第三章
母は父の飲酒のせいで、すぐに無くなってしまう生活費を稼ぐため、日中家にいたためしがなく、そのため幼い恵子を二階の真上の部屋に住んでいた老婦人のところに預けていた。もちろん恵子とこの老婦人とは血縁ではない。母が言うには彼女は深川辰巳芸者あがりだったそうだけれど、本人はそれを公にせず、このことは公然の秘密だった。この老婦人、名前を佐藤静江といった。源氏名が何だったか、恵子は知らない。静江がそう云う事についてまったく語らなかったからだ。
静江はいつも地味だけれど明るめの着物に割烹着、髪はいつも後ろで丸くお団子に結って、自分で結んでいた。それと、これは内緒で恵子は気づいていることを静江に告げなかったというが、実は永く日本髪を結っていたせいか、お団子の下にはびっくりするほど大きな禿げがあった。
恵子は始終絵を描かせておくか、動物のテレビを見せておけば大丈夫な子供だったと言う。当時「野生の王国」という動物番組があったけれど、とにかく野生動物を見ているのが好きな子であった。
ある時母が段ボール箱に仔猫を入れて帰ってきたことがあった。拾ったんだか貰ってきたんだか判らないが、雉猫で、まだ小さく、啼いてばかりいるので、夜、恵子は箱に厚めのタオルを敷いて枕元に置き、啼く度にあやしたけれど、彼女もまだ幼かったのであやしているうちに眠ってしまい、眼が醒めたら段ボール箱は空になっていた。母に訊いても言い淀んで気まずそうにしている。その後も似たようなことが二度ほどあった。その時はわからなかったが、少し時間が経ってみてわかった。
父が捨てさせたらしい。
ある時犬ならいい、と民雄が言い出し、母が両耳の折れた雑種の仔犬を貰ってきたが、困ったことにこの犬は夜になると淋しいのか、三日夜通し啼き通した。いくら犬猫小動物の飼育自由なアパートとは言え、近所迷惑なのでこれも父に意見され返されてしまった。
一度お祭で静江に廿日鼠を買ってもらったことがあった。
「色の黒いのならわざわざ買わなくたってアパートにいっぱいお住まいなのにさぁ」なんて彼女は笑いながらお金を出した。
もちろん部屋へ持って帰ると民雄がうるさいので、静江の部屋へ置いてもらって飼っていた。
平和荘はほんとうにそういうところは自由であった。
大工の篠原さん一家は、民雄と同世代の、幸造と君子という夫婦に、男ばかりの三人兄弟で、末っ子のよっちゃんという子が恵子より一つ年上だったので、よくこの兄弟に遊んでもらえたのだけれど、この兄弟が、競い合っていろんな生き物を飼っていた。矮鶏、鶉、十姉妹、熱帯魚、モルモット、井守、雷魚……。この中で困ったのが矮鶏であって、何が困るのかと言うと、単純な話で、朝の四時前とかとんでもない時間帯に鳴くのだ。




