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幕間 セリス視点(24~27話)

「どんくさい」


 私は小さい頃から、こう言われていました。

 だからすごく小さい頃は、自分の名前が「どんくさい」だと思っていた時期もありました。


 お母さんがつけてくれた名前が「セリス」だと知ったのは、お母さんがもう牧場では働けないと追い出され、引き取れって私のところへ連れてこられたときでした。

 お母さんと初めて会ったのも、そのときでした。


 でも私は「どんくさい」です。

 お母さんのためにも一生懸命働きましたが、他の人の二倍働いてようやく同じ程度の仕事しかできません。


「もう少し大きくなったら牧場行きかな?」

「牧場でもこんなどんくさいやつ嫌がられるんじゃ?」

「いいんだよ、とりあえず女なら」


 私を見て、ご主人さま達はそんなことを言っていました。

 それをお母さんに伝えると、お母さんは「ごめんね」と涙を流しながら私を抱きしめてくれました。


 抱きしめてくれるのは嬉しいけど、

 お母さんが泣くのはとてもとても悲しいです。


 だから私はもう二度とそのことを口にはしませんでした。

 黙って一生懸命、働きました。


 でもときどき、ご主人さま方が使う「文字」や「数字」というのをこっそり勉強していました。

 ゴミ捨て場にあった本を拾って読むこともありました。

 色んなことが書いてあって、お母さんに読んであげることもありました。


「全然わかんないねえ」

 なんてお母さんは言うけれど、いつもとても嬉しそうにしてくれました。


 でもある日、それが見つかってしまいました。

 本にメモしているところを見つかってしまったのです。


 しかも相手は、ご主人さまのご主人さま。

 私など顔を見ることも恐れ多い、大旦那様です。


 おしおきされる、本を取り上げられる、と怯えていたら


「誰にも教わらず、自分で読み書きできるようになったのかい?たいしたものだ」


 大旦那様はそう言って、私の頭をなでてくださいました。


「どれくらいできるのか、教えてくれないかい?」


 色んなことを聞かれました。

 私はそれに、一生懸命答えました。


 どこかで一度見聞きした内容ならもちろん全部答えられます。

 計算すればわかることも、全部答えることができました。

 知らないことはわからないけど、他の知識を使ったり計算したりして、一生懸命絞り出した答えを述べました。


 百点満点じゃなかったからおしおきはされるでしょう。

 でもたくさん答えられたし、軽くてすむかな?

 と思っていたのに


「この子に、正式な教育を直ちに受けさせるように。身分も臣民に引き上げる。母親がいる?じゃあ母親もだ。正式な手続きは後でもいい。待遇改善は今すぐにしろ」


 おしおきされることなんてなく

 大旦那様はご主人さま方に何か命令をされていました。


 その日から、私とお母さんは温かいスープが飲めるようになりました。

 お母さんは柔らかいお布団で寝られるようになりました。


 その日から、私達の生活は劇的に変わったのです。



 ---



「セリス」

「は、はい!」


 いつまで経っても大旦那様に声をかけていただくのは慣れません。

 大旦那様のお名前はダグエル・ダリントン様。

 かつては皇帝陛下のお側につかえていたという、ものすごいお方です。


 皇帝陛下のご領地であるこのベクタの代官をされています。

 今は皇帝陛下の兄君のご領地とのことですが、ものすごいことなのです。


 すごすぎて私にはよくわからないぐらい、すごいんです。


「セリス、間もなく殿下がいらっしゃることになった。殿下のご質問した際に答えられるよう、準備を頼む」


 言葉の意味はわかります。

 でも内容が頭に入ってきません。


 殿下?

 いらっしゃる?

 大旦那様が敬語を使用されるようなお方が、間もなくここに?


 緊張で頭が真っ白になりました。

 泡を吹いて倒れそうですが、畏れ多くも大旦那様が支えてくださいました。


「すまん、セリス。お前は緊張しいだもんな。変なこと言ってすまなかった。そもそもベクタとその周辺のことは全てお前の頭の中に入ってるんだから、準備なんていらないしな。大丈夫だよ、セリス。お前は、今のままでいいんだ」


 今のままでいい

 そう言われて、少し安心しました。


 とてもお偉い方がいらっしゃることはわかりましたが、私は今まで通り大旦那様のお手伝いをすればいいのです。

 そうすれば今日も私は温かいスープが飲めます。

 お母さんと柔らかいベッドで寝られます。


 私にはそれで、十分なんです。



 ---



 殿下は、不思議な御方でした。


 貴族様なのに、そんな感じは全然しなくて

 外見も大旦那様や魔法使い様方とは全然違っていました。


 どこにでもいるような雰囲気で

 でもお優しそうで

 横や後ろに控えていた方々の方がよっぽどご立派で

 でも笑顔が温かい


 そして、私のような元下民のことを気になさる。

 目障りだとお咎めいただいたと思ったら全然違ってて、私なんかのこと本当に褒めてくださる。


 そんな、不思議な方でした。


 でもまあ、考えても仕方ありません。

 あの御方は、雲の上の御方。

 比喩ではなく、本当に雲の上のお城に住まれている御方なのです。


 二度とお会いすることはないでしょう。

 あのような御方と私の人生がすれ違うことがあっただけでも、私にとっては望外の幸運だったのですから。


 あれは雲の上のおとぎ話のような一時だったのです。

 そんなことを考えていても仕方がありません。

 雲を眺めながら、そう考えていました。


 今、私は馬車に乗っています。

 ベクタの周辺都市の実地調査をしています。

 実地調査といっても軽く市場を見るぐらいです。


 私は大旦那様の首席秘書官という身に余る地位をいただいてしまっています。

 たくさんの臣民様方、ときには魔法使い様が私の下についてしまっています。

 元下民の私なんかの下で、働いてくださっているのです。


 大旦那様のご命令だから皆さん従ってくださっています。

 でも内心快く思われてないことはわかっています。

「下民ごとき」であった私の下で働くことが不満であることは、いつも感じています。


 だからたまにこうやってベクタを、お屋敷を離れます。

 一応今の私は臣民なので、臣民の街なら白い目で見られることはありません。


 少し街を見て、ちょっとだけ買食いしちゃったりして、ちょっとだけ羽根を伸ばさせてもらうんです。


 本当はベクタ名物の天下一品焼き鳥本舗の焼き鳥が食べたかったです。

 あれは本当に美味しいですから。


 でもこれから到着する街には、最近できた二号店があります。

 きっと同じくらい美味しいんだろうという期待でいっぱいです。


 下民だったころは自分のために何か買うなんて夢のまた夢でした。

 今は大旦那様がお賃金をくださるので、こうやって買い物ができます。

 すごく嬉しいです。


 私ごとき元下民には、過ぎた幸せです。



 ---



「次ミスしたら、お前の手首を切り落としてやるからな?」


 裏通りからそんな言葉が聞こえてきます。

 別に珍しくもない、この場所にふさわしい内容です。

 事前に忠告してあげるだけ、優しいのかもしれません。


 表通りは臣民様のための場所。

 賑やかな笑い声が響き、幸せに満ちた場所。

 市民様の街とほとんど変わらない、それよりちょっとランクが落ちる、明るい街の姿が見られます。


 裏通りは下民のための場所。

 薄暗い闇の中から下民の嗚咽や苦悶の声が聞こえてくる場所。

 表通りでは憚られるような下民への仕置きや処理が行われ、文字通り街の裏側が見られます。


 表通りで買い物をした私は、その境目にいました。


 表通りの明るさは私にふさわしくなく、じっとしていると落ち着きません。

 裏通りの闇に入るとそこに再び呑み込まれそうで、怖くて足を踏み入れられません。


 ここはどっちでもない中途半端な場所

 元下民で今は臣民の、中途半端な私にふさわしい場所です。


 元下民だからと、今手首を切り落とされようとしている下民を助けることなんてできません。

 元下民だと後ろ指さされるのが怖いからです。


「下民のくせに」というあの視線、あの目で見られるのは本当につらいから。

 だから私は、目の前のことから目をそらします。

 見て見ぬ振りをします。


 私にできるのは大旦那様をお助けすることだけ。

 大旦那様の意志が私の意志。

 今までも、これからも、私はずっとそうしていくんです。


 そう思っていた、そのときでした。


「おい。その足をどけろ」


 聞き覚えのある声が聞こえてきました。


 目を向けると、そこにはあの御方がいらっしゃいました。

 忘れるはずもないその御姿。

 殿下に間違いありません。


 いったいなんで殿下がこんな場所に?と頭が混乱します。

 転移魔法で来られたのでしょうが、目的は?

 視察?どうして?何のために?

 色んな疑問が湧いてきて、頭を整理しようとします。


 でも次の言葉で、全てが吹っ飛びました。


「ああ、下民だよ」


 殿下が、下民?


 それはありえないこと。

 魔法使い様しか貴族には成りえません。

 でも殿下が下民だとすると、色々納得いってしまいます。


 お姿が貴族っぽくないのは?

 魔法使いでなく、下民だから


 私のような元下民に優しいのは?

 同じ下民だから


 なんでこんな場所にいる?

 自分と同じ下民達がどうしているか、見たかったから


 でも、ならどうして、元下民の貴族様が、下民を助けようとしているのでしょう?

 今存在している下民は、己の忌まわしい過去の姿。


 私と同じように、見て見ぬ振りをするのが普通では?


「俺は下民だ。下民だから下民を助ける。当たり前だろ?」


 頭を思い切り殴られたような気分でした。


 下民だから下民を助ける

 それはつまり、仲間を助けるということ。

 仲間を助けるというのが当然だと、当たり前だと殿下はおっしゃっているのです。


 私は、そんなことを考えたこともありませんでした。


 私とお母さんだけが幸せになれたことで満足し、

 ずっとこのままでいいとこれ以上に何も求めず、

 他の下民たちから目を背け続け、

 ただ日々を過ごしていました。


 でも目の前の御方は違います。

 自分だけの幸せを良しとせず、目の前の下民を見捨てず、助けようとされているのです。


 これが、殿下

 ベクタの、ご領主様

 偉大なる皇帝陛下の、兄君


 私が殿下のことを考えているの一瞬のことでした。

 なのにその一瞬で、事態は終わってしまっていました。


 私が街の警備兵を呼ぶ間もなく、全て殿下が一人で終わらせてしまっていたのです。


 畏れ多くも殿下に刃を向けた者、口答えした者達は地に伏せています。

 それ以外の者は殿下に恐れをなして膝をついています。


 殿下は魔法使いでないのに、魔法を使っていないのに

 まるで魔法のように下民たちを救ってしまわれたのです。


 下民達はいくらかお金を受け取り、逃げていきました。

 ですがあの怪我では逃げ切れるかどうかはわかりません。

 気がついた臣民たちが警備兵に話をすれば街の門は閉ざされて捜索が行われ、彼らは捕まってしまうかもしれません。


 そんな細かいことまで殿下にお任せすることはできません。

 殿下はご領主様。

 もっと大きなことを、やっていただかねばなりません。


 だから、ここは


 私が、動かないといけないんです。


「ちょ、ちょっと待って、く、ください」


 下民たちを呼び止めます。

 二人はもう捕まるのかと怯えた顔をしますが、私は自分が元下民だと伝えて安心させます。


 そして街の警備兵を呼びました。


「わ、私はベクタ代官ダグエル・ダリントン様の首席秘書官、せ、セリスです」


 何度もどもりながら、私は言いました。

 ダグエル様を通さずに人に指示するなんて初めてのことでしたが、必死で口を開きました。


 この下民たちを街から解放すること。

 誰が何を言おうと、追うことは許さないこと。

 これは、ご領主様の意志であること。


 それらを伝え終わり下民たちを見送った後は、その場に崩れ落ちそうになりました。


 でも、崩れ落ちはせずに足を踏ん張ります。

 だって私は、今すぐ戻らないといけないから。


 ご領主様のもとへ今すぐ戻らないといけないんですから。


 ご領主様のための、お力になるために



ソラ以外の下民視点の話になります。

元下民はだいたいソラやセリスのように下民根性が抜けないか、臣民以上に苛烈に下民を迫害するかの2パターンです。

セリスは気が利くのでツメの甘いソラのアフターサポートもしてくれました。いい子ですね。


活動報告にも記載しておりますが、今からワクチン接種してまいりますので明日以降の更新は副作用次第となります。

何事もないことを祈っております。


楽しんでいただけたらブックマークや評価、感想いただけますと嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ソラ君は思いのほかストレートに行動しましたけど、まぁ子供らしい短楽さともいえます……が、それをフォローする賢い大人(しかもソラ君により蒙が開いた状態)がフォローに回ってくれたなら、結構実現…
[良い点] いつも楽しく読ませた頂いています。 [一言] 自分も今日接種なので、お互い副反応が軽いといいですね。
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