50話 雑談登校
式典の翌日もサラに会いに来た。
学院の帰りだったのでミネルバも誘ったのだが
「ここここ皇帝陛下の私室なんて、恐れ多くてとんでもございませんわ!」
などと断られてしまった。
残念だ。
一応サラに聞いてみたところ、
「兄さんのお友達ですか?もちろん来ていただいてかまいませんよ?」
とのこと。
また折を見て誘ってみるか。
そんなとりとめのない話をしていたらいつの間にかいい時間に。
さて帰るとかと立ち上がると、サラが口を開く。
まるで意を決したかのような雰囲気で。
「兄さん!きょ、今日は、泊まっていかれませんか!?」
実はつい先日も誘いを受けた。
そのときは「いきなり泊まったら迷惑かけちゃいそうだし」と断ってしまい、サラに悲しそうな顔をさせてしまった。
その顔を見て思ったのだ「断ったのは、逆に良くなかったかな?」と。
その日は俺の気のせいかもと思い、そのまま帰ってしまった。
だが翌日、その予感は確信に変わる。
憔悴しきったエメラルドの顔を見て。
「陛下が、その、ソラが泊まってくれないのは自分のせいではないかと悩まれてるそうでな…。今度からは、断らないでもらえると、助かる…」
どうやら親衛隊の中ではとんでもないことになっているようだ。
全ては俺の思い違いのせいで。
サラの願いは全てに優先される。
サラが俺に泊まってほしいと願ったなら、それは迷惑だなんてありえない。
サラの願いを叶えるための行動は、他の全てに優先されるのだから。
俺とサラは、ただの兄妹ではない。
サラはただの妹ではない。
そのことを俺は、再度痛感したのである。
だから今回、俺はサラのお願いに即答した。
「もちろん泊まらせてもらうよ」
そう、笑顔で回答した。
サラは大喜びで俺に飛びついてきて、俺はわしゃわしゃとかわいい妹の頭をなでたのだった。
「兄さん、大好きです!!」
俺とサラはまた一緒のベッドで寝た。
昔のようにくっついて、昔の話をしながら
気づいたら眠りについていたのだった。
そして翌朝、サラと一緒に目が覚めた。
そして一緒に朝ごはんをつくり、一緒に食べた。
メニューは簡単なものだったが、サラはすごく美味しいと喜んでいた。
そんな笑顔にあふれる、幸せな朝食だった。
そして通学の時間。
ビスケッタさんが迎えに来てくれるかなと思ったら
「あ、兄さん。今日はオスカルと一緒に学校行ってくださいね」
「…え?」
今もそこで俺に不機嫌な視線を送ってくるやつと?
「オスカル、初対面のとき兄さんにとっても失礼なことしたじゃないですか?」
失礼ってか殺されかけた。
「でもちゃんと謝ってないことに私気づいたんです!」
言われてみるとたしかに。
でも別に気にしてないんだが。
「だからせっかくの機会ですし、仲直りしましょう!」
いや、その…
「オスカル、兄さんにちゃんと謝るんですよ?そしてどんなことをお話したのか、あとでちゃんと教えて下さいね?」
「承知いたしました、陛下」
慇懃にサラに頭を下げたあと、俺には氷点下の視線を送ってくるオスカル
こいつと一緒に通学するのか…。
俺は入学後初めて、ズル休みというものがしたくなってしまった。
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「陛下のご命令ゆえ謝罪はする。だが悪いとは思っていない。今の貴様に剣を向けることは許されんが、あのときの貴様はただの下民。あれは当然の行動だった」
普通はこれを謝罪とは言わない気がする。
だが
「ああ、もう別にいいよ。今俺はこうして生きてるし、気にしてない」
この問題をさっさと終わらせたい気持ちが優先された。
これで謝罪は完了。
サラのお願いはかなえられた。
あとはお話か…。
こいつと共通の話題なんてあるのか…?」
「ダグエル殿はご壮健か?」
意外。
先に口を開いのはオスカルだった。
しかも話題はダグエル。
俺の領地の領都ベクタ、そこの代官であるダグエル・ダリントンについてだ。
「あ、ああ。元気だよ」
「そうか。それは何よりだ。あの方は優秀だからな。そして貴族にしては珍しく誰に対しても平等だ。貴様にも、よく仕えておられることだろう」
「うん。いつもすごく助けてもらってる」
ダグエルは俺が元下民であることを知ってるはずだ。
だが俺を皇帝の兄として接してくれる。
そしてセリス。
下民だった彼女の才能を認め、臣民に引き上げて重用した。
それこそ魔法使いである市民以上に。
ダグエルは、そんなことができる人間だ。
だが、なんでそのオスカルの口からダグエルのことが?
理由が全くわからないので、素直に聞いてみる。
「ダグエルと、知り合いなの?」
俺の問に、オスカルは別に嫌な顔もせず答えてきた。
「ダグエル殿はもともと親衛隊におられた方だ。私を親衛隊に推挙してくださった方であり、誰もがあの方こそ親衛隊隊長になられると考えていた。だが後進に道を譲るとして引退されてしまった。そしてダリントン家の世業であるベクタの代官に就任されたのだ」
ダグエルにそんな過去が…。
もしかしたらサラを迎えに来たのはダグエルだった可能性もあるわけか。
オスカルにとってもずいぶん思い入れがあるようだ。
俺と話す時はいつもの冷たい表情。
だがダグエルのことを口にする時は優しい表情になる。
親衛隊に推挙してくれたと言ってるし、恩人と思ってるのかもしれない。
オスカルは魔法使いだし、当たり前のように美形だ。
美形だからこそ冷たい表情はめちゃくちゃ迫力がある。
逆に優しい表情は見てるだけで癒やされる。
少しは俺にも優しい表情を向けてもらいたいものだ。
「私はこの身も魂も、全てを陛下に捧げている。陛下だけが私の忠誠の対象であり、他の全ては対象外だ。大公も、皇帝の兄も、だ」
俺の考えを読んだかのようなタイミングでビクッとした。
だが読まれたわけでないだろう。
俺に対して警戒心むき出しなことの理由を教えてくれてるだけだ。
まあ、よく考えなくても当たり前だ。
尊敬して敬愛する偉大なる皇帝陛下が、どこの馬の骨ともわからん兄貴を心から慕っているのだ。
むしろこれぐらい警戒してくれたほうがサラのためになるだろう。
「一応聞いておくが、貴様は陛下の異父兄ではないだろうな?」
「え?いや、違うけど」
俺の両親は俺が赤ん坊の頃に死んでいる。
そしてサラは生まれたばかりのころにシスターが連れてきた。
だから俺とサラの母親が一緒なんてことは、ありえない。
第一、サラの母親は魔法使いだろうに。
下民の俺の母親とは、一緒のはずがない。
そのことを伝えると、オスカルは「まあ、そうだな」と返してきた。
当たり前のことを聞いてしまったな、なんて言いながら。
そのまま沈黙が生まれてしまいそうだったから、今度は俺から話題を出した。
サラの赤ん坊の頃の話だ。
ある日シスターが突然連れてきた生まれたばかりの赤ん坊。
その笑顔が俺の一番古い記憶だ。
「ソラ、あなたに妹ができましたよ」
シスターのその言葉を、今でも明確に思い出せる。
あの日、俺とサラは兄妹になったのだ。
「スラムに孤児院とはな」
オスカルの疑問はもっともだ。
当時はなんとも思わなかったが、今ならその異常性がよくわかる。
弱肉強食で騙し騙されが当然のスラム。
そこで身寄りのない子どもたちを一人で世話をするなど、通常なら不可能だ。
そう、通常なら。
「なんかいたんだよ。たまに来るシスターへのお客さんが。あの人が援助してくれてたのかなって、今なは思ってる」
もしかしたらサラの父親である皇帝の使者だったのかもしれない。
だったらスラムでもあそこが聖域のように安全だった理由もわかる。
皇帝の威光。
それがどれほどの力をもつのか、今の俺にはよくわかる。
「まあ、だとすると、なんでシスターが死んじゃったら孤児院も潰れちゃったのかがよくわからないけどね」
流行り病でのシスターの死
それと同時に昨日までの平和な日々が嘘だったかのように、孤児院はあっという間に潰れてしまった。
先々代皇帝が死んで援助が止められた?
先代皇帝が異母妹の台頭を恐れた?
考えられる理由はこれぐらいだが、真相はもはわからない。
それにもう過去の話だし、気にしても仕方ない。
オスカルも特に気にしておらず、むしろ興味があるのはサラの小さい頃の話だった。
孤児院を出てからの話をすると、興味深げに続きを促してくるのが面白かった。
そんなふうに話をしていると、あっという間に学院に着いた。
「もう、着いてしまったか…」
オスカルがちょっと残念そうだったのが面白い。
スラムは危険だ。
だからサラはいつも家にいて、出かけるのは夜だけ。
春の月明かりの下、花畑で遊ぶサラが天使のように可愛かったという話がオスカルのお気に入りだ。
「サラに聞かれても、俺がサラのことべらべら話したって言ってくれるなよ?」
「もちろんだ。だから次回があったときは別の話を頼むぞ」
「お、おう」
まさか次回の話をされるとは。
もしかしたら、少しだけ仲良くなれたのだろうか?
このあと学院での話があるのですが、意外と登校が長引いたので分割します。
オスカルは出会う前のサラに興味津々です。




