21話 晩餐会と大公
エトナ大公家当主、アルヴィス・エトナ大公
ガイア大公家当主、ノヴァ・ガイア大公
四人しかいない大公、その半数が今俺の目の前にいる。
すぐにでも戦いが始まりそうなほど、敵意を剥き出しにして。
ここが晩餐会でよかった。
晩餐会ではさすがに戦闘は起こらない。
だが全ての原因は俺が晩餐会なんかおすすめしたせい。
心の底から反省しています。
やはり私利私欲で動いてはいけないんだ。
そんなことを、無邪気に手をふるサラの笑顔を見ながら考えていた。
「皇帝陛下の御前だからって、強気だねえ?普段なら僕と顔を合わせようともしないくせに」
「わざわざ貴様ごときと会う必要がないだけだ。同じ大公だからと、私と貴様が対等だとでも思ったか?自惚れるな」
「同じ大公だから、優劣は実力差で決まる。一度白黒つけといた方が、お互いのためにもいいとは思わないかい?」
ノヴァが明確な殺意を放つ。
その瞬間、アルヴィスの後ろに控えていた男女が二人の間に割って入った。
「エトナの分家の者達かな?よく飼いならされてるじゃないか」
ふと気づいた。
今のノヴァの口調は、俺と初めて会ったときと同じだと。
全てを馬鹿にした、吐き捨てるような口調。
そう考えると、最近の口調は少し柔らかい。
かもしれない。
「黙れ。ガイアの田舎貴族風情が」
「大公筆頭たるアルヴィス様に対する無礼、我らが許さんぞ」
よほど腕に自信があるのだろうか?
ノヴァに対して全く引かない。
「二人共、構わん。それに所詮小僧、所詮ガイアとはいえ、大公には違いない。あまり口さがない言い方は自重しろ。例えそれが、事実であってもな?」
アルヴィスは一瞬怯んでいたが、二人を盾にしてまた余裕な表情に戻っている。
それをノヴァは、口元だけ笑って見つめていた。
「ザコが三人になったからって、僕に勝てるとでも思っているの?皇帝陛下の御前だからこそ、どの大公が最強か、ご覧いただくいい機会かね」
まるで飢えた肉食獣のような瞳で、見つめていた。
「貴様…!」
「アルヴィス様、お下がりください!」
二人が戦闘態勢をとる。
場が緊迫する。
会場全体が二人の大貴族の諍いに気づく、その直前
「お二方とも。陛下の御前でお遊びがすぎるのでは?」
親衛隊隊長オスカルが、割って入ってきた。
目をキラキラさせた、サラを連れて。
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「兄さん!」
サラが俺の腕の中に飛び込んできた。
それは結果としてノヴァとアルヴィスの間に割って入ることとなり、二人ともサッと後ろに下がって道を開ける。
結果的に、二人の間に距離ができた。
同時に、先程までの緊迫した空気は消え去っていた。
ノヴァはサラと同じくらい目をキラキラさせている。
アルヴィスはまずいとこでも見られたかのように、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
それともこいつはこいつで、今がノヴァをやってしまうチャンスとでも思っていたのだろうか?
数の力で?
それとも会場に何か仕掛けでも?
「兄さんばっかり楽しそうでずるいです!私も混ぜてください」
全然楽しくはなかったのだが…。
サラにはいったいどう見えてたんだろう?
「えっと…。あ!この前兄さんのこと教えてくれた、兄さんのお友達の方ですね。名前は…ノヴァ?でしたっけ?」
「そのとおりでございます!殿下の親友、陛下のノヴァでございますとも!私ごときの名前を覚えておいていただき、感激の極みです!」
ノヴァのテンションが見たことないぐらい高い。
だがさらっと俺を親友呼ばわりしてる。
こいつ、見かけほど高揚してないな。
地味に冷静だぞ。
「いえいえ。兄さんのお友達ならもちろん覚えてますとも!」
サラ、そいつは友達じゃないんだよ。
今すぐ記憶から消してしまおう。
「あと、あなたは、えーっと、たしか…アルヴァン…でしたっけ?」
「アルヴィス、アルヴィス・エトナでございます。一昨日ぶりですな、皇帝陛下。ご機嫌麗しゅうございます」
対するアルヴィスは名前を覚えてもらっていなかった。
「ついにアルヴ、まで覚えていただけたようでたいへん嬉しく存じます」
アルヴィスはショックを受けるどころか本当に嬉しそうだ。
実はこれでもかなりの進展だったらしい。
口調からすると当初は顔すら覚えられていなかったのかもしれない。
サラは悪びれもせず「もうすこしで正解ですね!」とか笑ってる。
サラ、もうちょっと他人に興味を持とう!
自称兄ちゃんの友達とかはどうでもいいから!
「それで、三人で楽しそうに何を話してたんですか?」
サラが興味津々で尋ねてくる。
「親友の殿下と一緒に食べようと、食事をもってきたところなんです」
ノヴァがキラキラした笑顔で言う。
気色が悪い。
「殿下にご挨拶に伺ったところでございます。さすが陛下の兄君。素晴らしいお方ですな」
アルヴィスも先程までとは打って変わって満面の笑顔だ。
ただ俺に挨拶なんてしてくれてない。
俺をダシにノヴァに突っかかっていただけ。
こいつはこいつで鉄面皮だな。
まあ、俺が下民だと知ってるからこういう態度なんだろう。
それは別にいいんだが、サラに嘘をつくのはよくないな。
「アルヴィス大公、はじめまして。サラの兄の、ソラです。挨拶、まだでしたよね?」
だから、挨拶をしてやった。
アルヴィスの顔色が一瞬曇る。
「え?あんなに一緒にいたのに、まだ兄さんに挨拶もしてくれてなかったんですか?私のほうが後に来たのに、挨拶してくれましたよ?」
そこにサラの追撃。
顔色が曇るどころか、真っ青になった。
「こ、これはこれは!私としたことがたいへん失礼いたしました!殿下とは親しいお付き合いをさせていただきたく、仰々しい挨拶など逆にいかがなものかと思っておりましたが、やはり挨拶は全ての人間関係の基本ですからな!殿下、エトナ大公家当主、アルヴィス・エトナにございます!どうかよろしくお願いいたします!」
一気にまくし立ててきた。
嘘をつくからそういうことになるのです。
ノヴァが嬉しそうに笑っている。
「さすが僕の親友」とか言いたげな視線が気に食わない。
アルヴィスの必死の弁解も虚しく、サラはすでにアルヴィス自体に興味を失っていた。
「兄さん兄さん。全然食べてませんよね?私、ずっと兄さんのこと見てたから知ってます!だから私、兄さんのために美味しいの選んで持ってきたんですよ!兄さん、はいあーん」
妹にあーんされている。
いやそれは別にいいんだ。
問題は、今度こそ会場中の注目が集まっていることだ。
皇帝と皇帝の兄、そして大公が二人も
そんなやつらが集まっていたら、注目が集まらないはずがない。
そんな大量の視線を受ける中、俺は妹にあーんをされているのだ。
「兄さん。もしかして、私のあーんが、嫌なんですか…?」
サラが悲しそうな顔をした。
だったらもう、俺に選択肢はない。
「そんなこと、あるはずないだろ!」
そして俺は口を開ける。
そして、俺の口のキャパの倍ぐらいありそうな肉が放り込まれた。
きっと、世界一美味しい肉なのだろう。
だが残念ながら今の俺には、全く味が感じられなかった。
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その後何度かあーんは繰り返された。
「陛下、お会いできて嬉しゅうございました。あとソラ、見せつけてくれるねえ」
ガイアはそう言って去っていった。
サラに認知されて満足そうに。
本当に俺のことが羨ましそうに。
「では陛下、またお伺いいたします。…殿下も、またいずれ」
アルヴィスも去っていった。
俺への視線は、ノヴァに向けるものに近くなっていた。
さっきまでの背景の一部としか認識されていないような状態からは、一歩前進かな?
晩餐会はそのあとも当然のように続いた。
俺への挨拶の行列はさっきより増えた気がする。
皇帝との仲を見せつけられたせいだろうか?
なんてこった。
「エメラルダ伯爵でございます。娘がお世話になっているそうで。恐悦至極にございます」
挨拶はもはや意識がほぼ飛びながら聞いていた。
だがエメラルダという名前で一気に現実へ戻される。
「ソラ、私の父上だ。その、よろしく頼む」
恥ずかしそうなエメラルドもついてきた。
しかもいつもの親衛隊の服ではなく、珍しくドレスなんて着ている。
「エメラルド、すごい!似合ってる!」
やはり美少女騎士なだけあって、ちゃんとした服装をしたら普通に美少女だった。
衣装に着られてる俺とはものが違うね。
「な、お、お前、なんてこと言うんだ!」
褒めたのに、顔を真赤にして怒られた。
納得いかない。
その後エメラルドパパも交えて少し歓談した。
いつもエメラルドにお世話になってると、めちゃくちゃ持ち上げといた。
だがエメラルドパパは恐縮しきりで、やはり皇帝の兄という立場は色々めんどくさい。
その後、俺のメイドさん達の親族も何人か会いに来てくれた。
一番印象的だったのはビスケッタさんの父親だ。
「はじめまして殿下!ロッキー公爵にございます!」
丸太のような腕をした恵体のおじさん。
毎日肉体労働してるスラムの力自慢でもこんなの見たことないぞ。
「うーん。殿下は細すぎではございませんか?これも何かのご縁。私と一緒にトレーニングいたしましょう!一週間で生まれ変わったような姿になれますぞ!?」
俺の生存本能が訴えていた。
「この人のトレーニングは、ビスケッタさんよりヤバい」と。
ビスケッタさんでも十分ヤバかったのに、それ以上となると?
間違いない。
そこに待ってるのは、死だ。
「父上。殿下に失礼ですよ」
ビスケッタさんがそう言って助け舟を出してくれて助かった。
なおビスケッタさんも今日はドレスで着飾っていた。
メイド服以外も当然のように似合うね。
元が美人だからさらに美人だ。
「殿下は、私が鍛え上げますので」
なんか不穏な言葉が聞こえたが、気のせいだと思っておこう。
知り合いが来てくれたときは楽しいが、それ以外はただの苦痛。
無限とも思える時間を過ごしていく中、ようやく夜も更けてきた。
いつのまにか皇帝の退場時間となったらしく、会場がざわめいている。
そのまま出てってもいいのにサラは律儀だ。
わざわざ俺に挨拶しに来てくれる。
「兄さん。私はこれで失礼しますね。でも兄さんのことたっくさん見られて本当に楽しかったです!あーんもできましたし!晩餐会って、意外と楽しいものなんですね。またやりましょう!」
そんな、危険な言葉を残して。
サラの退場と同時に貴族たちの注意はそちらに向き、一瞬俺は解放された。
そして今がチャンスと、俺は会場から逃げ出したのだった。
絶対にもう晩餐会なんて来ないと心に誓いながら。
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「疲れた…」
「お疲れさまでした」
いつの間に戻ってきていたのか、ビスケッタさんが部屋で待っていてくれた。
「お食事も準備してありますよ」
やった!
お腹ぺこぺこだよ!
「高貴な方々は、ああいう場では食事をとる暇もございませんからね。よく晩餐会を開催されると決断されました。ご立派です。本当にお疲れさまでした」
ビスケッタさんにはこの結末は想定の範囲内だったらしい。
知っていたら教えてほしかった…。
いや違う。
俺が勝手に判断して勝手に動いたせいだ。
これからはちゃんと、事前に相談しよう。
しかし本当にたいへんだった。
地位だけあっても実力が伴ってないから、色々対処に困る。
大公は癖が強いのが多い。
出会った二人とも癖が強かったから、残り二人もきっと同じだろう。
あまり関わり合いになりたくない。
でもまあ、夏季休暇になれば少なくともノヴァには今度こそ会う機会もないだろう。
少しは平和になりそうだ。
「大公とのやりとり、拝見しておりました。ですがあの程度のいがみ合いや憎しみ合いでしたら、同レベルの貴族同士なら日常茶飯事ですよ。ガイア大公はおおっぴらな分、ずいぶんマシかと思われます」
あれでマシかあ…。
貴族社会はもう懲り懲りですよ。
できるだけ距離をとっておきたい。
「エトナ大公は会場内にかなりの数の手勢を潜ませておりましたね。看破はできませんでしたが、罠もあったのではないかと。戦闘になったらそれらを総動員し、部下全員の命を引き換えにしてでもガイア大公を仕留めるつもりだったのでしょう。過去の晩餐会でも、そういった例はございますし」
やはりアルヴィスは色々企んでいたらしい。
そして実例もあるらしい。
晩餐会、怖い。
「大公を裁けるのは陛下だけ。そのため陛下がお認めになられたり黙認された場合、彼らを止めることは誰にもできないのです」
とのこと。
大公はやはりやばいと再確認。
絶対に近寄りたくない。
「ところでソラ様。夏季休暇はどこで過ごされますか?」
どこって、この部屋以外に何か選択肢があるとでも?
ビスケッタさんはたまに変なこと聞くね。
いや、そういう場合はだいたい俺の常識が追いついてないだけ。
ということは、もしかして俺は家を他にも持ってるとか?
「やはり領地で、過ごされるのでしょうか?」
やはり、俺は領地を持っているらしい。
「…へ?領地?」
領地って、あの、領地?
「はい。たまにはご自分の領地を訪問されるのも、気分転換になるのではないのでしょうか?」
俺、いつの間にか、領主になっていたらしいです。
アルヴィスはサラと何度も会っており、サラが自分を含めた貴族たちに興味がないと理解しています。
そこで晩餐会の場でノヴァを始末する気満々でした。
ノヴァもアルヴィスを返り討ちにする気満々でした。
ソラがいなかったら二人は実際戦っており、サラは興味ないので不問になっていたでしょう。
結果的にソラが争いを止めたわけですね。主人公大活躍。
今回で第二章完結となります。
幕間を挟んで第三章が開始されます。
久しぶりに地上の世界が出てきて、そちらがメインの話となります。予定では。
体調を崩してしまっており、更新が不定期になるかも知れません。
今回は続きなので一気に書いて、そのまま更新しております。
皆さんも体調にはお気をつけください。
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