幕間 リゼル視点(第三章)
幼い頃から父のことは尊敬していた。
ただ、その生き方を好きにはなれなかった。
マスタング家は曽祖父の代に伯爵位を得た、まだ新しい伯爵家だ。
だから祖父も父もこの地位を守るのに必死だった。
特に父は様々な派閥と懇意にし、政治力でもって爵位を守っていた。
父は立派な魔法使いだ。
父に魔法を教わっている時間は私にとって最も大切な時間だった。
だがその父が、他の貴族に会う時はまるで別人のように変貌する。
ある人には言う。
「私はあなたを最も信じている」と。
別のある人には言う。
「あなたのためなら私は命も惜しまない」と。
だが実際は両者も斬り捨て自分だけ生き残ることも厭わない。
そんなふうに生きる父の姿を見たくなく、少しでも早く家から出たいと私は学院へと入学した。
学院は楽しかった。
人生を変えるような出会いもあり、私にとって最高の時間だった。
だが楽しい時間はあっという間に終わりを迎え、卒業の時期を迎えた。
卒業式直後に自領へ帰った私に、父は開口一番言った。
「リゼル。マスタング伯爵家の次期当主はお前だ」
青天の霹靂だった。
マスタング家には私以外にも適齢期の者はいる。
一個上の従兄弟など、とうに派閥入りして活動を行っている。
彼のほうがよっぽど父好みだろうに、何故?
もしや、学院での人脈を期待してか?
それらの疑問は、父の一言で氷解した。
「お前は優秀な魔法使いだ。お前なら私と違って、伯爵にふさわしい」
父は立派な魔法使いだった。
貴族にふさわしい力も持っていた。
だが、伯爵はその父をもってしても持て余すほどの地位だった。
だから父は派閥の力を使った。
そして伯爵位を守り続けてきた。
娘から、どんな目で見られようとも。
次代へと爵位を受け継ぐため、自分のできることを全てやってきたのだ。
こうしてこの日から私はマスタング伯爵公女ではなく、マスタング伯爵家次期当主となったのである。
伯爵家次期当主にもかかわらず、どの派閥にも与しない私は貴族社会の異端だった。
だが私の力は並の伯爵など凌駕し、戦いようによっては侯爵すら上回る。
味方がおらずとも爵位を召し上げられる恐れはなく、誰とも敵対することもないので貶められることもなかった。
さらなる高みを目指して精進する日々の中、突然声がかかった。
「皇帝陛下の兄君に、仕えてみる気はある?」
ビスケッタ・ロッキー様
ロッキー公爵家公女にして、接近戦では最強クラスの魔法使い。
大貴族の子女が皇帝陛下に仕えることはよくある。
まさか自分にお声がかかるなどとは夢にも思わなかったし、興味もなかった。
「あなたには興味がないかもしれないけれど人脈づくりにもなるし、人生では色んな経験をしておくのはいいことだと思うの。どう?」
人脈づくりは興味がなかった。
しかし経験に興味はある。
ただ皇帝陛下の兄君が優秀な魔法使いだと聞いたことはない。
帝室の方といえど、全員が強大な魔力を持つとは限らない。
だがビスケッタ様は違う。
正真正銘の大魔法使い。
このビスケッタ様という強力な魔法使いの下で働けるのは自分にとってチャンスだと思った。
そして私はこの提案を了承し、直ちに仕えることになったのだ。
偉大なる皇帝陛下の兄君
ソラ殿下のもとで。
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ソラ殿下は不思議な方だった。
強大な魔力どころか、魔力自体をお持ちでなかった。
帝城内をお一人で移動することすらかなわず、自室の扉を自力で開けることすらできなかった。
だが、とてもとてもお優しい方だ。
まさにその魔力をお持ちでないせいで一度私はとんでもないことをしでかしてしまった。
せっかく父が必死で守ったマスタング伯爵家がもう終わりかと思ったが、快く許してくださった。
貴族の頂点に立つとは思えないほど気さくで、本当に心温かい御方なのだ。
こんな御方に仕えられて、私は本当に幸せ者だ。
学院に通われ始めてから、ずいぶん生き生きした顔もされるようになった。
萎縮したような態度が多かったのに、少なくなってきたように感じる。
私も学院時代は本当に楽しかった。
殿下も楽しんでくださってるのを見て、毎日嬉しくなってしまった。
そして夏季休暇が始まってから、殿下は不思議なことを始められた。
きっかけは、エメラルド殿とのお出かけだった。
ベクタ代官であるダグエル殿の首席秘書官のセリスと一緒に、新しい街の建設を始められたのだ。
それはいい。
領主が新しい街をつくるのはよくあることだ。
ただ下民の街というのがわからなかった。
下民の街など聞いたことがなかった。
そういえば下民って、いったいどこに住んでいるんだろう?
ユキにも聞いたが、同じく知らなかった。
だが彼女はそんなことは気にもせず
「殿下がつくるっておっしゃってるんだから、私は従うだけかなー」
そう言って、あっという間に街を作り上げてしまった。
街を生み出す魔法は希少価値が高い。
ゆえにそれを使える者は引く手あまた。
こんな才能がどの派閥にも知られず埋もれているなど、信じられないぐらいだ。
ユキは楽しそうだし、何より殿下が嬉しそうだった。
きっと殿下は下民に何か思い入れをお持ちなのだろう。
深く詮索することは失礼だと考え、私もユキにならって細かいことは気にせず殿下に従うこととした。
だがその頃からだ。
殿下が、お変わりになったのは。
突然、三人の臣民を下民への降格を命じられた。
その臣民達は死刑になってもおかしくないことをしたのだから当然だが、殿下はむしろ煽るような態度をとられたとか。
今までの殿下にはなかったような態度に、私は驚かされた。
そして皇帝陛下の全権委任状。
今まで殿下は陛下の権力お力を使うことを忌避されてると私は考えていた。
だが、こうもあからさまに陛下の権限を手にし、しかも使おうとされていることに、私は強烈な違和感を覚えていた。
だが私がどんなことを感じていようと、殿下の活動は着々と進んでいた。
下民の街、パラディスには何度か足を運んだ。
新しい街は活気があり、見てるだけで楽しかった。
なるほど。殿下はこれがしたかったのか。
夏季休暇で自領に新しい街を作り上げるという、この箱庭遊びのようなことを楽しまれたかったのだ。
だからそれを邪魔する者に激怒し、陛下におねだりまでされたのだ。
まだ違和感が少しあったが、私はそう納得した。
ただ殿下は夏季休暇後もパラディスにご執心で
私の違和感は一向に拭い去れないまま
あの日を迎えた。
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怒った臣民たちがパラディスにやって来た。
また私の出番かな。
私の雷撃魔法は数百人数千人の臣民なら、一瞬で戦闘不能にできる。
その力を買われて私は殿下に仕えているのだ。
この程度、できて当然だ。
だが、殿下の反応は予想外のものだった。
「臣民がどうした!ここは、俺達の街だ!」
この街に執着するようなお言葉。
全く意味がわからなかった。
住民たちを置いて一人で出向こうとする殿下。
慌てて「殿下、我々も…!」と言うが、静止されてしまった。
殿下は魔法がお使いになれない。
だから百人の臣民などに勝てるはずがない。
殿下のお考えが、私にはさっぱり理解できなかった。
その後セリスが先導して住民たちは殿下を追っていった。
ならば私たちもそろそろいいだろう。
ユキとそう話、一緒に魔法で姿を消して空を飛んで殿下のもとへ向かった。
そして目にしたのは、信じられない光景だった。
「で、殿下…?」
刃物を持った臣民と、殿下が戦っているのだ。
「た、大逆罪…。殿下に刃物を向けるなど、大逆罪だぞ…!」
大逆罪。
皇帝陛下に反逆する、この世で最も重い罪。
殿下は皇帝陛下と同等、もしくはそれに準ずる存在。
ならば殿下に歯向かうことも、大逆罪に他ならない。
急いでこの場にいる臣民共に全力の雷撃を叩き込もうとしたその瞬間
下民たちが雪崩を打ったかのように臣民達へと襲いかかった。
「あ、あ、あー!ダメ!ダメだよー!」
ユキが慌てている。
当然だ。
下民が臣民に手を上げる。
これも罪。
いや、これは殿下をお助けする行為だから許されるのか?
しかし殿下は御自ら我々を静止された。
ならば殿下の邪魔をすること自体が、罪?
頭が混乱する。
だが殿下が地面に倒れるのを見て、それら全てが吹っ飛んだ。
今は殿下をお助けすることが最優先。
それが命令違反だろうと関係ない。
早く殿下を、お助けしないと!
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「まさか、殿下と大公閣下が手を結ばれるとはな…」
久しぶりにあった父は、以前会ったときより幾分老け込んでいた。
「これでお前は貴族社会を二分する大派閥の領袖の側近、というわけだ。まさか、こんなことになるとはな…」
そこにいるのは伯爵位を死守するために権謀術数で暗躍する男ではなかった。
娘を案ずる、一人の父親だった。
父の心配ももっともだろう。
殿下は私の認識などはるかに凌駕する、恐るべき御方だった。
あのパラディスという街。
あれは決して殿下のお遊びの箱庭などではなく、権力掌握の一手だったのだ。
下民の数は臣民よりも一桁多い。
貴族至上主義者ではない下級貴族達の領地には、その下民が大量に余っている。
ならばその下民を有効活用できれば?
それは彼らにとって、大いなる力となる。
下民の街の建設
この魅力は下級貴族達の間にどんどん広まっている。
もちろん下級貴族は魔法で街を作り上げることなどできず、大公やユキの力を借りざるを得ない。
彼らの代償は派閥への加入と絶対なる忠誠。
多くの貴族たちは喜び勇んで殿下の軍門に降っていっている。
数の上では貴族至上主義者をすでに上回る勢いだ。
今は貧しい貴族たちも、そのうち下民の街々の税収で富み潤い、力をつけることだろう。
構想から実現まで、四季が一回りもしていない。
たったそれだけの期間で、今まで圧倒的だった貴族至上主義者に対抗する勢力を作り上げた。
街を作り上げるより、よっぽどとんでもないことだ。
「私はもうほぼ隠居だ。あとは、お前の好きにするといい」
父は笑顔だった。
そのすべてを悟ったような父の笑顔を見て、私は口を開く。
「父上が守り抜いたこのマスタング伯爵家。私も必ずや、守り抜いてみせましょう」
父は「そうか」と笑ってくれた。
父の本当の望みが何かはわからない。
私の望みが何かも、正直わからない。
ただ一つだけわかることがある。
それは私が、激動の時代を生きていること。
今、時代が変わろうとしているのだ。
幕間がサクッと書けたので更新いたしました。
次回から新章が始まります。




