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27話 下民、ソラ

 俺は下民だ。

 下民として生まれ、下民として育ってきた。


 臣民に消耗品扱いされることも

 下民同士で利用しあい、騙し合うことも

 そんな生活から死ぬまで逃れられないことも


 全てアタリマエだと考え、そこに何の疑問も抱かなかった。

 疑問を持ちようもなく、毎日を必死で生きてきた。


 昔の俺は、そうだった。

 あのとき、帝城に来るまでは。


 俺の大切な妹。

 世界でたった一人の家族、サラ。

 サラが俺を、引き上げてくれた。


 この裏通りよりも更に暗い闇の中から、助け出してくれたんだ。


 サラにその気はなかっただろう。

 だが、結果としてそうなった。


 それでも、サラだけではダメだった。

 下民根性の染み付いた俺は卑屈で矮小で、何をしてもダメだった。


 そんな俺を友達だと言ってくれた。

 いつも助け、常に支えになってくれる最高の友達、エメラルド。


 彼女達がいるから、俺は今ここに立てている。

 彼女達のおかげで、俺は今こうしていられる。


 帝城に来てからずっと続いていた幸せな生活。

 新生活のことで頭がいっぱいで、昔のことなんて思い出すことはなかった。

 闇の中に視線を向けることなどなくなり、光の指す中で生きる幸せを満喫していた。


 だが俺は今、再び見てしまった。


 下民

 下民の日常

 臣民に虐げられる、下民


 かつての自分と同じく、まるでボールのように蹴られて反抗もできずにうずくまるその姿を。

 見てしまった。


 この光景から目を背ける?

 見えないふりをする?

 それはとても簡単だ。


 でも


「お前の兄ちゃんは、そんなやつじゃないよな?サラ」


 そんなことをしたら、俺は二度とサラに胸を張ることができない。

 俺を信頼して見つめてくるあの瞳に、応えることができない。


「お前の友達はそんなやつじゃないよな?エメラルド」


 下民である俺を世話し、教育し、友達と呼んでくれたエメラルド。

 彼女の恩義に、信頼に、応えられる男に俺はなりたい。


 だから見知らぬ振りなど、許されない。

 俺が俺であるために。


 だから、足を踏み出す。

 恐怖の対象、畏怖の対象である臣民に向けて。


 小さな小さな一歩を、俺は踏み出したんだ。



 ---



「なんだお前?」


 臣民の一人が口を開く。


 それは何でもない質問。

 別に威圧感もなく、単純に見知らぬ人間が来たから問うただけ。


 だが、俺にとってはそれで十分だった。


 臣民が俺に向かって言葉をかける。

 それだけで萎縮してしまう。

 何も言葉を出せなくなる。


 でもそれはダメだ。

 そんなんじゃ、ダメなんだ。


 だからと言って、何を言えばいい?

「俺は皇帝の兄だ」と宣言でもするのか?


 バカバカしい。

 俺の見た目はどう見ても魔法使いではない。

 下民とはバレずとも、臣民にしか見えない。

 こいつらが信じるはずがない。


 エメラルドが宣言してくれれば話は変わるだろう。


 元々エメラルドは美少女だ。

 しかも今は涙で目が潤み、儚げな魅力も追加されている。

 文句のつけようもないほど美しいその姿は、貴族のご令嬢以外にありえない。


 だが見たことも聞いたこともないような底辺の世界を垣間見てしまったエメラルド。

 ショックで今は、まともに話をすることもできない。


 だから、俺がやるしかない。


 エメラルドのフードをとるだけでも、話は変わってくるだろう。


 だが、それじゃだめだ。

 俺が、やってやるんだ。


「何よあんた?」

「お前、誰だ?見たことねえやつだな?」

「何怯えてんだよ。お前、もしかして…」


 臣民たちが俺の方を向いて色々話をしだす。

 これ以上の猶予はない。


 頼れるのは自分だけ。

 ちっぽけな下民の、己だけ。


 笑っちゃうぐらい頼りないけど


「やってやろうじゃないか」



 ---



「おい。その足をどけろ」


 地面に転がっている下民の上に足を載せている商店主に、声をかける。


「はあ?俺が俺の下民をどうしようと、俺の勝手だろ?」


 それは臣民にとってアタリマエの理屈だ。

 だが今の俺は、そんなアタリマエなど許さない。


「ダメだ。足をどけろ」


 再度繰り返す。

 だが商店主は足をどけない。

 むしろさらに強く蹴り飛ばした。


 下民が転がり、痛みで顔を歪ませている。


 それを見て笑う臣民たちがいる。

 俺を馬鹿にした目で見る臣民たちがいる。


「何あいつ?」

「頭おかしいんじゃねえ?」

「下民から足をどけろとか、そういう趣味でもあんの?」

「もしかしてあいつ、下民とか?」


 最後の言葉に対し、笑いが起きる。

「お前何言ってんだよ。ありえねーよ」

「下民があんな口の利き方したら死刑だよ、死刑」

 そんな風に言いながら、笑っている。


「ああ、下民だよ」


 だが俺のその一言で、笑いは一瞬で収まった。


「俺は下民だ。下民だから下民を助ける。当たり前だろ?」


 臣民たちの目が、表情が、一気に変わる。

 先程までとは違う目。

 それは「下民ごときに反論され、怒りが頂点に達した目」だ。


「死ねよ」


 果物を切るためのものだろうか?

 商店主、ずいぶん立派な包丁を持ってるじゃないか。


 その立派な包丁を、全く躊躇なく、俺に振り下ろしてきた。


「やだね」


 エメラルドの太刀筋に比べれば、あくびがでるほどの遅さ。

 動作も見え見え。

 こんなもの、目をつぶっていても避けられる。


 間合いを詰める。

 懐に入り込み、勝利を確信している商店主の顔を見上げ


 そのまま、その無防備な顎を思い切り打ち上げた。


 ビスケッタさんだったらこんな簡単に間合いへ入らせてくれない。

 間合いへ入った相手に、急所をむき出しにしたりしない。


 こんな無様に地面に転がされるなんて、ありえない。


「ずいぶん、あっけないね」


 あれほど恐れていた臣民が、俺の足元に横たわっている。

 俺にとって、畏怖の対象だったはずの臣民たち。


 周りを見渡すと、逆に俺なんかを怖がってるじゃないか。


「お、お前、下民のくせに…!下民のくせに、臣民様に逆らっていいと思ってるのか!?」


 男が叫んでくる。

 普通の下民なら、臣民だと言えば萎縮するだろう。

 だからこのやり方は間違っていない。


 相手が、俺以外の下民だったらの話だが。


「思ってるよ」


 ミネルバに何度も何度も叩き込まれた反復練習。

 体が覚えているのか、勝手に動く。

 今こそ動くべき時だと、お前もわかるんだな。


 一足飛んで、その勢いのまま回し蹴り。

 男は吹っ飛び、壁に叩きつけられて昏倒する。


 そのまま横の男のみぞおちに拳を叩き込む。

 腹のものを全部吐き出して、その中に顔を突っ込みながら倒れ込んだ。


「今日は食事はとらないほうがいいよ。食べてもたぶん、また戻しちゃう」


 一応アドバイスしておいたが、どうも聞こえてはいないようだ。


「あなた達は、どうする?」


 臣民の女達に問いかける。

 二人とも歯の根が合わず、ただガチガチと震えている。


「その子、処分するんだっけ?」


 バッグに肩をぶつけてしまった下民

 その子を指差して問う。


 主人の臣民は必死で首を横に振り

 バッグの所有者の臣民は「ごめんなさいごめんなさい」と繰り返している。


「その子、解放してあげな。これからどうするかは、自分で決めさせてあげて」


 今度はひたすら首を縦に振り始めた。

 了承ということだろう。


「君も一緒に、好きなとこへ行きな。一応、二人にこれを渡しとくよ」


 商店主に傷つけられた下民

 バッグに肩をぶつけてしまった下民

 二人にそれぞれ、お釣りでもらった銅貨数枚を渡す。


 もちろん、もっと大金を渡すこともできた。

 だがこれ以上の金額は、それ自体がトラブルを呼び寄せる。


 まずは、ここまで。

 ここまででも十分やりすぎた。

 これ以上彼らの人生に干渉することはできない。


 今の俺には彼らの人生全てを背負う、資格がないから。


 二人の下民は「ありがとうございました」と何度も繰り返しながら去っていった。

 その背中を見つめ、倒れた臣民たちを見つめ、再確認する。


 俺は下民だ。

 それは厳然たる事実で、永遠に変わることはない。


 だが臣民を恐れ、臣民に怯えていたかつての俺は、もういない。


 帝城で過ごした日々は無駄ではなかった。

 俺の体に染み込み、血肉となっていた。


 エメラルドが、ビスケッタさんが、ミネルバが、彼女達の特訓の日々が、俺を生まれ変わらせていてくれたんだ。


 人は変わる。

 変わることができる。

 今、俺はそれを証明した。


 みんなのおかげ俺が変われたのなら

 俺だって、他のみんなを変えられるはずなんだ。



 ---



「そ、ソラ…?」


 声をかけられて我に返る。

 後ろを振り向くと、そこには不安そうな顔のエメラルドがいた。


 さっきまでとは少し違う、不安の色


「ソラ、大丈夫か?怪我はないか?」

「いや、大丈夫だよ。ありがとう、エメラルド」


 俺の心配をしてくれていたらしい。


 本当にありがとう、エメラルド。


 俺を案内してくれたのが君じゃなかったら

 君が俺の友達になってくれなかったら

 俺は今でも、何も変われていなかっただろう。


 全てはエメラルドがいたから。

 エメラルドが俺を鍛え上げてくれたから、今の俺がいる。


 俺も君のように、人を導ける人間になりたい。


「エメラルドに追いつけるよう、頑張るよ」

「え?」


 エメラルドは意味がわからず不思議そうな顔をする。

 でも、まだ説明はしない。


 俺がさっきの二人のような下民達の人生にも責任をもてるような男になった時

 そのときは、ちゃんと言わせてもらおう。


 君の隣に立つにふさわしい男になれたと、伝えよう。



ソラを最初に特訓したのはエメラルドです。

次に学院の入学試験のためと、ビスケッタさんが基礎を叩き込んでくれました。

ミネルバは魔法の才能がないソラを見捨てず、集中力や体の使い方について根気よくトレーニングしてくれました。

ソラはそれら全てを、一生懸命頑張ってきました。

周りがすごすぎたせいで自分では気づけていませんでしたが、ソラはずいぶん成長していたのです。


期待されていた展開とは違うかもしれませんが、これがソラの選択です。

この展開でも楽しんでいただければ幸いです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] まだここまで読んだ所ですが、この時点だと 反体制派の不穏分子ですねぇ。。
[気になる点] うーむ 助けた下民の人達なんですが、このままソラが離れるとソラにやられた臣民の人達から腹いせに酷いことされる未来しか浮かばないのですが。 この場だけ助けるのでは無く保護までした方が良い…
[一言] 下民だけど領主で皇帝の兄だから、自分の領地くらいならやろうと思えば強権発動できなくもないんだよなぁ また、今回の『悪』となった臣民も市民や貴族からは虐げられる層なわけだし、色々含めてどうして…
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