03話 非日常の訪れ
全身を覆う鎧。
篭手一つだけで下民数十人、いや数百人の生涯賃金よりも高いだろう。
全身ともなれば、天文学的な数字となる。
そんなものを全身に身にまとっている存在。
彼らこそ、噂に聞く騎士。
魔法使い、すなわち貴族だけで構成される戦闘集団。
たった一人でこのスラムを火の海にできる、人でありながら人を超えた生き物。
そんなやつが、ここにいる。
いや違う。
そんなやつらが、ここにいるのだ。
気づいたら囲まれていた。
もしかしたら、さっきの殺し屋たちは逃げたのではなく処分されたのかもしれない。
親方も、ザッハも、一緒に消されたのかもしれない。
不思議と冷静に、いや混乱しすぎて頭がおかしくなったのか。
なぜか俺の命を狙っていたやつらのことを、考えていた。
「に、兄さん…?」
そんなどうでもいいことを考えていると、サラがガレキから顔を出してきた。
いけない。
こんなところに顔を出してはいけない。
やつらの前に、俺たちなどが存在してはだめなんだ。
だが俺が慌ててサラをガレキの中に押し込もうと手を出すより先に
一糸乱れぬ動きで、騎士たちが動き出す。
ガシャッ!
剣を天へと掲げた。
そのまま斬り殺されると思うと、
ガシャッ!
今度は、全員が跪く。
騎士が、膝をついたのだ。
意味がわからない。
現実感がなさすぎる光景に、ただただあっけにとられる。
雲上人、この世界の支配者、世界の理を知る者達
そんな魔法使いが、騎士が、俺たち下民の前で跪く姿など、とても現実とは思えなかったのだ。
そして次に、今度は一人の騎士だけが立ち上がる。
他の騎士達は微動だにせず、たった一人だけ。
俺たちの目の前にいる、最も立派な鎧をまとった騎士だけが、立ち上がったのだ。
一歩前に出る。
フルフェイスの兜を外し、口を開く。
「親衛隊隊長、オスカルにございます。お迎えに参上仕りました、皇帝陛下」
その顔は、見たこともないほど美しかった。
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噂で聞いたことがあった。
魔法使いは、誰もが驚くほど美しい顔をしていると。
「魔法使い様は俺たち下民とは違うからな」
「親から生まれたりしねえんだ」
「絵から生まれでてきたかもしれねえ」
そんなスラムの噂話。
愚にもつかない馬鹿話。
それが真実だと思えるほど、その騎士は美しかった。
昔シスターが見せてくれた彫刻。
その彫刻が動き出したかと思うほどに。
歩く姿すら美しい。
そこに現実感などもはや微塵もなかった。
まるで夢の中のようだった。
だから俺はあろうことか、やってしまった。
「あ、あなたたちは、いったい…?」
言葉を、発してしまったのだ。
下民は、臣民の前で口を開いてはならない。
開くのは、許可を与えられたときだけ。
こんなことは、常識だ。
下民なら子供でも知っている常識だ。
なぜなら、臣民の前で勝手に口を開いた下民はその場で殺されるから。
生き残っているのは、その常識を知っているという証明なのだ。
臣民の前ですら、これだ。
そしてその臣民が、貴族の前では下民と同じ立場となる。
ならば下民は?
貴族の前での下民とは、いったいどんな存在なのだろうか?
次の瞬間、俺はそのことを思い知らされる。
彼らは言葉を話していた。
俺は、それに返したつもりだった。
だが、違った。
彼らは、俺になど言葉を向けてはいなかった。
俺などただの虫けらと同じようなもので
たまたまそこに虫けらがいたが、そんなもの意にも介さず言葉を発していただけ。
だがその虫けらが自分に対して言葉を返してきたら?
無視する?
それとも
踏み潰す?
音もなく、剣が振られる。
俺の首へと一直線に。
目の前に虫けらがいたからそのまま踏み抜く程度の気安さで。
「兄さん!!」
サラの悲痛な叫び声を耳に響く。
生涯最後に聞くのが妹の言葉であることに
何故か俺は、安心していた。
次の話はできれば今夜にも…




