表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/12

九話 神獣召喚

前回のあらすじ・ずっと敵だと思っていたサイゼル子爵は、実は命を削って母さんを生かしていて……


 ルヴァン先生は片手に持った食べかけのお菓子をポイと投げ捨てると、傍らに置いてあったワイングラスを手に取り、中身を揺らした。


「はは、サイゼル先生、だから言ったじゃないですか。いくら貴方の魔力量があったって、枯渇症の患者に魔力を供給し続けるなんて術……半年も保てばいいほう、自殺行為だって。ほら今だって、こんな初級の攻撃魔法を防ぐ結界すら張れなかった。もう魔力が限界なんでしょう?」


 楽しそうに白ワインを飲み干すと、白衣の袖で口元をぬぐった。


「まあ、見世物としては秀逸でしたけどね。そこまでして貴方が助けたかった女の最後の希望は、ほら僕の手の内にある。欲しいなら、立ち上がって、国王くらい殺してみせてくださいよ。自分の娘を王太子妃にして聖教を国教にさせる、なんてまどろっこしいこと言ってないでさぁ」


 ルヴァン先生の投げたワイングラスが、サイゼル子爵の頭のすぐ傍らに落ち、砕け散った。ガラスの破片を浴びたサイゼル子爵は、倒れたままわずかに身じろいだ。


「ぐ……」


 ルヴァンは肩をすくめて、冷ややかに続ける。


「そっか、魔力切れなんでしたっけ。まあどっちでも良いか。先生が殺すんでも、僕が殺すんでも。国王と、王弟と、王太子が死ねば。冥土の土産に、先生が見たがっていた『神獣』を、これから見せてあげましょう」


 クスクスと笑うルヴァン先生に、わたしは思わず声をもらした。


「ルヴァン先生が……? まさか、本当の黒幕……?」


 そうだ。ルミカーラ様が言っていた。公爵家の影がさぐっても、サイゼル子爵と神聖国とのつながりは見つからなかった。サイゼル子爵はほぼ屋敷に引きこもっていて、外出するのは、魔法学園に来てわたしの担当教師、ルヴァン先生と会うときだけ。


 王太子殿下や側近たちと親しくなったのを、物語の強制力だと思っていたけれど……あれも、きっかけはルヴァン先生だった。

 編入生であるわたしの世話を、ルヴァン先生が生徒会に丸投げしたから。王太子殿下は生徒会長として、やっかいな教師に振り回されるわたしを心配してくれていた。


 あれも、これも、ルヴァン先生がサイゼル子爵の協力者――いや、黒幕だったから? わたしを王太子殿下に近づけ、篭絡させるための手助けだった?


「やあリヴィア。ここ半年、ずいぶん頑張っていたねぇ。お母さんを助けたかったんだもんね? 好きでもない男にしっぽ振って、苦手な恋愛遊戯に明け暮れて。すっかり王太子を手懐けたじゃないか。思った以上の素晴らしい働きだったよ」


 視界の端、結界の中で王太子殿下が顔色を失ったのが見えた気がした。

 ごめんなさい、王太子殿下。

 貴方の善意を、好意を、わたしは利用した。


「僕はね、神聖国の教主の息子なんだよ。この国で言うところの王子様ってやつ? ただ、この国とちがって教主の息子は数が多くてね、その全員がいろんな国に潜り込んでる。聖教を広めるためにね。僕は四男だけど、この国の王家を倒して聖教の教国にできたら大逆転、次期教主にだってなれちゃうかもしれない」


「……そのために、この国を?」


「魔法学園の当時の天才魔法教師、キミの父親が、神聖国の召喚魔術を欲しがっているのを知ったからね。もぐりこむのは簡単だったよ。でもまさか、天才が自分のすべてを引き換えにして望んでいるのが、魔術の神髄とかじゃなくて、メイドあがりの愛人の治療法だったなんて、とんだ笑いぐさだけど」


「……」


 何も言えず、わたしは唇を噛んだ。


「まあね、ほんとは教主の跡継ぎなんて面倒なことはどうでもいいんだ。僕はこの『黒竜』が好きなんだよ。こんな狭いスクロールに閉じ込めておくなんてかわいそうだろ? 召喚魔法の極致、初代教主の描いた『黒竜』が自由に思いっきり暴れられて、破壊してもいい遊び場を、ずぅっと待っていたんだ。だって、もうこうなったら、君が王太子妃になることもないだろうし、外交でも交渉でもこの国が聖教を信仰することなんてないだろう?」


 ルヴァン先生は、黒い笑みを深くした。


「もう力技で滅ぼして、聖教の信仰国にするしかないって、父も納得してくれるさ」


 立ち上がったルヴァン先生は、白衣の胸元から黒い巻物を取り出し、空にかざす。次の瞬間、ルヴァン先生の魔力が巻物にまとわりついた。


「『黒竜』召喚!」


 次の瞬間、講堂の天井が爆音とともに吹き飛び、スクロールから空へ湧き上がるるように夜空へ黒い巨体が広がった。

 全長十五メートルくらいか、漆黒の鱗に覆われたその姿は、まるで夜そのものが具現化したかのようだった。

 赤い瞳がすがめられ、巨大な翼が一振りされるたび、突風が巻き起こる。


「ルミカーラ様!」


 赤いドレスの公爵令嬢が、スケッチブックを手にスレイプニルにまたがり、黒竜の足元を走り抜けていった。その後ろには、ケルベロスに乗ったクマ先生が、クマ先生の頭上には銀色の小龍が続く。


 「来たれ有翼馬(ペガサス)有翼獅子(グリフォン)迦陵頻伽(かりょうびんか)!」


 幾重にも重なった魔法陣から現れたのは、一対の翼を持つ純白の馬――ペガサス。

 続いて、鷲の翼と頭を持つ黄金の獅子・グリフォンが、咆哮と共に現れる。

 最後に、美女の上半身に鳥の翼と下半身をもつ迦陵頻伽が、空中を舞いながら姿を現した。


 「黒竜を止めて!」


 轟音とともに講堂の天井がさらに崩れ、巨大な黒竜の咆哮が空気を裂き、炎が舞い上がった。


 ルミカーラ様が召喚した幻獣が黒竜に立ち向かう。

 けれど黒竜の巨体は彼らをものともせず、翼の一振りでペガサスを弾き飛ばし、炎の息でグリフォンと迦陵頻伽を牽制する。

 ルミカーラ様とクマ先生を降ろしたスレイプニルとケルベロスは疾風のごとく駆け、あるいは八つの蹄で黒竜を蹴りつけ、あるいは黒竜の前脚に噛みつき、黒竜の鱗を引き裂こうとする。

 銀龍は空中から急降下し、鋭い爪で黒竜の翼膜を切り裂き、口から放つ白銀のブレスで黒竜の顔面を凍らせる。

 黒竜は、ケルベロスの牙にわずかに顔をしかめ、スレイプニルの蹄に身を揺らすが、圧倒的な巨体はびくともしない。

 銀龍のブレスは黒竜の顔に直撃し、鱗の一部が凍り付いたが、黒竜は翼を大きく広げて銀龍を振り飛ばした。


 「グオオオオオォォォッ!!」


 黒竜の咆哮とともに、口から炎が放たれる。


 ケルベロスが炎を浴びて光の粒となって消え、スレイプニルもその熱風にたじろぐ。銀龍は素早く空中を旋回して炎を避け、再びブレスを吐きかけるけれど、黒竜の尾がしなって銀龍を講堂の瓦礫の中へと叩きつけた。

 その隙を突いて、グリフォンが背後から、ペガサスとスレイプニルが左右に回り込み、黒竜を蹄で蹴りつける。蹄が火花を散らすが、大きさの違いは圧倒的で、黒竜は痛みに顔をしかめ振り払おうとはするものの、決定打とはならない。


 「これが……神獣……!」


 騎士たちも必死に剣や槍で黒竜に立ち向かうが、その様はまるで蟷螂之斧。

 攻撃はことごとく弾かれ、黒竜は騎士たちを無視して歩を進める。


 黒竜の表情はよく分からないが、幻獣たちの攻撃を受けながらも、どこか楽しんでいるように見えた。

 その巨体は、絶望そのもののように学園を支配していた――


◇◇◇


 燃える講堂の尖塔の上。


 傍らにはお菓子の山と赤ワインのグラス、くしゃりと置かれた白衣。

 窓の石組みに悠然と座り、手にしたレポート用紙に何やら考えながら書き込んでいるルヴァン先生のもとへ、わたしは歩み寄った。


 ここへの階段は崩れていたけれど、ルミカーラ様が喚んだ迦陵頻伽様に運んでもらった。

 黒竜の咆哮が、空間を震わせる中、わたしの声は静かに、しかしはっきりと響いた。


「ねえ、先生」


 ルヴァン先生がペンを止め、振り返る。


「おやどうしたんだいリヴィア。治癒魔法しか能のない君がこんなところに来ても、僕は倒せないよ」


「倒す? わたしは、確認しに来たんです。母さんは、子爵に毒を盛られていたんじゃなく、本当に魔力枯渇症だった。魔力枯渇症の患者を治すには、神獣の血を呑ませるしかない。そうなんですよね? 先生が召喚した黒い竜が、神獣?」


「そうだよ。サイゼル先生の研究によればね。サイゼル先生やルミカーラ嬢が召喚したのは幻獣で、神獣っていうのは竜のことだ。神聖国の開祖は人型の神すら喚べたそうだけれど、もうそのスクロールは現存していない。僕が受け継いだのは黒竜。黒い鱗に炎が映えて、ほらあんなに綺麗」


 芝居がかった仕草で黒竜を指し示すルヴァン先生に、わたしはにっこりと微笑んだ。


「……ねえ、先生。わたしを仲間にしてくれませんか? わたしの腕で、あの黒竜に傷を負わせて血を採るのはどう考えても無理です。わたし、母さんと一緒に暮らせるなら、国なんてどこでもいいんです。今からでも、結界に閉じ込めた王太子を手土産に神聖国に付いたら、母さんを助けてくれますか?」


 一瞬、ルヴァン先生がぱちくりと目を瞬いた。

 それからプッと吹き出す。楽しくてしょうがないというように笑い出した。


「ははっ、君のそういうところ、嫌いじゃないな。思い切りがいいよね、本当に。そうだねぇ、僕は君の治癒魔法を結構評価しているんだ。治癒反転とか傑作。父もきっと欲しがるに違いない」


 わたしは、手を合わせて花開くように笑った。


「良かった! ありがとうございます!」


 それからルヴァン先生に歩み寄ると、食べ散らかしたお菓子を見下ろした。


「でも、先生との付き合いが続くってことは、ずーっとわたしが片付け役ですか? 脳に糖分が必要なのは分かりますけど、いい加減、片付けを覚えてくださいよ」


「ここを片付ける必要なんてある? 瓦礫じゃないか」


「……またそういうことを」


 言いながら、わたしはあちこちに散らばったお菓子の包み紙を拾い――瓦礫につまづいて転んだ『ふり』をした。

 倒れた私の目の前には、食べかけのお菓子の山と、ワイングラス、脱ぎ散らかされた白衣。


「いったぁ」


「おいおいリヴィア、しっかりしなよ」


 手を貸そうとしてくれた先生に、ほんの少しだけ良心が痛む。

 わたしは手のひらに隠し持っていたナイフを、ルヴァン先生の白衣へ突き立てた。その中にまぎれていた、黒竜が抜け出した後の召喚用スクロールへと。


「……!?」


 ルヴァン先生が理解するより早く、わたしは叫ぶ。


「――反転!」


 魔力が爆発的に走り、スクロールへと黒い光が逆流する。

 黒竜の咆哮が、尾を引くように消えていく。

 その巨体が、まるで巻き戻されるように、奔流となってスクロールの中へ吸い込まれた。


 学園を睥睨していた黒竜の姿が完全に消え、スクロールに黒々とした見事な筆致の竜の姿が現れる。何百年前の絵だかしらないけれど、まさに神絵。仕方がなかったとはいえ、その中央に傷をつけたのは世界遺産に落書きしてしまったような罪悪感がある。


 ルヴァン先生は呆然と、そのスクロールを見下ろした。


「……馬鹿な……こんな、ことが……」


 わたしはニヤリと笑ってルヴァン先生を見上げた。


「治癒魔法が反転できるってことは、他の魔法も反転できるんですよ。魔力の流れをいじるっていう理屈は同じですからね」


「……理屈が同じでも、普通はできないもんなんだよ、こんなまね……」


 ルヴァン先生は、しばし沈黙した後、ふっと笑みを浮かべた。


「……やれやれ。まいったな。結局君は、母親の命より国をとったわけだ。とんだ見込み違いだ。僕はこれから、君を殺してスクロールを奪い返さなくちゃならない。僕はこれでも、結構君のことを気に入ってたんたけどなぁ」


 そのままルヴァン先生は手をかざし、火の攻撃魔法を発動する。けれど――


「結界!」


 0.1秒遅い。

 わたしはすかさず、王太子殿下を守ったのと同じ結界を展開した。

『ルヴァン先生の周り』に。


「っ……!?」


 ルヴァン先生は結界の内側で壁を叩いているけれど、魔力も声も外に漏れない。

 この結界、実は普通の結界ではなく、『隔絶結界』という、大昔の魔法だ。

 王太子殿下を守る都合上、自分が死んだ後も残り続ける結界を探していてたどり着いた。


「先生、聞こえてます? 先生なら知ってるでしょう? これ、『隔絶結界』っていうんですよ。外からの攻撃だけでなく、内側からの魔法も干渉も完璧に防ぎます。先生がおっしゃったように、たしかにわたしは治癒魔法と結界しか出来ませんが……発動にかかる時間はすっごく練習したんです。0.2秒……先生より、0.1秒早い」


「……! ……!」


 ニコニコと笑って説明するわたしに、結界の内側からルヴァン先生が何か怒鳴っている。


「ああ、先生は魔法の天才ですもんね。こんなところに閉じ込めたところで、結界が消えた瞬間に攻撃魔法で周りを焼き尽くしてやる、騎士なんかいたところで役に立たない、とかそんなこと言ってます?」


 わたしはとっておきの笑顔を向けた。


「……安心してください、この『隔絶結界』、期限は五日にしてあります」


「……!?」


「人間が水なしで生きられる限界って知ってます? 三日です。いくら先生が魔法の天才でも、治癒魔法は使えない。この結界、酸素は通す式にしてありますけど、水は通さない。水魔法なんて使ったら一瞬でお陀仏です。さっきワインを召し上がっていましたけど……生きていられるといいですねぇ、五日後まで」


「……!」


 ドンドンと結界の内側を叩いているルヴァン先生が、さらに何かを言っている。

 声は聞こえないけれど、何を言いたいのかは大体分かる。


「ああ、母さんのことを心配してくれているんですか? 優しいですね、ルヴァン先生。でも、先生によれば、神獣っていうのは竜のことなんですよね? さらに人型の神は竜より上位だと。先生はご存じないかもしれませんが……クマ先生が召喚した白銀の召喚獣、あれ、龍なんですよ。わたしの故郷だと、龍に羽はないんです。そして――」


 わたしが伸ばした腕に、待機していた迦陵頻伽様が止まる。わたしと同じくらいの大きさなのに、とても軽い。美しい女性の半身に、極彩色の羽を持つ、極楽浄土に住む仏の鳥だ。


「迦陵頻伽様を喚べたルミカーラ様なら、人型の神すら喚べると――わたしはそう確信しています」


 結界の壁にそってズルズルと、ルヴァン先生がくずおれた。



 黒竜が消えた講堂の周りでは、消火活動が本格的に始まっていた。


 ルヴァン先生を騎士団に引き渡したいところだけれど、基本的に隔絶結界はその場から動かせない。

 わたしは迦陵頻伽様につかまってふわりと地上に降りた。


 途中、屋根が落ちた講堂の中、わたしが施した結界の中の王太子殿下の姿が見えた。


(良かった。少なくともわたしは、王太子殿下は守れたんだ。ちょーっと学園は壊れちゃったけど)


 地面に降りると、スレイプニルに横乗りしたルミカーラ様が駆け寄ってくれた。

 そのままスレイプニルから飛び降りざまに、ぎゅーっと抱きしめられる。

 実はルミカーラ様、原作通りとっても身体能力が高いんじゃなかろうか。


「リヴィア……! 無事だったのね! 良かったわ!」


「ルミカーラ様……ルヴァン先生はもう大丈夫です、なんにもできません」


「突然黒竜が消えて……貴女のおかげだったのね。何をどうしたのかは後で聞くにしても、怪我はない? 無茶したんでしょう? でも、よく頑張ったわね」


 まずわたしの身を心配してくれるルミカーラ様に、わたしは泣きそうになった。

 そうだ、わたしは頑張った。死にそうなくらい頑張った。

 だから。


「ルミカーラ様、お願いがあります」


「なあに? ルヴァン先生の確保? それとも子爵のことかしら? 貴女のおかげで王太子殿下も無事だったわよ? ああ、お風呂も入らなくちゃね? それともお腹がすいたかしら? この学園の再建もちゃんと手配するわ」


 温かなルミカーラ様の腕の中で、わたしはグッと拳を握りしめた。


「クマ先生に頼んで、銀龍の血を採らせてください! それで母さんが助かるかもしれないんです!」


 ルミカーラ様はキョトンと目を瞬いた。


気に入ってくださったらブックマークお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ