閑話 第三のクランの主
クラーテルにある大きな屋敷。かつての火山灰に生まれた家を再建したので、屋根は真新しいが、壁には悠久の年月と共に石の表面が風化している。だが、現代でもしっかりと使われており、中からは野太い声が数多く聞こえるのだ。
中は、老若男女様々な者が多く集まっているが、誰もが屈強であり、顔や体に傷がある者も少なくない。どうやら全員が冒険者のようだ。彼らはとても長いテーブルが三つほど置かれ、それぞれが椅子につき、大皿の料理を豪快にフォークで取って食べ飲みしている。グラスは木のゴブレットで、中には赤ワインが注がれている。どうやら宴会を行っているようだ。
その最奥。真四角の大きなテーブルに、たった一人の冒険者が席について両手で掴むように肉の塊を食べている。
大男であった。岩のような男であった。骨はごつごつと大きく、首は太く発達している。背中は異様に発達しており、まるで地盤が割れたかのような大きな岩が椅子に座っているかのようだった。
髪は長らく切っていないのか異常に長く、腕には黒々とした手が生えている。まるで猛獣のようだ。それらで持つ肉は大きな筈なのに、男が持つとどうしても小さく見える。それを岩が割れた時のような鋭利な歯で食いちぎり、むしゃむしゃと噛み千切って食べるのだ。
それから大きなボウルに注がれたワインを片手で持ち、一気に腹に収めてから気持ちのいい長いげっぷをした。
そんな男の横に女のように綺麗な顔をしているが、がっしりとした体を持つ男が目の前に席について岩の大男へと、蠱惑的な笑顔で言った。
「ローシャさん、どうやらアーザに新しい冒険者が入ったらしいですよ」
「それが何か重要なのかよ?」
ローシャと呼ばれた岩のような男はさもつまらなそうに言う。
「ええ。どうやらコルヴォさんが自ら迎えて、クランに迎え入れた冒険者の様ですから。念のためにお伝えしようと思っただけです」
「あのひよっ子がか?」
「そうですよ。そのひよっ子が、です」
「それは少し気になるな。調べたのか?」
ローシャは少し興味を持ったのか、無精ひげが生えた顎を摩る。
「急いで列車で部下を送って、王都などで調べさせましたよ。ここでは無名ですが、どうやら“オケアヌス”では有名な冒険者のようです」
「オケアヌス――あの未開の地か」
四大迷宮が開かれた都市の中で、最も開発が遅れているのがオケアヌスだと言われている。理由は水上にあるため、過去の家を再利用しても、かなりの修繕が必要になる事と、パライゾ王国の各都市から最も離れた場所にあるので行く冒険者が少ないという事からだった。
さらに迷宮の環境も水が張っており、専用の装備が必要であり、足も滑りやすい事から他の迷宮の経験があまり通用しないので敬遠する冒険者が多いのである。
「ええ。そうです」
「それで、冒険の成果は?」
「驚くような記録ですよ。迷宮についてからはほぼソロでの攻略なのにも関わらず、中堅パーティー以上の成果。ここ数か月はパーティーを組んで、様々な記録を打ち立てたようです」
美しい男は感嘆しながらナダについてまとめた冊子をローシャへと渡した。
ローシャは険しい顔でそれらを捲っていく。
「……見知った名前が幾つかあるな」
「ハイスさん、ニレナさん、シィナさん、辺りは私達にもなじみ深い名前ですね。どれも優秀な冒険者です。他の冒険者も経歴を漁ってみると、学園のエリートが多いようですね」
「そんな奴らがこんな記録を打ち立てておいて……おい、最後の冒険の記録がないぞ?」
「どうやらそれは組合にもないようです。特例で認められたとか。ここまで優秀なパーティーが失敗したとかですかねえ~?」
美しい男はさも面白そうに語るが、失敗したとは思っていない口ぶりだった。
「ふん。きっと誰か“上”が絡んでいるんだろう。ハイスもいるから掛け合うのは簡単だからな――」
「そうですね」
「隠す程の事を成し遂げたのか、それとも――起こしてしまったのか。全員生きているようだから、やましい事はなさそうだけどな」
「私もそう思います。そんなパーティーのリーダーが解散をして、この町に訪れたのです。不思議だと思いませんか?」
「……思わねえな」
ローシャは美しい男へと資料を投げつけた。
「つれないですねえ」
美しい男は見事にそれを受け取った。
「この資料から見る限り、きっとマゴスでやる事がなくなったからこの町に来たんだ。ほっとけ――」
ローシャはつまらなそうに言った。
「おや、放っておくのですか?」
美しい男は意外な答えをローシャから聞いたので、驚いているようだった。
「ああ、そうだ。こういう奴には関わらない方がいいと、俺の勘が言っている。突いた先が化け物なら、俺の手に負えん――」
「ローシャさんでも手に負えない冒険者がいるのですか?」
「お前は俺を何だと思っていやがる? 俺は“英雄達”のような化け物じゃあないんだ。あくまで一般の冒険者だ。上は山ほど知っている。こいつはきっと、“そういうの”に近い――」
「やけに評価が高いですね。まだ彼は若いですよ?」
「年齢なんて関係ねえよ。あいつらのような化け物は、若くても化け物だ。俺も一人身近で見たことあるが、ああいうのは放っておくのが一番だ」
「あなたのような人でも、人並みに“恐れ”があるんですね――」
美しい男は意外なローシャの反応が面白そうに嗤った。
「ああ、そうだ。王都じゃあちやほやされているが、俺は人の子なんだよ。化け物と比べるな。それに資料をよく見たら、ナダとかいうそいつ、アビリティもギフトも無いじゃねえか」
「無い、ですねえ」
「無くて、その結果だ。まるで太古の冒険者の再来じゃねえか。手に負えねえよ」
ローシャはげんなりとしながら言った。
「私はそうは思わないですけどねー」
「――グラナダ、これはクランリーダーとしての命令だ。こいつには手を出すな。他の奴にも伝えとけ。もしもいらんことをすれば、俺がそいつを断罪すると」
ローシャは恐ろしい声で言った。
「おやおや、怖い怖い。それは念入りですねー。そこまでする必要が本当にあるのですか?」
「ある。俺はこいつを見てねえが、記録だけなら化け物だ。マゴスの件、俺は一つの可能性を感じている――」
「それは何ですか?」
「――攻略だ。マゴスを攻略し、もう潜る必要がなくなったから、次の迷宮に来た。そう思うと、こいつの記録にも納得いかないか? 記録がないのは攻略された事を隠したんだ。これからも他の冒険者にカルヴァオンを取って貰えるからな。いつか攻略できる、という夢を見させて」
「それは少し飛躍し過ぎな気もしますが、確かにそう考えると一理ありますね」
「だからつつくな。もしもこいつがマゴスを攻略したのなら、英雄かその卵だ。恐ろしい存在だ」
ローシャはおー、怖い怖いと嗤う。
「そんな人物なら、仲間に引き入れようとするんじゃないですか?」
美しい男――グラナダは嗤う。
「それはしねえ。いいか? ――英雄と言うのはどいつもこいつも世界が自分を中心に回っていると思っていやがる。そんな奴をクランに入れれば、崩壊するか、そいつに染められるかのどっちかだ。俺はどっちもごめんだね。ここは――俺のクランだ」
ローシャは深く唸るように縄張りを意識した。
「なるほど。仰せのままに」
グラナダは頷いた。
「そう言えば、“坊や”はいつ帰ってくるんだ?」
ローシャは思い出したように言った。
「坊やって、“コロア様”のことですか? 駄目ですよ。私達の出資者の一人なのに、そんなことを言っては」
「ふん。まだまだひよっ子に坊やと言って何がいけねえんだ。学園では結局“一番になれなかった”負け犬じゃねえか。まだまだ坊やだ――」
「おお、手厳しい。まあ、まだ発展途上ですから」
「で、いつだ?」
「“ヴァリア様”による手ほどきが終わるのはあとひと月ほどとの、連絡が来ています。どうやら訓練がうまく行っているようですね。特にヴァリア様の興が乗っているようで」
「雷のギフト使いはあまりいないとはいえ、あの偏屈な英雄が珍しいじゃねえか」
「私もそう思います」
くすくすとグラナダは笑った。
「ふん、遅いが、まあ若人には時間が必要か」
口元に少し笑みの浮かべたローシャは酒を一気に煽る。
余談ですが、王都の冒険者でも、トップクラスに評価が高いのがハイスです。
王都でも十指に入るパーティーのリーダーで、剣技もできる。更には収容系のアビリティという双色よりも希少な能力の持ち主です。
※第二巻発売中です。




