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窓際の天狗姫

 

 その後も拓真は、隣の席の美少女のことが気になって仕方がなかったが、特にこれといった事も出来ずに一人悶々と日常を送っていた。


 転校以前の拓真は、親しい友達を作ってこなかった。というより、親しく付き合うことを避けなければいけなかったのだ。

 ならば当然の如く、今まで女の子との付き合いなど皆無、会話すら殆どした事が無いほどだっった。だから、どんなふうに声をかけていいかが判らなかった。


 まあ、それ以前にこのクラス全体の空気が、咲良との接触を拒んでいるがため、思い切ったことが出来ない。

 新入りには気軽に超えられない壁があるものだと、つくづく痛感する。


 実のところ、彼女とはなにも進展しないまま一週間が過ぎようとしていた。





「で? 井上は部活何に入るか決めた?」


 金曜日の昼休み、この日は曇り空で少し肌寒かった。例によって亮太と二人で屋上にいる。


「うーん。まだ決めていない」


 前の高校では何にも所属していなかった拓真。俗に言う帰宅部だった。

 この学校でも、どこかの部活に所属しなければいけないという事は無いのだが、進路の事を考えるのなら所属しておいて損は無いと担任が言っていた。文武両道を推進している県ならではの考えだろう。

 なので部活動をしてこなかった拓真は、未だ部に所属するのかしないのかを決めかねていた。


「バスケ部はどうよ? お前身長あるだろ」


 亮太はバスケット部に所属している。身長は拓真より少しだけ低いが、バスケに関しては抜群のセンスがあり、常にレギュラー選手として活躍している。


「いまさらバスケやった所で足引っ張るだけだし」

「それはどの運動部行っても一緒だろ」

「言えてる」


 運動そのものは苦手ではない拓真だったが、飛びぬけて得意な物もない。どんな運動系もそこそこ出来てしまう、言わば努力せず出来ちゃう系人間だ。


(特にやりたいスポーツって無いからな。家での時間は大事だし)


 一人暮らしをしている拓真は、家に帰ってから夕食と洗濯物などの家事を自分のペースでこなしたい。正直部活動に打ち込む時間が勿体ないと考えている。


 もしもどこかの部活に所属するなら、幽霊部員として席を置いていても迷惑がかからない部を選択したいところだ。



 すると突然、隣の校舎から大きな叫び声が聞えてきた。


 拓真と亮太は、フェンス越しに声のする方向を見る。

 二階のとある教室の窓から身を乗り出して、男子生徒数名が悪ふざけをしていたのだ。


「あいつらバカだ! 悪ふざけして落ちたら怒られるだけじゃ済まないぞ」


 亮太は大きな声で苦言を呈するが、その口元は笑っていたので恐らく普段の出来事なのが伺える。

 そんな学生たちにありがちな風景に、ふと疑問に思った拓真が口を開いた。


「そうだよな。あんな事するのってどこのクラスだよ」


 疑問を投げかけた拓真の言葉に亮太は少し固まっていたが、すぐに何か思い付いたようで、わざとらしい仕草で答えを言った。


「いや井上。あそこウチのクラス、D組だぜ。知らなかったのかよ」

「え!」


 自分達の教室が直ぐそこに見えていた。


 拓真は急ぎ、もう一度悪ふざけをしている二年D組の男子達を見た。いや正確に言うと、男子達の居る教室の後方を見たのだ。


 いた! 教室の一番後ろ窓際の天狗姫、山崎咲良が。


 小振りのお弁当を机に広げて、それを食べている姿だった。


 どうしても隣の席という近距離では、じっくり見られない姿。そもそもそんな事を教室でしていると皆に変に思われるし、結果クラスから孤立しかねない。


 意外と可愛らしい仕草で食べていたので、思わず顔がにやけていたのだろう。亮太に「にやにやして気持ち悪い奴」とからかわれ、苦笑いを返す拓真だった。





 次の日の土曜日。転校してから初めての休日は、気疲れしたせいか少し気が抜けてだらだら過ごしてしまいそうだった。


 今度の学校は、以前よりも若干偏差値が高いようで、どの教科も授業内容が少し進んでいる。どうせやる事は無いのだから、ここはしっかり復習をしなければと気合を入れ直し、拓真は二階の自室で勉強を始めていた。


 拓真の越してきた家は、集落の端に位置する山のふもとの一軒家だ。家のすぐ裏手は山林になっていて、近くに小川も流れている。とてものどかな場所だった。


 ふと、開けっぱなしてあった窓から微かな歌声が聞こえてきた。


「……どこから?」


 歌声が気になり、窓から身を乗り出して辺りを見回す。


 近くの小川の清水が流れる音が聞こえる。森の木々の葉がほのかな山風に煽られ、優しく擦れる音が聞こえる。遠くからリズミカルな小鳥のさえずりも聞えていて……。

 

 時折強めの山風が吹き下りて来た時、その風に乗って微かな歌声が拓真の耳に届いた。


 すると拓真はある事を思い出す。


(そう言えば先週、山崎さんが山林に入っていったな……もしかして)


 そう考えると歌声の主が気になってしまう。


 拓真は無意識に家を飛び出していた。まるで何かに取り付かれたように小川沿いに上流へと足を運ぶ。

 奥へ行けば行くほど微かだった歌声がはっきり聞き取れる。目的が近くなっていると判れば、はやる気持ちを抑えられず足早になっていった。


 しばらく進むと明るく開けた場所にたどり着く。そこは小川の上流に位置する小さな滝壺だった。


 限りなく透明度の高い澄んだ水の滝壺。腰までの深さしかない滝壺の中心に一糸まとわぬ少女が立っていた。


 滝の水しぶきが太陽光に照らされて虹色に輝き揺らいでいる。その色鮮やかな虹を、まるで羽衣のように身にまとい佇む少女は、両手を合わせて歌っていた。それは笛の音色のように綺麗で澄んだ歌声だった。


「……なんて綺麗なんだ」


 現像的な少女の姿を目の当たりにした拓真が思わず言葉にした。


 他人がいる気配に気付いたのか、少女は歌を止めて肩をすくめる。


 そしてゆっくりと拓真の方へと振り向いた。


「えっ! なぜ?」

「や……山崎さん」



 二人は目が合い、一瞬固まってしまった。


ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

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