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五話 リヴィアの望むもの

前回のあらすじ・もっさり絵師にジョブチェンジした剣姫に、リヴィアは危機感を抱く。


 わたしは決意した。


 蒼花先生も、王太子殿下も、その他の人たちも、わたしが守ってみせる。

 サイゼル子爵の罪はフォルゲンシュタイン公爵家が暴いてくれる。公爵家の影は優秀だ。そこは疑わない。

 だとしたら、王太子殿下の攻略とか、信じてもいない聖教の布教とか、そんなことに時間を使っている場合ではない。召喚される魔獣の対策を考えなくては。


 真っ先に考えたのは、サイゼル子爵が隠し持っている召喚用スクロールを盗み出すこと。

 次に考えたのは、『レイつま』の剣姫ルミカーラや剣聖ベアトルト王弟にはかなわないまでも、騎士団の騎士たちを配備してもらって召喚獣に対応してもらうこと。


 検討したけれど、両方とも却下だ。

 サイゼル子爵は用心深い。一週間に一度は報告のために子爵家へ行っているけれど、神聖国から召喚用スクロールを入手できたかどうかすらしゃべらない。持っていたとして、あのオッサン、おそらく、召喚用スクロールを肌身離さず所持している。寝ているときさえもだ。盗み出すのはほぼ不可能だし、もし盗み出せたとしても、バレた時点でジ・エンド。わたしも母さんも殺される。特に母さんは、未だに意識が戻らない。抵抗もできない。

 騎士団長や騎士団を配備してもらう案だけれど、もちろんわたしにそんな権限はない。王太子殿下にお願いして……というのも考えてみたけれど、ぶっちゃけ、騎士が束でかかれば召喚獣に勝てる! という確信がない。

 それに何より……騎士団長や騎士の人たちが、大勢死ぬかもしれない。それなのに、自分では何もせず丸投げして、戦ってくれなんて言えない。

 きれい事なのは分かっているけれど、王太子殿下にお願いして、何かの理由をでっちあげて、騎士団を配備してもらうとしても、わたしが打てるだけの手段を全て講じてからだと思った。


 いろいろつらつら考えたけれど。

 結論。わたしが強くなって魔獣を倒す。


 もちろん、あの天賦の才を持つルミカーラ様が、さらなる剣聖ベアトルト王弟を師に十数年の研鑽を積んでたどり着ける戦闘能力で、やっと五分に戦える召喚獣だ。素人のわたしが半年ばかり必死に鍛錬しても、まともに戦うことは不可能だろう。


 では、わたしの強みは何か?

 やたらな貴族より強い魔力と、治癒魔法だ。


 あの池に落ちたときから、わたしの治癒魔法は目に見えて強くなった。

 ルヴァン先生の研究室で引っ張り出した治癒魔法の古い資料によると、治癒魔法使いというのは、自分が過去に負った傷の治癒は得意になるらしい。死にかけると全体的な治癒能力もアップする。

 誰もが知ってる前世名作漫画の戦闘民族か、と心の中で突っ込んだけれど、まあ、ありがたいっちゃありがたい設定だ。

 ただしこの世界の治癒魔法使いは希少で守られているので、滅多に死にかけたり怪我したりすることはなく、ほとんど忘れられた裏ワザらしい。


 王太子殿下の攻略なんてほっぽりだし、研究室と資料室にこもって治癒魔法の資料を読み漁った結果、わたしはひとつの結論に達した。

 治癒魔法でも、戦える。

 前世の記憶が戻ったわたしにはひとつ、心当たりがあったのだ。

 とある古典ファンタジーで、主人公がたった一度だけやっていた反則技。治癒力の高い魔獣の治癒の流れを反転させると、小さな傷口がみるみる広がっていって魔獣は肉塊と化した。

 あれが、わたしにも使えれば。


◇◇◇


 数ヶ月かかったが、わたしは理論上、治癒魔法の反転に成功していた。

 学園の庭で捕まえた蛙で実験し、蛙はとても可哀相なことになった。この世界に線香があったら束で供えたいくらいだった。

 もちろん、ただ治癒力を反転させただけでは傷が徐々に悪化していくだけで、劇的な変化などない。けれどわたしの治癒魔法はほとんどの傷をほぼ一瞬で治癒するまでになっていた。それだけの治癒魔法を反転させれば、どんなかすり傷だって致命傷に変わる。

 この仕組み自体は、その辺の蛙でも魔獣でも変わらないはずだ。


 ただ、問題が。


 反転治癒魔法を成功させるには、わたしの手で相手に傷をつける必要がある。

 剣や弓の練習も密かに重ねているけれど、上達している気は全くしない。そっちの才能は、本当にからっきしなかった。


「ねぇ、リヴィア。何か欲しいものはない?」


 一方で、投げたはずの王太子殿下攻略は、不気味なほど順調に進んでいた。

物語の強制力というやつだろうか。

 っていうかこれ、むしろ、殿下にストーカーされてるんじゃないだろうか。わたしの行く先行く先に殿下が現れ、構って欲しそうに視線をよこされ、さりげなく視線をそらすと必ず近づいてくる。

 あげくに、このおねだり強制攻撃だ。

 金髪を煌めかせて、青い瞳を潤ませて、構って欲しい大型犬のような表情で、わたしよりも大きな美少年がまとわりついてくる。


 『レイつま』の殿下は、幼い頃からの婚約者ルミカーラ様がいるのに、リヴィア・サイゼルに惹かれてしまう自身に真剣に悩み、葛藤し、ルミカーラ様に申し訳が立たないからと国王陛下に婚約解消を直談判し、どうにもならないとなって、自身が泥を被る覚悟で卒業パーティでの婚約破棄騒動へと向かう。

 今の王太子殿下とそうキャラ違いのない良い人で、ざまぁされるのは飽くまでサイゼル子爵である。

 ところがこの世界の王太子殿下には、何故か婚約者がいない。

 そこの葛藤がないと、こうまでワンコ丸出しの直情型だったのかと驚くほどだ。どこまでも追いかけてくるし、構って欲しそうな視線を遠くからでも感じる。


 殿下にまとわりつかれているせいで、剣も弓も鍛錬している時間が限りなく少ない。

 卒業パーティまで、あと二ヶ月しかないのに。

 イライラと焦りが限界に達していたわたしは、殿下の問いに、思わずやけになってこう答えた。


「お願いを聞いてくださるなら、わたしを魔獣討伐に連れてってください」


「……は?」 


 蛙では成功した反転治癒魔法。

 理論上では魔獣でも効くはずだけれど、こんな王都のど真ん中に魔獣はいないから、試せたことはなかった。実際の魔獣で実験したい。

 そもそもわたしの腕で魔獣に傷が付けられるのかも疑問だ。実践しないことには話にならない。


「君は、治癒魔法士だろう? なんで魔獣討伐? 希少な治癒魔法士を危険な場所に連れていくなんて……いや、女の子をそんな場所に連れて行って、もし消えない傷でも残ったら……」


 ぐだぐだ言う殿下にイライラが募る。

 時間がないんだってば。ある意味殿下を助けるために頑張ってるのに、なんで殿下が邪魔するの? もういっそこの場で半殺しにしたら、殿下は卒業パーティには出られないし、殿下に関しては解決なんじゃない? ああだめだ、それだと殿下は助かっても他が死ぬ。母さんも助けられない。サイゼル子爵には卒業パーティで断罪されてもらわないと。それにはやっぱり、殿下がいないと。だからやっぱり召喚獣を倒す方法が必要で。だから、だから。


「ああもう、即死しない限り、傷なんて残りませんよ。消せます。それにもし残ったところで、割とどうでもいいです、そんなこと」


「どうでもいいって!? 女の子が!?」


「分かりました、もういいです、殿下には頼みません。オーストリッジ騎士伯子息様かコネクトス魔法伯子息様に連れて行ってもらいます」


 つーん、とそっぽを向いたとたん、分かりやすく王太子殿下があわあわしだした。

 ちなみに、オーストリッジ騎士伯子息とは騎士団長の息子グネトスで、コネクトス魔法伯子息とは宰相の息子セインで、義父サイゼル子爵に指定された攻略対象者のうち一人、王太子殿下の側近である。

 殿下の護衛を兼ねたグネトスには最初警戒されていたけれど、殿下の攻略を投げた頃からなぜか警戒されなくなった。物語の強制力か、最近は比較的友好的だ。


「分かった、分かったよリヴィア! 僕が連れて行くから!」


 チッ、早く言えよ。心の中で毒づきながらも、顔だけはニッコリと最高の笑みを向ける。


「流石は王太子殿下ですわ。お気遣いに感謝致します。ありがとうございます」


 何故か王太子殿下の頬がぽーっと赤くなったけれど、そんなことにいちいち構っていられない。さっきの反転魔法の発動にはコンマ五秒かかった。もう少し、魔法発動のタイムラグを縮めないと。


 ああ時間がない。


◇◇◇


 そうこうしつつも、わたしと蒼花先生――ルミカーラ様の交流は続いていた。

 もう親友といってもいいかもしれない。


 ルミカーラ様が師事しているという学園のゼミ講師にも紹介された。

 ゼミの先生は、四十代か五十代くらいだろうか。白髪交じりの焦げ茶の髪に焦げ茶の髭、瞳の色も分からないくらいの、ルミカーラ様に輪をかけたもっさり具合だった。本名そっちのけで、ゼミ生たちにはクマ先生と呼ばれているらしい。


 『レイつま』において、颯爽とした姫騎士でこざっぱりした見た目をしているはずのルミカーラ様が何故あんなにももっさりしているのかと疑問に思っていたけれど、多分この講師の影響だと思う。証拠に、ゼミ生全員がどこかもっさりしている。

 ちょくちょく顔を出すようになったわたしは特に変化はないと思うから、ひょっとしたらゼミの研究内容が関係しているのかも、と思っている。


◇◇◇


「先生、ルヴァン先生! もう、自分の食べたお菓子くらい片づけてくださいよ! わたし忙しいんですよこれでも」


「脳にはねー、糖分が必要なんだよねぇ」


「片づけない言い訳にはならないですよね?」


 蒼花先生との交流は心の癒しになるからいいけれど、ルヴァン先生の世話まで焼かなきゃいけないのはどうにかしてほしい。

 まあこの人もサイゼル子爵から指定された攻略対象の一人だから、研究室に入り浸って治癒魔法の練習をしていても、子爵からのお咎めは皆無だし、研究者気質のルヴァン先生は自分の興味のあることにしか興味がなくて、わたしのやっていることにはほぼ無関心なのはほんとにほんとに好都合なんだけれど。


「虫が湧いちゃいますよっ、いい加減にっ」


「リヴィアって、平民だったんだよね? 素手で虫さわれる? 僕ちょっと無理ぃ」


「さわれても断固拒否しますっ」


◇◇◇


「次はコレ! コレを試したいので、また討伐に連れて行ってください!」


「……僕の顔を見るとそう言うけどね、リヴィア。僕はこれでも王太子なんだよ?」


 魔道具の新作を抱え、意気揚々と生徒会室の王太子殿下を訪れたわたしに、殿下は困った顔をする。


「知ってますけど? ああ、お忙しいんですね。我が儘は言いません、殿下自ら付いてこられなくても、オーストリッジ騎士伯子息様……じゃなくても、どなたか腕の立つ騎士の方を貸して頂ければ!」


 随分譲歩した提案だと思うのに、王太子殿下は頭を抱える。

 側では、コネクトス魔法伯子息――宰相息子のセインが笑いをかみ殺している。


 ……仕方ないじゃないか。


 今までの実験で、わたしのへっぽこ過ぎる腕では、剣であれ弓であれ、ごく低級の魔獣にしか傷を付けられなかった。

 そこでわたしが目をつけたのが魔道具だ。確か、前世の地雷だったか何かで、ちょっとした刺激で特定方向に無数のパチンコ玉のようなものを噴出する武器があった。それを再現して、人間が踏んだくらいでは破裂しないものの、召喚獣レベルの強力な魔獣が踏み抜いたら、魔獣の足の裏だけに向けて複数の釘を飛ばす仕組みにした。局所的ともいえる指向性を持たせたのは、パーティ会場にいる他の人間をなるべく巻き込まないためだ。わたしが作った魔道具の攻撃なら、魔法学的にはわたしが攻撃したとみなされるのか、反転治癒魔法も問題なくかけられることが分かった。


 それもこれも、文句を言いつつも魔獣討伐に付き合ってくれた王太子殿下がいればこそ。一応これでも感謝はしている。別に王太子殿下でなくてもいい、というのも本音だが。


「君を、他の男と二人きりで吊り橋効果まっただ中に放り込めと?」


 王太子殿下がジト目を向けてくるけれど、ちょっと何を言っているのか分からない。

 首を傾げたわたしに宰相息子がヒーヒー笑っているが、笑いの沸点が低すぎやしないだろうか。


「別に二人きりでなくとも構いませんが」


 こちとら、子爵家に養子に入っただけの平民である。魔道具の研究費すら、王太子殿下が押しつけていったプレゼントを売り払って捻出しているくらいで、危険手当込みで割高な護衛を雇って魔獣討伐に行くお金なんて持ち合わせていない。それが、王太子殿下に頼めばタダだ。利用しない手はない。


 何しろ、卒業パーティを乗り越えなければ明日はないのだ。全力を尽くすし、使える物は使い尽くす。その後のことは、無事に生き残った後で考える。


「……分かったよ、三日後に時間を作る。一緒に行こう」


 何故か苦虫を噛みつぶしたような顔つきの王太子殿下に、わたしは鏡の前で練習しまくった、花開くような満面の笑みを向けた。


「ありがとうございます、殿下。さすが頼りになりますね」


「……こんな時ばかりそんな顔をしてホントずるい」


「何か言いました?」


 小声でつぶやかれた言葉に思わず聞き返せば、『なんでもない』と返ってきたので、わたしはすぐさま記憶から消し去った。


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