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卒業試合 その1~前~

次回投稿予定

2025年7月13日 20時00頃

 この日に限っては、外のうるささが目覚まし代わりになる。卒業試合の日は、いつもは静かな北区でも賑やかになる。





「おはようございます」


「……おう。ありかとう」





 目を開けてもメイドが起こしに来るまではベッドの中で天井を見上げる。

 とうとう自分が試合に出る日が来たというのに、俺はいつものようにベッドから起き上がり、部屋着に着替え、うがいをし、食卓へ向かう。

 卒業試合当日だからといって何か特別な事をする訳ではない。勝とうとも思っていないからだろうか。





「おはよう」





 部屋に入ると、親父と母さんが座っていた。ハインはまだ来てないようだ。

 




「おはよう。調子はどうだ?」


「普通かな。特に変わりなし」


「緊張とかしないの?」


「うーん。緊張はしてるけど、そこまでかな?」


「あらま。お父さんが卒業試合に出る時なんて全身から汗吹き出してたのに」


「そうなの?」


「あ、あぁ。まあ確かにそんな時もあったな。それよりもライン」


「ん?」


「今日の卒業試合。七聖が全員集まり競い合う。もちろん他にも参加者がいるだろうが、別に勝つ必要はない」


「……」


「ただ、お前が学んできたこと、身に付けてきたことは全て発揮しろ。全てを惜しみなく吐き出せ、今日だけは七聖ライン・ユベルとしてではなく、ライン・ユベルとして戦ってこい」





 いつもの親父からは想像できないような言葉が飛び出してくる。いつもは七聖は~とか、ライン家は~とか言ってくるのに。それほど卒業試合に思い入れでもあるのか。





「ライン・ユベルとして…か」


「どうした?」





 その言葉が、ずっと昔にその言葉を俺が聞いていたら……。





「おはよう」


「おはよう。やっと来たの。もうみんな待ってるわよ」


「ういうい」





 ハインが目を擦りながら欠伸をする。

 椅子に座り、全員で手を合わせて食事を始める。





「……」





 ライン・ユベルとして生きていけ。もし、仮にその言葉を俺に言ってくれていたら俺は変わっていたのだろうか。いや、そんなことはないだろう。

 禁忌は禁忌でしかない。勇者の子孫は血を全て抜いたとしても変わらない。結局、俺の運命は変わらなかったのだろう。





「ごちそうさまでした。んじゃ、会場に行ってくるわ」





 家族に「いってきます」という。18年同じ様に暮らし、同じ言葉を交わしてきた。

 俺はそこまで変化が好きじゃない。理由は面倒くさいからだ。脳死でできるような単純な毎日の繰り返しが俺にはあったいた。そう。だからあの選択肢で良かったんだ。

 ラナさん達の仲間になることを断り、一生七聖勇者の子孫として暮らしていくことを決めた。この先、もっと苦しむ事になるかも知れないのに、折角の自分の夢を叶えられるチャンスだったのに。

 どうやら俺は、根本から変わってしまったのかもしれないな。





「ライン」


「ホリー?わざわざ待ってたのか?」


「あ、あぁ。試合前にラインと少し話たいと思ってな」


「………」





 会場へ向かう道中。坂道を歩いていると壁に背中をつけ、自身の武器である剣が入ったカバンを両手に持ちながら立っていた。





「早いな。あれから14年か」


「…そうだな」


「あの頃はラインの中心に百龍とエンシルが居て、よく公園の木の上でマジル、ラーク、武蔵(むさし)が遊んでて。私は……ずっと剣の修行をさせられていた」


「懐かしいな。お前の親父さんに何度も倒されたな」


「そうそう。ラインが私だけグループの中に居ないのはおかしいって言って、父上に6人全員で挑んでたな」


「勝てなかったけど、説得することは出来たんだったな」


「すぐに皆それぞれ自分の場所に帰ったけど、あの数日は楽しかった。本当に心の底からそう思えたよ」


「まぁ、基本俺とホリー、百龍、エンシルの4人だったけどな。確かに楽しかったな。うん」


「……な、なぁライン。言いたいことがあるんだが」


「ん?」


「じ、実は、その、本当は大会が終わった後に言おうと思ったんだが、ちょっとな」





―もうこんな街中まで来たのか。人がこっちに来ている―





「そ、その。私はライ――」


「「ホリー様!!!」」」





 エンシルの周りに人が集まってくる。

 いつも通りだ。いつも通りなのに、今日はどうしてそうなんだ。

 ホリーの言葉は遮られ、親父からは1人の人間として戦ってこいと、全てを出してこいと言われた。どうしてこんな背中を後押しするようなことばかり起こるんだ。





「クソッ」





 自然と言葉が出てきた。慌てて周囲を見渡すも誰も俺の言葉を聞いていなっかた。

 駆け足で会場へ向かう。昔の事を思い出して、少しだけ勇者の子孫を演じる前の自分に戻ってしまった。いや、いつもは胸の内に留めるか、小声で言う程度なのに。久々に人前で、しかも普通の声量で言葉を発した。





「そうなのか。俺は…そうしたいのか。どっちなんだよ」





 もはや分からなくなってしまった。自分がどうしたいのか。何をしてるのか。今まで固く封印してきた自我が顔を出し始めた。





「クソッ。半端者だな俺は。どっちつかずで、過去に自分がした選択肢を悔やみ、挙句の果てには大切な日に出してはいけない自我を出してしまう」





 少しすれば落ち着くはずだ。だけどまずいな。もう一押し背中を押すような出来事があれば、俺は完全に歩き出してしまうかもしれない。

 ずっと立ち止まって、下を向き、仮面を着けていた場所から歩き出してしまう。

 それは、それだけは絶対にしてはダメだ。そんな事をすれば俺が今までやってきたことが無駄になる。本当に自分自身を否定することになる。

 自分自身を捨ててまで、それほどの価値があの5人にはあるのか?共に過ごしてきた家族よりも、七聖子孫たちよりも、数時間程度しか話したことのない。ましてや大魔王の娘とその仲間たち5人の方が価値があるって言うのかよ。

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