26話 臣民の街
最初に到着したのは小高い丘だった。
「街の全景が見えるだろ?ここがベクタに最も近い、臣民の街だ」
丘の下の平野。
そこにはベクタには劣るものの、立派な街が広がっていた。
「自分はベクタで働いて、家族はここに住まわせてる臣民もけっこういるらしい」
確かに人口も多そうだ。
ベクタの衛星都市、というやつだろうか?
「農業も盛んなようだな。ここで農作物つくればベクタでいくらでも消費してくれるだろうから、都合がいいんだろう」
大農場がいくつもある。
あれだけの土地を耕すに大量の人手が必要だろう。
人口が多いわけだ。
「全景はもういいな?じゃあもう少し近くに飛んで、そこからは歩いていくぞ。街中で転移魔法を使ったら驚かれるからな」
などとさっき街中で転移魔法を使った人間が言っている。
「消えるのはいいんだよ。「あれ?どっか行ったかな?」ぐらいですむから。気をつけるのは現れるとき。だいたい驚かれてバレちゃうんだよ」
どうも体験談から来てるらしい。
昔から活発なお子さんだったことが想像される。
親御さんは手を焼いたことだろう。
「ええい。変な目はやめろ!いいから行くぞ!」
臣民の街は、大まかには市民の街と同じだった。
たくさんの店
様々な商品
活気のある人々
商品の質や数、店の規模は劣るが、外観はとても似ている。
一見すると、とても似通っていた。
「私も臣民の街は初めてだが、何も変わらないな。ユキが行ったことあって「だいたい同じだよ」って言ってたが、本当だったみたいだ」
エメラルドは拍子抜けしたようだった。
俺も、正直拍子抜けしていた。
下民がいきなりひどいことされてたらどうしようと正直思っていた。
だがそんなことはなかった。
下民はいる。
だがベクタでの臣民のように、下働きをしている。
店番や買い物などはしてないようだが、荷物持ちなどを目に見える範囲でやっている。
なんだか安心した。
「なんか、同じだね」
「ああ、同じだったな」
そう言ってエメラルドと笑い合う。
心配してたのが馬鹿みたいで、笑ってしまった。
二人でまた買い食いをした。
エメラルドはここでは素顔を出すと目立つからとフードをしている。
フードで顔を隠して、完全に怪しい人だ。
だから今度は俺が会計をした。
スラムでは大金だった銅貨がここでは小銭扱いだ。
俺なんて銅貨なんて触るだけでドキドキしてしまうのに…。
もう少しだけ街を見て、そろそろ帰ろうとかと話をしていたとき
一つの光景が目に入った。
そこには商品の果物を落としてダメにしてしまった下民がいた。
店主であろう臣民が、その下民を裏通りに連れて行く。
なんとなく気になって、追いかける。
そして俺たちは、裏通りにたどり着いた。
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そこでは、先程の下民が地面に転がっていた。
下民に対し、店主が吐き捨てる。
「次ミスしたら、お前の手首を切り落としてやるからな?」
下民はひたすら怯えながら、地面に丸く転がっている。
抵抗することもなく、ただただ震えながら。
全く遠慮せずに蹴られたのだろう、体中に足跡がついている。
肌がむき出しの場所からは血が流れ出している。
そして、次は手首を切り落とすと宣告されていた。
それはまるで、かつての自分のようだった。
俺も臣民にこうされたことがある。
スラムにいたころ、そして帝城に来たとき。
ミスする恐ろしさを体で覚えさせられ、二度とミスはできなくなった。
だが臣民の下では命がいくつあっても足りないと逃げ出した。
俺はガキだったから見逃され、逃げ出して生き延びることができた。
それから親方の下で働き出した。
ここでもミスはせず、親方のミスをカバーすらして必死で頑張った。
帝城に来たときは、生意気だという理由で痛めつけられた。
殺されないだけマシだと思っていたら、エメラルドが助けてくれた。
初めて助けてもらって、本当に嬉しかった。
エメラルドを見ようとした。
だが、それ以上に気になるものが見えてしまった。
気になることが、聞こえてしまった。
先程の店主が話しかけられている。
「おたくの下民、無能でたいへんだね。新しいのいるかい?牧場のもいいが、野生の下民もいいもんだよ。やつらは活きがいいから躾ければよく働く。ちょうど下民狩りで捕まえたのがいくらかいるから、いつでも声かけてくれ」
二人の男が話をしている。
「今年は豊作になりそうでよかったなあ!」
「いやあ、でも下民どもが半分もダメになっちまってなあ。数を揃え直さないといけないよ。あいつら、なんであんなに脆いんだろうな?」
「おいおい、ちゃんと世話してんのか?」
「当たり前だろ。一日一回必ず飯食わせてやって、睡眠時間だってちゃんとくれてやってるさ」
「マジか。そりゃ十分すぎるだろ」
二人の女が話をしている。
「ちょっと、そこの下民の肩が私のバッグにあたったんですけど?」
「これはすいません。こいつ粗相が多くて…。あとで処分しておくんで、許していただけますか?」
「あらあら、それはたいへん。処分するのにもお金はかかるし、本当に困りものですよねえ」
「いえいえ。これがいいきっかけになりましたよ。使えない下民は、さっさと交換するのが一番ですね」
なるほど。
表通りでは下民のことを口に出すのはふさわしくない。
下民のことを話題にするのは、この裏通りで十分だ。
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下民は、言葉を解する獣
下民は、人ではない
それは、アタリマエのこと
臣民にとって下民なんて、ただの消耗品でしかない。
生き延び、逃げ出し、助けられた俺が、ただただ幸運だっただけ。
これはアタリマエのこと
俺には見慣れた日常
だが
「え?え?何、これ…?」
エメラルドの顔は、真っ青だ。
もしかしたらエメラルドは知らなかったのだろうか。
下民のことは知っていても、臣民に実際どのように扱われているかまでは。
少し安心した。
エメラルドが、下民を下民として扱う貴族ではなかったことに。
下民がどのような存在か、詳しく知らなかったことに。
エメラルドは信じられない物を見る目で臣民たちを見つめている。
不安で泣きそうな目で俺を見つめてくる。
そんなエメラルドの肩に手を置く。
「大丈夫だよ」と囁きながら。
そう、大丈夫だ。
何も問題はない。
だって目の前にある光景は、俺にとってはかつての日常だから。
ありふれた、日常の一部に過ぎない。
むしろ懐かしさがこみあげてくるぐらいだ。
「…ふざけるな」
吐き気とともに、こみあげてくる。
だって、今の俺は知ってしまった。
この日常が、異常だったことを。
この世の不条理を全て押し付けられていたことを。
この世には、もっと幸せな生活があることを
知ってしまったんだ。
そして、今の俺は昔の俺ではない。
今の俺には、できるんだ。
この理不尽を止めることが、できるんだ。
力があるのにやらないことは
「認めてるのと、同じじゃないか」
そんなことをしたら、俺は俺を許せない。
「…そ、ソラ?」
エメラルドの肩にやった手に力が入ってしまってらしい。
まだ泣きそうなエメラルド
不思議そうに俺を見つめてくる。
エメラルド
俺の最初で最高の友達
俺を助けてくれた、恩人。
君が俺を助けてくれたのはサラの命令だからだったんだろう。
それはわかっている。
だけど俺は本当の本当に、嬉しかったんだ。
だから、今度は俺の番。
「ありがとう」
それだけ言って、一歩踏み出す。
後戻りできない一歩を、踏み出したんだ。
エメラルドは下民は言葉を話せないと思っていたぐらい、下民のことを知りませんでした。
伯爵以上の貴族は仕えるのが市民のため、臣民とすらろくに交流をもつ機会もなく、興味をもつきっかけがないのです。
かつてユキが臣民の街に来た際は、表通りしか見ていません。
ユキは優しい子なので、裏通りを見ていたら卒倒していたことでしょう。
前回の後書きを気にしていただいたようで、ご意見いただきありがとうございました。
話の展開が遅かったりソラの行動に疑問を感じたりと色々ご不満があるかと思いますが、今後の展開につながっていくため読み続けていただけると嬉しいです。
楽しんでいただけたらブックマークや評価、感想いただけますと嬉しいです。




