第五十話 復帰Ⅶ
「何がだよ?」
ブラミアはドスの効いた低い声で言った。苛立っているようだった。
「一人でさっさと飛び出すような、あまり勝手な行動は控えた方がいいと思うんだ。オレ達はパーティーだ。同じ目的の元に集まった同士だ。一人の勝手な行動で、仲間が危機に陥ることもある。きちんと規律ある行動を心掛けないと、仲間もおろか、君自身だって危険かも知れないよ? もしももっと深い場所に潜った時、そうやって君が飛び出すと、オレも動きづらくなるんだ!」
「――で?」
「でって……」
「規律ある行動ってそもそもオレも守っているつもりだ! 基本的にパーティーでリーダーの命令がない時は自己判断だろ? オレはモンスターを見て、一人で対処できる強さだと踏んだから一人で駆け出したんだ。自惚れていねえよ。それよりもあれか、このパーティーは全部お前にお膳立てしないと駄目なパーティーなのか?」
「どういう事だよ?」
ブラミアの挑発に、アスの目も厳しくなった。
「そもそもこのパーティーは最初に潜った時から、お前への贔屓が過ぎるんだよっ! お前の“力”が便利なのは分かったが、それだけじゃねえか! オレが粉骨砕身でサポートするほどの魅力が、本当にお前にあるのかよ?」
ブラミアは見下すように言った。
「オレはこのパーティーのエースだ! それを君たち新参がサポートするのは当然だろう?」
アスは強く訴えた。
「ふん! 裸の王様のサポートなんかするのはごめんだな!」
ブラミアははっきりと言った。
「なっ……」
「別にオレは入ったばかりだから、今抜けても特に影響はねえんだよ! お前こそ、あまり調子乗るなよ――」
「……」
ブラミアの激しい物言いに、アスは右の拳を握っていた。何か言い返したいが、何も言えなかったのだ。
「ブラミア! お前こそあまり調子に乗るなよっ! コルヴォの知り合いらしいが、ここはクランだ! 規律ある組織だ! お前にとって特別な組織じゃないんだ!」
アスを睨むブラミアの元に、ナザレがやって来てアスを庇うように叫んだ。
「はっ、女の影に隠れてもう言い返しもねんのかよ? お前は玉無しだな!」
ブラミアはナザレに反応することはなく、その後ろにいるアスを嘲笑した。
「ブラミア……!」
アスは拳を強く握る。風がその場に渦巻いた。
ブラミアも強くアスを睨みながら剣を手放して、拳を固める。
二人は一触即発だった。だが、どれだけ苛立っていても、剣は二人とも握らない。刀傷沙汰にはしない。冒険者としてのご法度だからだ。最後の理性が、二人を剣ではなく拳を握らせた。
「ブラミア、それ以上はやり過ぎだ――」
「アス殿、止めるでござる――」
二人が一歩踏み出そうとした時、ブラミアは肩にナダの手が置かれて行動を止め、アスは上から突然現れたアマレロによって、それ以上前へと行けなくなった。
二人の喧嘩は止まる。
お互いに睨みあったままだったが。
「ナザレ、ここから出口まではオレが前へ出る――」
「ああ、分かった」
エースであるアスの意見を、リーダーであるナザレが採用した。その事実に大きな舌打ちをブラミアはした。
ぴりついた空気が流れる。
その状態のまま、アーザ第一部隊は地上へと戻る。パーティーの空気は最悪だった。
だが、この日のパーティーとしての一日の稼ぎはアーザの成立以来、最も高かった。冒険としては非常に成功していた。また仲間に怪我があったわけでもなく、全員が無事で疲労感も少なかった。
表向きには、大成功の冒険だった。
◆◆◆
「やあやあ! 今日も大成功の冒険だったよ!」
アーザ第一部隊のメンバー達は不仲だったが、アーザの屋敷に戻ってきたアスはその様子を全く見せない。むしろ他の仲間達には今回の冒険は成功だったと、自分の復帰戦はうまく行ったと、そう第二部隊や第三舞台などの仲間へ強くアピールするように話しかけるのだ。
「流石、期待の星だな!」
「まだまだ本調子じゃないと思うが、その調子で頑張ってくれよ!」
仲間達も今回の成果は聞いている。特にカルヴァオンの量と質、どちらも今までで最高の冒険だった、との情報しか聞いていないので、素直にエースであるアスの事を褒め称えていた。
これが、復帰したアスの実力なのだと。
「ああ、頑張るよ!」
そんな風に自分の事を認めてくれる仲間達に、アスは手を振って答える。次はもっと倒す、と。もっと奥深くの場所まで行くと。アーザ初の深層まで到着すると。そんな夢を一心に受けるのだ。
そんな仲間達の言葉は、アスの自尊心を満たしていた。
ここが自分の居場所だと。輝ける場所なのだと。仲間達に囲まれて非常に満足したのである。
「そう言えばエデルって、アルシャインに移ってからすぐにミラに帰ったらしいぞ!」
そんな声もアスの耳には聞こえて来た。
(エデルか。かつてはオレのライバルで、エースを競った相手だ。結局、オレが総合力で勝ったけど、一点突破力ならエデルの方が上だった……)
アスはエデルの事を思い出す。
快活で気のいい男だったが、立身出世を夢見た非常に冒険者じみた男だった。常に上を目指し、いずれは貴族に成り上がることを夢に見て、アーザで挑戦する事を決めたのである。最終的には金を積まれて他のクランに移ったが、どうやら人づてに聞いた限りでは、アーザでエースの立場を貰えなかったからこそより上を目指すためにアルシャインでの成り上がりを目指したようだ。
だが、アルシャインの冒険者の層が分厚く、二軍にすらエデルは達することが出来なかったと言う。
その結果を受けて、下位組織で頑張るのではなく、諦めて慣れたミラに戻ることにしたようだ。
「アス、あいつのことは気にするなよ。所詮は負け犬だ。アーザからもアスに負けて逃げ、その次のアルシャインでも負けて逃げた男だ。ああなりたくなければ、ずっと強くなるしかない。それが冒険者だ――」
ナザレはアスの耳元で囁いた。
「分かっているさ――」
「もちろん、仲間達の評価も重要だ。クランは大きな共同体だ。彼らの支援が無くては、オレ達は挑戦すら認められないんだから――」
アーザ第一部隊が中層に何度も挑戦し、カルヴァオンを気にしない冒険を行うことが出来るのは全て他の部隊の仲間のおかげである。
彼らのおかげで資金を気にせず挑戦でき、新たな道すらも探す必要はなく、ひたすらモンスターとの戦いのみに集中することができる。
もしも彼らがいなければ、中層に達するだけで多大な負担があるだろう。彼らの心証がよくないと、アーザ第一部隊の冒険は上手いこといかないのだ。
だからアスは彼らの印象がよくなるように常に顔には笑顔を張りつかせ、自分は投資するに値する冒険者だと、強く示すのだ。
「じゃあ、オレはこれで今日は休むことにするよ!」
「ああ、アスもゆっくり休めよ!」
「明日も頑張ってね!」
仲間達との他愛のない話を終えたアスは、その場から立ち去って休息を取ろうとしたのだ。
ナザレとも別れて、一人で屋敷を出て自分の部屋へと向かう。いつでも冒険に行けるように同じ屋敷にアスの部屋はあるのだ。
廊下をたった一人で歩いていると、前から見知った顔がやって来た。
大男だった。
ナダだ。
タオルで汗を拭いており、もう一方の手には木剣も持っている。どうやら今までずっと訓練を行っていたようだった。
満足そうにしているナダの表情に苛立ったアスは、釘をさすように口を開いた。
「――仲間達を大切にしないと、ナダは冒険を続けることも出来ないんだよ?」
アス自身、苛立っている理由は分かっている。
先ほど、他の部隊の仲間達と絆を深めている時に、ナダの姿はなかった。彼は屋敷に帰るなりすぐに身を隠すように庭へと向かったのだ。仲間達への挨拶もほどほどに済ませるだけにして、自分の時間としてひたすらに訓練を行ったのである。
「俺には関係ねえよ――」
「そうかい? 君の冒険の為に、クランの皆が協力してくれているんだ。彼らへの誠意は当然だと思うけどね――」
「あいつらへの誠意を考えるなら、ひたすらに訓練をして、迷宮探索の“成果”で応えることだろう? そんな風に媚びを売ることに何の意味があるんだよ?」
ナダはアスの意見を我関せずといった態度で、聞く耳持たなかった。
「意味が、あるんだよ! 彼らの思いをしっかりと受け取って、彼らの地味な行動にも意味があると、オレ達は認めないといけないんだ! それがエースとして、クランを引っ張っていく立場なんだよ!」
そんなナダへアスが吠えた。
どうにもイライラしたのだ。
自分の努力が認められなかったことに対してなのかもしれない。
「意味ねえよ。それよりももっとアスも鍛えた方がいいんじゃないのか? この先、頭打ちが見えるぜ?」
「そんな訓練こそ、意味なんてオレは見いだせない! 木剣を振るうだけで強くなれるとでも? 古臭い! オレは、そもそもナダみたいな“無能”じゃないんだ! アビリティもあって、ギフトもあるんだ! だからそんなことをしなくても、迷宮に潜って戦うだけで自然と強くなるんだよ!」
アスは大きな声で感情を吐露した。
自分の行動を否定され、あまつさえ剣を振るうべきだと、時代遅れの訓練法を示された事がどうにも許せなかった。
「そうかよ――」
ナダは無表情で言った。
それ以上興味が無くなったのか、アスに背を向けて自分の部屋を目指す。激しい訓練を行たので体に少し疲労が溜まったような気がするので、早く休もうと思ったのである。
「ああ、そうだ! オレは天才だ! 双色なんだ! もっと強くなる! いずれはフォカオンをも超える男だ! そんな男が、今更剣を“ただ”振るうだけみたいな、そんな訓練はしない! ナダ、お前こそ、そんな訓練をしている暇があったら、身の振り方を考えたほうがいい!」
そんなナダの背中へ、アスは強い言葉をかけた。
だが、無視しているナダにより苛立ち、アスは隣の壁を右手で強く殴った。
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