話を、そろそろさせてもらおうか?」
待ってましたとばかりに、エメラルドが口を開く。
さっきまでとは打って変わった、怒りの表情で。
幕間だけの更新では寂しいので本編更新いたします。
当然ですがエメラルドは怒ってます。ソラが怒られることをしたので。




