02話 日常の終わり
「すごい!お肉だ!」
サラがこんなに喜ぶなんて久々だ。
目を輝かせている。
やはりサラのことは俺が一番わかっている。
この喜びよう、想像通り。
いや、想像以上かもしれない。
「兄さん、いったい何があったんですか?今日はお仕事、そんなにうまくいったんですか!?」
無邪気な問い。
仕事がうまくいこうがあの親方が駄賃を増やすことなどありえない。
失敗したら減らすことはあっても、増やすことはないのだ。
今日は、ただのイレギュラー。
だが、そんなことをサラに言う必要はない。
「ああ、まあな」
うまくいったというのは間違いではない。
親方の失言を活用し、通常ならありえない金を手に入れた。
だから別にこれは、嘘ではない。
全てを語ってはいないだけだ。
「すぐに調理しちゃうから、少し待っててな」
そうやって俺が準備を開始すると、サラが悲しそうな顔をする。
「ごめんなさい。私がもっと手伝えればいいんですが…」
「そんなこと気にするなって。しゃーないしゃーない」
サラは驚くほど不器用なのだ。
何をしてもすぐに物を落としたり壊したりしてしまう。
だから料理などしようものなら、具材がだいなしになってしまうこと請け合いだ。
よくよく観察するとモノの方が勝手に動いてるようにも見えるときもある。
不器用というかポルターガイスト?
考えても仕方ないので、もう諦めた。
そして我ながら手慣れたもので、料理はすぐに完成した。
久々の肉料理。
年越しのご馳走でも一口程度なのに、立派な塊肉。
感動だ。
匂い立つ香りだけで飯が何杯でもいけそうだが、今から本物が食える。
もはや二人の間に言葉など必要ない。
いてもたってもいられず、口を開く。
「「いただきます!」」
言うが早いか肉にかぶりつく。
口に肉の味が広がる。
これぞ、幸せの味。
言葉もかわさず一心不乱に食べ進む。
なんてことは、我が家にはない。
「おいしいですね!」
サラが心の底から嬉しそうに笑いかけてくる。
その笑みに俺も同じく心の底から笑い返す。
「おいしいな!」
一人で食べても美味しいご馳走
だが、サラと食べるともっと美味しい
世界最高のご馳走だ。
肉を噛みしめると同時にその幸せを噛みしめる。
そして次の瞬間
幸せは、天井ごと押し潰された。
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家が自壊したわけではない。
壊れそうな廃屋だったが、こうならないよう柱と天井には気を配っていた。
明確な悪意を持って、壊された。
俺たちをこの家ごと潰すという、殺意を込めて。
その予想は、すぐに確信に変わる。
「さーて、死んだか?」
複数人の男の声。
俺たちを殺すために家を潰したのだ。
「生きてろよー。ぶち殺すのは俺だからなー」
「バカ言うな。俺が八つ裂きにすんだよ」
さらに、まるで殺す競争をしているのような口ぶり。
いったい、何が起きている?
「に、兄さん…」
サラが怯えて俺にしがみつく。
震える体をぎゅっと抱きしめ返す。
俺もサラも無事だった。
天井が崩れると同時に反射的に俺はサラに覆いかぶさるように飛びかかった。
そしてサラの不思議な体質が功を奏したのか、何故かガレキは俺たちを避けていったのだ。
「大丈夫だよ。兄ちゃんが守ってやるからな」
必死で平静を保ちながら
震えそうな体と声を全身全霊で抑え込みながら
さらに強く抱きしめる。
「ありがとう。兄さん」
サラの声に安堵の色が交じる。
少し安心したのか震えがおさまってきた。
だが、無理だ。
俺は今から殺される。
どれだけ口で否定しようとも、この確信は変わりない。
安心させるための嘘。
ただの強がり。
俺はただの非力なガキだ。
この場を生き延びるすべなど、何もありはしない。
だがせめて、サラだけでも生かしてやりたい。
生き延びさせたい。
サラは家から出ることはほとんどない。
やつらの目当てが俺だけなら、俺を殺す競争なら、こっそり逃がすこともできるはず。
「二匹いるから、一匹は俺がもらうぜ」
「おいおい、メスガキは殺すなよ?お楽しみがなくなっちまうだろーが」
そんなかすかな希望も、一瞬で粉々にされる。
やつらはサラの存在を知っている。
サラのことも、狙っている。
「兄さん。苦しいよ…」
「あ、ああ。ごめんな」
サラを強く抱きしめたことで、あの下劣でゲスな言葉はサラの耳には届かなかったらしい。
だがもうすぐサラは、言葉にするのもおぞましい目にあわされる。
いったい誰が?
そもそもなぜ?
なんで、俺達がこんな目に?
「おい、ギース。報酬を確認するぞ?ガキを殺したやつに銅貨10枚。間違いねえだろうな?」
「ああ、もちろんだ。あんたらを相手にホラを吹くほど、俺も馬鹿じゃねえ」
ギース
それは、親方の名前だ。
そして全てがつながった。
いや、今まで気づかなかった俺が馬鹿だったのだ。
親方の発言、帝城を貶める発言は、やつの生死を左右するもの。
今回は金で黙らせても、今後はどうなるかわらかない。
今後延々とゆすられ続けるかもしれない。
いつか、寝首をかかれるかも知れない。
ならばその秘密を知った人間を、俺を、殺すのはある意味当然だ。
俺がしゃべるつもりがあろうがなかろうが関係ない。
親方は俺がしゃべる可能性に恐怖した。
だから、殺す決断をした。
スラムの殺し屋共を、引き連れて。
「ガキ一匹で銅貨10枚とは大盤振る舞いじゃねえか、ギース。そんな羽振りがいいようには見えねえがな?」
「あのガキに、どんな恨みがあるんだ?」
問われても、当然答えられるはずもない。
「別に。やつは俺をなめやがっただけだよ。俺をなめたやつは殺す。当然だろ?」
スラムの掟、弱肉強食
強がりのようなセリフだったが、殺し屋共には腹に落ちる理由だったらしい。
「なめられたんなら、殺すしかねえな」と皆納得している。
俺を殺したい犯人はわかった。
その理由もわかった。
だがそうなると次の疑問が湧いてくる。
親方はサラの存在を知らない。
なぜサラのことがバレている?
そして、なんで俺の家の場所を知っている?
俺は親方が俺を殺す可能性に気づかなかったほど馬鹿だ。
だが、親方にそんなプライベートなことまで話すほど、馬鹿じゃない。
徹底的に隠してきた。
なのに、なぜ?
「親方、で、俺にも報酬を…」
俺は、自分が心底馬鹿だったことに気付かされた。
俺は親方に自分のことをなんでもかんでも話してしまうのと同じくらい、馬鹿だったのだ。
「おう、ザッハ。ご苦労だったな。妹の話も助かったぜ」
「へへっ。とんでもないっス。今後とも、ぜひご贔屓に!」
何が「友人と呼べる存在がいるとしたら」だ。
獣に友人など、存在しない。
ザッハ。
あいつが俺を、売ったんだ。
「ソラ、ごっそさん!」
俺を売った金を握りしめて、今から八つ裂きにされる俺に礼を言ってくる。
吐き気をもよおすような行為。
だが、この街ではこれが普通なのだ。
ザッハのあの態度が、平常なのだ。
この行為を唾棄すべきものと考える俺が、この街では異端なのだ。
こんな街で友情を信じた己を呪いながら
それでも家族だけは守りたいと希望をもって
俺はサラを、抱きしめ続けていた。
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「全然でてこねえな」
「死んだか?」
「確かめるにも止めをさすにも、そろそろ見に行くか?」
殺し屋たちの会話が聞こえる。
俺たちの命運はもう尽きる。
それでも、サラだけは助けたい。
だが方法が思い浮かばない。
俺に思いつくのは、俺を囮にして逃がすことだけ。
今までの会話を聞こえなかった振りをし、「妹がガレキの下にいるんだ」と泣きつけば時間稼ぎできるだろうか?
成功するとはとても思えない。
だが、それでもやらないよりはマシだろう。
俺には他に、手段がないのだから。
最後にサラをもう一度強く抱きしめ、笑いかける。
不思議そうに、だがそれでもほほえみ返してくれるサラ。
そのサラの笑顔を目に焼き付け、俺は覚悟を決める。
ガレキの下から体を乗り出す。
次に、声の聞こえた方へと体を向ける。
そして「助けて」と言いながら走り出そうとすると
そこには、誰もいなかった。
さっきまでの会話が嘘のように
まるで最初から誰もいなかったかのように
ただ静寂だけが、そこにあった。
「え?な、なんで…?」
意味がわからない。
意味もわからず、後ろを振り向く。
そして今度こそ、俺の日常は終わりを告げる。
そこにいたのは、全身に鎧をまとった騎士たち。
超常の存在。
魔法使いが、そこにいた。
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