52話 暗殺者
殺されかけたことは何度もある。
スラムでは死にかけることなど日常茶飯事。
最後の日には殺し屋をけしかけられた。
今日一緒に登校したオスカル、あいつにだって初対面で殺されかけた。
だがさすがに、目の前で「殺す」と宣言されたのは初めてだ。
周りには誰もいない。
助けてもらうことはできない。
ここは帝城の外側。
それこそここから突き落とされるだけで、魔法使いでない俺は容易に死ぬだろう。
自分がどれほど危険な場所にいたのか、今更気づく。
今の俺はただの皇帝の兄ではない。
新興勢力、貴族連合の領袖だ。
下民の街を作り、下民を用いて勢力拡大を計る貴族連合。
下民を人とは認めない貴族最大派閥、貴族至上主義者に真っ向から対立する組織だ。
すでにあちらの領袖、大公筆頭アルヴィス・エトナには啖呵を切った。
正式に宣戦布告などはしていない。
だが俺達が敵対関係にあることなど、もはや貴族社会では周知の事実だ。
元々アルヴィスと敵対していたノヴァがこちらの領袖の片割れなのだが、察せないほうがおかしい。
察せないようなやつは貴族社会では生き残れない。
そして貴族至上主義者を敵に回しておきながら、のうのうと帝城の外れで一人で飯を食うような間抜け
こんなやつも、生き残れるはずがない。
失敗した。
今まで俺の周りには必ず誰か実力者がいた。
私生活ではビスケッタさんやエメラルド。
学院ではミネルバやノヴァ。
みんなが俺の隣りにいたから、それがガードになっていた。
もちろん帝城内は通常なら危険な場所ではない。
いたるところに親衛隊が配置され、監視の目が行き届いている。
だが学院はそんな帝城では数少ない例外。
生徒たちが過ごす、親衛隊の目が届かない空白地帯。
こうして、全てのピースがはまった。
親衛隊の監視がない帝城の例外、学院
その中でも更に人目につかない、外れの広場
同行者がおらず標的だけという、今日この時間
俺を殺すのに最適な、全てのピースが。
本当に自分の甘さに吐き気がする。
帝城内なら安全だなどと誰が言った?誰も言ってない。
地上よりは危険が少ないかもしれないが、ここには俺の敵がごまんといる。
その中には、俺の命を本気で狙うやつも。
俺は寝転んでおり、体のバネを総動員しても立ち上がる程度がやっと。
逃げることはできはしない。
逆に相手は俺の上を完全に制圧している。
まさに絶体絶命。
完全に詰んでいる。
俺が死んだらサラは悲しむだろう。
それだけが本当に心残りだ。
他のことは、他のみんながうまくやってくれるだろう。
だがサラのことだけは、俺にしかできない。
そんなことを考えながら目の前の少女を睨みつける。
死の瞬間まで、心までは屈しないと力を込めながら。
なのに
「先輩がこの場所に来てからの20分、隙だらけでした。いつでも殺せました。でも、残念です」
少女は本当に残念そうに、伏し目がちにそんなことを言ってきた。
「朝の先輩と陛下のやりとり、拝見しました。ご寵愛の話、噂以上でした。先輩に何かあったら陛下は激怒されるのは疑いようがありません。そんなことになったら、この世界は滅んでしまいます」
たしかに俺が誰かに殺されたら、サラは本気で怒る気はする。
さすがに世界は滅びないと思うけど。
「そういうわけで、先輩を殺すことは断念せざるを得なくなりました」
「はあ…」
人を殺す殺さないって、そんな大事を簡単に口にしないでほしい。
いや、断念してくれたのはたいへん嬉しいのだが。
さっきまでの射抜くような瞳はとうになくなった。
本当に殺す気はなくなったようだが、一応聞いてみる。
「じゃあ俺は今は君の標的ではないってこと?」
「はい」
本当らしい。
俺を殺そうとしてた相手の言葉を信じるのもおかしい話だが、彼女の台詞に嘘は感じられない。
「じゃあなんで俺に話しかけたの?」
殺すのを断念したのに、なんで?
それにそもそも殺す相手に話しかけるのがおかしい。
黙って殺すべきだ。
いや、やっぱり殺さないでください。
そんな俺の疑問に、彼女は真顔で答える。
「任務が果たせなかった私は、もう用なしです。用なしは処分されるでしょう。だから、自暴自棄になっているのかもしれません」
そんなことを、真顔で答えてきたのだ。
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殺されかけたあとに授業を受けるきにはなれず、午後は早退した。
普段の俺はお迎えがないと家に帰れないが、今日はちょっと勝手が違う。
「どうぞ、先輩」
「あ、ああ。ありがとう」
カレンが扉を開け、そこを通る。
ついさっきまで俺を殺そうとした人物に付き添って帰るというのは不思議な気分だ。
俺にとって初めての後輩との交流。
それがこんなものになるとは、予想だにしていなかった。
思えば今日は朝からおかしかった。
一年前に俺を殺そうとした騎士と一緒に登校した。
そして下校時は今日俺を殺そうとした後輩と一緒に帰ってる。
なんだこれは。
自分を殺そうとした相手と並んで歩く。
そんな一生に一度あるかないかのような貴重な体験を連続で。
できれば一度も体験したくはなかったが。
別にカレンを連れてくる必要はなかった。
その気になれば教師に話して家に連絡し、迎えに来てもらえばよかったのだ。
だが「処分される」なんて聞いては黙っていられない。
見過ごすことはできない。
だから一緒に帰ることにしたのだが…。
「ソラ様、おかえりなさいませ。いったい、どうされ、たの、ですか…?」
ビスケッタさんも驚いている。
授業が途中なのに帰ってきて、しかも知らない少女を連れているのだから当然だろう。
「ソラ様。この、お方は?」
でもなんだろう。
驚き方が少しおかしい気がする。
「後輩のカレン。カレン・ペラスだよ。ちょっと、まあ、色々あってね…」
「そう、ですか。承知しました」
ビスケッタさんは険しい顔をして下がっていった。
いったいどうしたんだろう?
気にしても仕方ないのでリビングへと連れて行く。
メイドさんの一人が驚きつつもお茶を出してくれた。
さすがプロ。手際が良い。
無言で二人でお茶を口にする。
俺を殺そうとした相手と何を話せばいいのだ。
「なんで俺を殺そうと思ったの?」とでも聞けと?
いや、それだよ。
理由を聞かないといけないじゃないか。
動転しすぎて、そんな簡単なことにも気づけていなかった。
「か、カレン」
「はい。なんでしょう?」
俺の問いかけにカレンはすぐさま反応する。
口につけていたカップをおろし、居住まいを正して向き直る。
そんな改められるとそれはそれで調子は狂う。
もっと自然に聞きたかった。
自然に聞くような話題でもないのはわかっているが、彼女なら自然に答えてくれそうな気がする。
だがまあ、聞くしかない。
意を決して口を開こうとした。
そのとき
「邪魔するよ」
突然扉が開かれた。
こんな図々しく入ってくるのは俺の知り合いでは二人だけ。
「君が噂の、飛び級君かい?」
俺の派閥、貴族連合のもうひとりのトップ
自称俺の親友、ノヴァ・ガイア
「ソラ、大丈夫か!?」
カレンと同じくかつて学院に飛び級入学した天才
自他共に認める俺の親友、エメラルド・エメラルダ
二人が同時に、入ってきたのだ。
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今この部屋には五人いる。
一人目はこの部屋の住人である、俺
二人目は俺が連れてきた珍客、カレン
三人目と四人目はさっきやってきたノヴァとエメラルド
そして五人目は俺に仕えてくれてるメイド、ビスケッタさんだ。
五人もいるのに、配置がおかしい。
カレンは一人でソファに腰掛けている。
エメラルドとノヴァは俺の両隣に座り、三人でカレンと向き合っている。
ビスケッタさんは俺の斜め前で向き合うとまではいかないが、やはりカレンの方向を向いている。
四体一ではないか。
いくら俺の命を狙っていた人間とはいえ、警戒心が強すぎだろう。
そもそもまだ俺、そのことをみんなに言っていないのに。
「君がわざわざ飛び級まで使って学院に入学したのは、ソラの監視のため。そうだろ?」
「はい」
いきなり核心に!?
だが驚いているのは俺だけ。
俺以外の全員が、ノヴァの質問とカレンの答えを当然のものとして受け入れている。
「僕が不在のところを狙って、ソラを始末するように言われた?」
「はい」
「だが監視中に陛下とソラの関係を見てしまった。昨夜なんてソラ、陛下のところに泊まったんだっけ?陛下の寵愛っぷりが想像以上で、殺すことを思いとどまった。そんなとこかな?」
「はい」
「正しい選択だね。ソラに何かあれば陛下がどうなるかなんて、想像するのすら恐ろしいよ。よく思いとどまった。褒めてあげたいぐらいだ」
「なあ?ソラ」なんて言いながら俺の方に顔を向けてくる。
だが俺はそれ以上に驚いている。
なんでノヴァはこんな核心をつけるんだ?
そしてどうしてエメラルドもビスケッタさんも、それに驚きもしないんだ?
まったく意味がわからない。
「ソラ、混乱するのも無理はない。この場でソラだけが、現状をつかめていないんだ」
エメラルドが口を開いた。
俺の手を強く握りしめながら。
「魔法使いの中でも特に力の強い者、伯爵以上の大貴族と呼ばれる者達。ノヴァ閣下、ビスケッタ様、私のような者達は、相手を見ればどれくらいの力を持っているかわかるんだ」
だから大貴族は見ただけでノヴァを恐れる。
ノヴァはそれほどに強い力を持っているのだ。
「この場で、このカレンに勝てる可能性があるのは、ノヴァ閣下だけだ」
目の前の少女は、そのノヴァに匹敵するという。
そして気づいた。
いつもは余裕綽々でソファに全体重を預け、足を組むノヴァ。
そのノヴァが、今日は普通に座っていることに。
目の前の相手を警戒し、いつでも戦闘態勢をとれるようにと。
ビスケッタさんも静かに口を開く。
「私とエメラルドでは、敗北は必定。ただエメラルドなら逃げることは可能でしょうが、私にはそれすらかなわないかもしれません。大公本人以外で私が完敗を認めざるを得ない相手がいるとは、想定外でした…」
ビスケッタさんが勝利を諦めざるを得ない相手。
ノヴァの薄笑いも、いつもほどの余裕はない。
「学院では力を抑えて猫かぶっていたのかな?ここではその必要もないと?」
「はい。力を抑えるのにも力を使いますので、今はとっても楽です。嬉しいです」
全然嬉しそうには見えないが、本人はそう言っている。
「で?ソラと一緒にここに来た理由は?まさか、物見遊山なんて言うつもりじゃないだろうね?」
ノヴァの瞳がギラリと光る。
絶対に嘘は許さないと、事と次第によっては実力行使も辞さないと
そんな覚悟を秘めた、瞳だった。
「いえ、特に目的はないです」
だがこの後輩少女は、そんな瞳を真正面から受け流す。
「任務に失敗して途方に暮れていたら、先輩が「とりあえず、うち来る?」って誘ってくださったので、とりあえず付いてきました」
受け流して、俺にパスしてきた。
「ソラ、君ね…」
「ソラ…」
「ソラ様…」
三人の目が、つらいです。
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自分を殺そうとした人間を連れ帰るのがおかしいことはよくわかる。
だがその人物がすでに敵意を失っており、なおかつ途方に暮れていたらどうするだろうか?
「普通は、連れては帰らないと思うよ」
「はい。ごめんなさい」
エメラルドの指摘に素直に頭を下げる。
だが仕方ないのだ。
スラムでは仕事で命がかかる場合も多々あった。
そして前回殺されかけた相手と次の仕事では協力することだってあったのだ。
昨日の敵は今日の味方
昨日の味方は今日の敵
そんな世界で生きてきたので、過去の話はあまり気にならないのだ。
そんな俺をよそに、ノヴァが再びカレンを問い詰めている。
「ペラス家に子供はいないはずだ。君はいったい何者だい?」
「ご主人様から、ペラスのお母様に従うようご指示いただきました」
「そのご主人様というのは?」
「会ったことはないので知りません」
「命令は全てペラスの者から?」
「はい」
「訓練等も全て?」
「はい」
「なるほどね。証拠はないが、貴族至上主義者共が関係してそうだ」
今の会話だけでノヴァは何かをつかんだらしい。
「ペラス家の今の当主は、たしかサピロス伯爵の愛人だ」
「サピロス伯というと、ダイン閣下の従兄弟…」
ダイン・アテネ
アテネ大公家の当主であり、貴族至上主義トップであるアルヴィスに盲目的に従う男。
「さすがエメラルド、よく知ってるね。そのとおりさ。まあ、サピロス本人がただの腰巾着なダインよりよっぽど熱心な貴族至上主義者でね。もしかしたらダインよりもアルヴィスにつながっている可能性も捨てきれない」
「だがどちらにせよ、ですね」
「そう。黒幕は貴族至上主義者だ」
犯人はわかった。
だが、ノヴァの顔は晴れない。
「ビスケッタ、君の部下たちにすぐ調べさせてくれないかい?騎士ペラスが死んだ、というニュースが出回ってないかをさ」
「そんなまさか」と思ったが、有り得る話だ。
任務に失敗したカレン。
その背後関係を俺達が洗うのは当然だ。
その場合、最有力容疑者はその実家であるペラス家。
なら黒幕達が、容疑者をこの世から消し去ろうと考えてもおかしくない。
「もう遅いと思います」
部屋を飛び出そうとするビスケッタさんを止めるように、カレンが口を開く。
「私が先輩と学院を出た直後に、お母様の魔力が感じられなくなりました。おそらく家の方々も全員、すでにこの世のものではないかと思います」
「君も監視されており、さっさと処置されたわけか。やつら、無能なくせに手だけは早いようだね」
ノヴァが冷たい笑みを浮かべている。
「君という最強のカードを失ったんだ。今頃やつらは大わらわだろうさ。いい気味だ」
「私はそんなに大事にされてないと思いますが?」
「君がどれだけぞんざいに扱われていたかよくわかる台詞だね。まあ、だからこそ任務に失敗したら処分されるなんて考えてしまったんだろうね。君を処分できるやつらなんて、やつらの中にいるはずないのに」
そこで話が終わったとばかりに、ノヴァは立ち上がった。
「彼女に敵意はなく、害もないことがわかった。やつらと戦わせることは難しいかもしれないが、今さら敵対することはないだろう。むしろ心配なのは一般常識の欠落だね。そこは僕の手に余るから、あとは任せるよ」
言いたいことだけ言って部屋を出ていく。
「とりあえず、部屋の準備をいたしますね」
そう言ってビスケッタさんも部屋を出ていった。
部屋に残ったのはカレン、そして俺とエメラルド。
カレンは俺を見ている。
俺とエメラルドは顔を見合わせている。
「もしかして、俺と一緒に住むの?」
「そうするしか、なさそうだな」
そして俺は、俺を殺そうとした暗殺者にして学院の後輩を、引き取ることになったのであった。
長かったので途中で切ろうかとも思いましたが、キリのいいとこまで書き上げられてよかったです。
スローペースになっていますが、読んでいただきありがとうございます。
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