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七話 リヴィアvs.召喚獣

前回のあらすじ・ルミカーラ様の協力で、『レイつま』通りの婚約破棄&断罪が行われることに。


「ルミカーラ・フォルゲンシュタイン公爵令嬢。君のリヴィア・サイゼル嬢への悪質な嫌がらせは目に余る。内々に君との婚約話が進んでいた僕と、リヴィア嬢が親しいことに嫉妬しての行動だろうが、低位貴族ならば虐げても良いというその性根、そんな女性を王妃に据えることは出来ない。婚約話は白紙に戻してもらおう」


 卒業パーティにて。

 台本通り朗々と蒼花先生――じゃなかったルミカーラ様を断罪する王太子殿下は、何故か顔色が悪い。

 その視線は、何故かルミカーラ様ではなく、少しずれた右後ろへと向けられている気がする。ルミカーラ様の後ろにいるのは、彼女のゼミのもっさりクマ先生だけだけど。


 卒業パーティということで、制服ではなく赤に黒いレースのドレス姿をまとったルミカーラ様は――いや、ぶっちゃけ誰?というくらいに化けていた。

 ドレスのチョイスは、悪役令嬢らしさを追求した蒼花先生の遊び心なのだろうけれど、いつもはもっさりとした髪はきれいに編み込まれ、前髪は完璧なラインを描いて右側だけふんわりと垂れ、後れ毛の一本一本まで計算され尽くした美の精緻だった。眼鏡を取った瞳は朱色の濃い睫毛に彩られたガーネット、化粧はさほど濃くないように見えるのに息を呑むような艶やかさがある。公爵家のメイドさんたちのガッツポーズが見えるようだ。

 いやホント、普段のもっさり具合はなんだったの?

 これだけの逸材をもっさりに埋めさせていたなんて、公爵家のメイドさんたち普段泣き暮らしてるんじゃないだろうか?


 中身が蒼花先生でも、ルミカーラ様はそこにいるだけで主役だった。『レイつま』の美麗イラスト――あちらは二次元でこちらは三次元なので、そのまんまというわけではないけれど、あの世界観が舞台化されたらかくやという凜々しい美しさだった。


 対峙する王太子殿下(プラスオマケのわたし)とルミカーラ様を遠巻きにして、学園生や保護者達はザワザワしている。

 公的な場での王族の婚約破棄にざわめいている……というよりも、『ルミカーラ様って誰? フォルゲンシュタイン公爵家に令嬢なんていたの? むしろ学園にあんな令嬢いたっけ?』という動揺のざわめきである。


 まぁ、親友を自称するわたしをして、別人に見えるのだからしょうがない。


「王太子殿下、この婚約話が政略であるということをご承知の上でのご発言でありましょうか」


「当然だ。君を王太子妃とするのは不可能だ」


 王太子殿下のコメカミに、一筋の汗が伝う。

 大勢の前で話したり注目されていることに慣れている王太子殿下だからと安易に一任してしまったけれど、慣れない演技に緊張しているのだろうか? だとしたら悪いことをした。しっかりしているように見えて、王太子殿下もまだ十八歳。前世と今世の年齢合わせて三十越えのわたしからすれば、まだまだ子どもだ。


「先ほどのご指摘、わたくしには全く身に覚えがございませんわ」


「記憶にないというのは高位貴族の常套文句だ、信用は出来ないな。ともかく、何があっても、太陽が西から昇っても、君を我が妃に迎えることはしない。そんな恐ろしい……いや、ゴホッ、僕の妃には、このリヴィア・サイゼル嬢を迎えるつもりだ。僕はもう、リヴィア嬢以外考えられない」


 王太子殿下の台詞の途中に、台本にない言葉が混ざった気がする。やっぱり緊張しているんだろう。わたしの手をぎゅっと握ってきた。巻き込んでごめんね、の気持ちを込めて握り返すと、王太子殿下が驚いたようにこちらを見て、それから嬉しそうに微笑んだ。


――演技、演技だよね? やばい、なんでか今ちょっときゅんと来たわ。


「サイゼル子爵、こんな場での報告になって申し訳ないが、リヴィア嬢を僕にもらえないだろうか? 一生大切にすると約束する」


 王太子殿下の真剣な眼差しが特定の方向に向けられると、サッと人垣が割れ、奥から養父――サイゼル子爵が歩み出て来た。

 痩せていて筋肉のない、いつも顔色の悪い子爵だが、顔は整っている。卒業生の親でもないので、本来はこの場にいるはずもないのだけれど、わたしに卒業パーティでとっておきのサプライズがあるからと呼び出され、密かに保護者に紛れ込んでいた。


 サイゼル子爵からすれば、王太子殿下からのわたしへの求婚は寝耳に水。ビッグサプライズだ。しかも、悲願達成、物凄く良い方の。

 普段は青白い顔が紅潮し、ふるふると震えながらも喜びに唇が歪んでいる。

 それはそうだろう。神聖国に心を売り、聖教に帰依しているサイゼル子爵にとって、絶対に逆らえない手駒であるわたしが王太子妃になるということは、大金星、聖教によるこの国の支配への大きな一手なのだから。


「王太子殿下……我が不肖の娘に何ともったいないお言葉でしょう。身に余る光栄、有り難くお受け致します。ああ、暁の太陽に栄光あれ」


 ピクッ、と王太子殿下のつないだ手が震えた。

 いくら事前に聞いていても、まさか、という思いがあったのだろう。


「……サイゼル子爵、今の言葉はどういう意味だ?」


 王太子殿下の低い声が這うように響き渡り、そのただならぬ気配に、ざわついていた会場が、シン、と静まり返った。

 喜びに紅潮していた顔色から一転、サイゼル子爵の顔から血の気が引いていく。


 聴衆たちが、また少しずつざわつき始める。


「な、なんのことでしょう。王太子殿下がリヴィアを大切にしてくださると約束してくださった、そのことにお礼を申しあげたつもりですが」


「……『暁の太陽に栄光あれ』というのは、ソーレ神聖国で信仰されている聖教、その中でも過激派と呼ばれる秘密結社の符牒ですわ、王太子殿下。我が国の貴族が口にするとは、おかしなことですわね」


 美しい微笑みを浮かべ、ルミカーラ様が王太子殿下に説明するていで、聴衆に分かりやすく現状を解説する。


(ああ、『レイつま』の再現だ)


 美しい、断罪からの反転劇。ざまぁの舞台。追い詰められる子爵。そして、わたしは子爵の手駒。

 握りつぶすように力の込められた王太子殿下の手に、胸の詰まる思いがする。

 王太子殿下が、わたしを気に入っていてくれていたのは多分間違いない。それなのにわたしたちの未来はここで別れる。……けれど、せめて。最後に。


「どういうことだ、サイゼル子爵? 我が国の貴族が、まさか敵対国であるソーレ神聖国の聖教を信仰し、あまつさえ過激派の構成員だということか? 答えろ! 子爵!」


「……」


 サイゼル子爵は唇を噛んで沈黙した。

 普通だったら、聞き間違いです、とか、王家を太陽に例えたのです、とかいう言い訳が口をつく場面だろう。しかし、教義の厳しいソーレ神聖国の信徒にそれは許されない。そしてさらに言うなら、己の人生に幸運が訪れたとき、神に祈りを捧げるのは信徒の戒律でもある。先ほどの場面で、サイゼル子爵が何らかの祈りを口にしないというのはあり得なかった。

 この卒業パーティが、自分をはめるための罠だと気付いていれば別だろうけれど、王太子殿下とルミカーラ様より、王太子殿下とわたしのほうが親しかったのは事実。定期的に学園に顔を出し、わたしの担当教諭であるルヴァン先生と面談していたサイゼル子爵にも、婚約破棄からの婚約打診はありえない絵空事ではないと思えたのだろう。


 人は、自分に都合の良い情報を信じるもの。

 サイゼル子爵は、自分に都合の良い未来を信じたのだ。


「サイゼル子爵が何もおっしゃらないのならば、わたくし、ルミカーラ・フォルゲンシュタインから申し上げたき議がございます」


 高らかに宣言してからの、ルミカーラ様の断罪は実に見事だった。

 次から次へと出てくる証拠、証人。これだけ揃えておいて、どこが『クロ寄りの灰色』だというのか。まるで舞台劇を見せられているかのよう。――そうだ、ルミカーラ様の中の人は、蒼花先生だ。見せ方というものを知っている。


 わたしが母さんを人質にとられ、サイゼル子爵に逆らえなかったこともつまびらかにされた。


 さらにこの卒業パーティで普段は引きこもっているサイゼル子爵が屋敷にいない隙をつき、公爵家の手の者が既に母さんを救出したと聞き、わたしはその場にへたり込んだ。

 そのわたしの手を、未だに王太子殿下が握っている。


「外患誘致の上、王族まで惑わせようとしたのです。リヴィア嬢が義憤に駆られ、お母さまを人質にとられながらも我らに利さなければどうなっていたことか。何か申し開きすることはありますか、サイゼル子爵?」


 それまで、血の気は引きつつも表情もなくルミカーラ様の言葉を聞いていたサイゼル子爵が、ギロリとわたしを睨んだ。

 そう、わたしは知っている。この男が、飼い犬に手を噛まれたと知ったら……その憎悪は、王太子殿下でも、断罪したルミカーラ様でもなく、わたしへ向くこと。


「お前か……お前が裏切ったのか! 母親の命より、保身をとったか! やはりお前に生かす価値などなかった」


「何が保身よ! よくも母さんを助けてやるなんて嘘を……母さんに毒を盛ったアンタなんかに大人しく従っててたまるもんですか!」


「何も分かっていない小娘風情が、生意気な!」


 サイゼル子爵が、懐に手を突っ込んだ。

 来る! 来る! 


「リヴィア、僕の後ろに隠れて……! っ? ……え?」


 わたしは握られたままの王太子殿下の手にすがって立ち上がると、全力で王太子殿下を後ろへと突き飛ばした。同時にわたしの能力で可能な、最強の魔法防御『隔絶結界』を施す。

 王太子殿下が、必死に中から防御壁を叩いているけれど、声は聞こえない。


 多分、『なんで』とか『僕が君を守る』とか言ってくれているんだろう。でも、これでいい。わたしはこのためにここにいたんだから。


 『レイつま』の王太子殿下は、この場面で、黒幕の手駒だと分かったはずのリヴィア・サイゼルをかばって死ぬ。


 自分を騙していた、計算尽くで近づいただけの詐欺師で、リヴィアに恋だの愛だのキラキラした想いはなかったと理解したのに、王太子殿下はリヴィアを愛したままだった。混乱しただろうに、傷ついただろうに、我が身を棄ててリヴィアの生きる未来を遺そうとした。


 主人公ルミカーラも格好良くて好きだったが、王太子殿下も別のベクトルで推しだった。

 この世界が『レイつま』の世界だと分かったとき、わたしが立てた目標は二つ。『母さんを絶対に助ける』ことと、『王太子殿下を死なせない』ことだ。


 たった十八年しか生きていない子どもを、一度は死んだわたしなんかの身代わりに死なせるわけには、いかないじゃない?


「来たれ『冥府の番犬ケルベロス』、幻獣召喚!」


 サイゼル子爵が、懐から取り出した巻物スクロールを広げ、頭上にかざす。そのサイゼル子爵を中心に、複雑な円模様が幾重にも重なる魔法陣が展開される。その中心には、召喚される魔獣を表すだろうケルベロスの古典画。あれだ、何とかグラフとかいう、前世で見た定規と歯車を組み合わせたオモチャで描いたデザインに似ている。


 サイゼル子爵の前方の空間が割れる。


 視界の端には、卒業パーティの参加者を必死で避難させている近衛騎士の皆さんが映った。王太子殿下や公爵家の威光でなるべく多くの騎士さんたちを配備してくれたけれど、騎士さんたちに事前に事情を説明するわけにはいかなかった。騎士さんたちが参戦してくれるにはちょっと間がありそうだ。

 倒せないまでも、その時間は稼がなくては。


 サイゼル子爵が攻撃の最優先にわたしを見据えていてくれるのはもっけの幸い。

 わたしは、空間の割れ目をこじ開けるかのように姿を現した、体高三メートルを越える巨犬の前足が踏み降ろされるまさにその真下に魔道具を投げつけ、ばらまいた。

 ドレスのスカートの中から取り出したから、王太子殿下から足が丸見えだっただろうけど、今はそれどころじゃない。


『グゥッ!?』


 踏まれた衝撃で、魔道具が破裂する。そこからケルベロスの肉球の隙間の柔らかい部分に、トゲのような破片が食い込む。最初に召喚されたのが、『レイつま』の記憶通りのケルベロスで良かった。これが蹄の生き物だったらこうはいかなかった。

 犬好きなわたしとしてはちょっと心苦しい。けれど、この、ねじれ歪んだ姿は犬というには無理がある。きっと無理矢理召喚された弊害なのだろう。前世の某国民アニメ映画の巨大兵のようだ。ここで倒さなくても、きっと早晩形を維持出来なくなりそうだけれど、それを悠長に待っているわけにはいかない。

 何しろ、攻撃目標第一位はわたしなので。


「『治癒反転』!」


 歪んだケルベロスの左前足が、つま先から崩れ落ちていく。毛皮でぱっと見には良く分からないけれど、皮膚はおそらくチアノーゼのような紫に変わっているはずだ。

 しかし、前足一本がなくなったところで、崩壊は止まってしまった。

 王太子殿下に付き合ってもらった魔獣討伐では、心臓や脊椎などの重要臓器まで反転出来たが、やはり召喚獣は魔獣より手強い。魔道具を通した分、私の魔力の通りが悪いのかもしれない。


「ケルベロスがっ! 偉大なる召喚獣に何とむごいことを……お前の仕業かっ! 私に逆らうだけでは飽き足らず!」


「そんな崩れかけた魔獣の足一本奪ったからって、どこが酷いのよっ! 母さんに毒を飲ませた恨み、この程度で済むと思わないでよねっ」


 わたしは再びドレスをまくり上げると、太ももに縛り付けておいたクロスボウを取り出した。

 これまた前世のうろ覚えで造り上げた魔道具だ。素人なわたしが半年やそこら練習したところで、魔獣に刺さるレベルに弓が上達することはなかった。

 苦肉の策ってヤツだ。


 視界の端で、王太子殿下が両手で目を覆い、でも指の隙間からガッツリわたしの足を凝視しているのが見えたけれど、やっぱり今は気にしている暇はない。


「くらえっ」


 既にセットしてあったクロスボウの安全装置を外し、ケルベロスの真ん中の頭を狙って放つ。ボッという音がして、右胸の下が一抱えほどえぐれた。

 当然、クロスボウ単体にそんな威力はないから、仕込んだ反転治癒魔法の効果だ。狙いからは逸れたけれど、的が大きいからとりあえず当たった。地雷型魔道具より効果範囲が狭いのは、クロスボウで付けられた傷が小さかったからだろう。


 このクロスボウ型魔道具の難点は、次の矢をセットするのに手間がかかることだ。

 わたしはためらいなくクロスボウを投げ捨て、反対の太ももに括り付けておいた短剣を取り出した。

 地雷型魔道具よりクロスボウより、わたしが直接握った剣が当たれば、反転治癒魔法の効力は上がるはず。

 問題は、わたしの腕で召喚獣に傷が付けられるかだけど……


 まあ、勝算はある。

 犬は、爪で攻撃しない。

 攻撃は、牙が基本だ。

 まして、前足をひとつ失っているケルベロスは、わたしに攻撃するなら確実に噛みつく。竜のブレスのような飛び道具もない。

 だったら、食べられる瞬間、確実に口内にわたしの剣は刺さる。


 わたしの魔法のいいところは、わたしが死んだ後もしばらくは効果が持続することだ。王太子殿下の防御壁しかり。反転治癒魔法しかり。


「さぁ、来なさいよ! わたしを殺したいんでしょう!?」


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