おそろいのふたり
はい、という事で七夕ですね。
物語は未だ6月中旬です。
「いやー、終わったあー、疲れたあー」
一際甲高い声で今日の撮影の終わりを喜ぶ木村は、重いカメラを扱っていたせいで肩がこったのだろう、右腕をぐるぐると回しながらリビングのソファーでふんぞり返っている。
皆で一息つくため、拓真は飲み物の用意にとグラスを人数分テーブルの上に並べていた。
冷蔵庫に作り置きしておいた麦茶を持ってきて、順にグラスへと注いでいるのだが、一つ目のグラスに注ぎ終わるや否や、それを狙っていた木村が間髪いれずにそのグラスに飛び付き、ゴクゴクと音を立てながら一気に麦茶を飲み干した。
「ぷはー、生きかえるぅー」
あっけにとられていた拓真は、実年齢は自分達よりもほぼ倍位なのに子供じみた行動をする木村を、しょうがない人だなと呆れていた。
「咲良ちゃん今日はありがとう。どう? 疲れたでしょ」
「いいえ、わたしはただじっとしていただけなので、それ程疲れていません」
「そう、なら良かったわ。じゃあ最後に私からのご褒美があるけど、受け取ってもらえるかしら。もちろん、今日の報酬とは別だから安心して」
咲良はご褒美とは何か不思議に思う顔をしていたものの「ありがとうございます」と、受け取る意思を示していた。
拓真も側で聞いていて、そのご褒美とは何か考える。
日も落ちてきたし時間的にも夕食が近いことから、どこかの外食でも御馳走してくれるのではと考えていた。
「じゃあ咲良ちゃん、着替えちゃいましょう」
「はい、そうですね」
これから全員で出掛けるためであろう。そもそも借用してきたと思われる新作の浴衣を汚す訳にもいかないので、用が無ければ早めに着替えてしまった方がいい。
「私は隣の部屋で咲良ちゃんのお着替えするから、木村さんはこっちでアレお願いね」
「了解しやしたー」
何かを頼まれた木村は、びしりと敬礼をして咲良と小林を見送る。
頼まれ事といっても、廊下や階段にまであふれ出た機材の入れ物や部屋の置物を片づける事だろう。
それ位しか思いつかなかったので、一緒に手伝うため拓真は立ち上がった。
「片付けなら、俺も手伝いますよ」
大がかりに仕掛けた機材を片づけるのは容易なことではなく、時間もそれなりにかかりそうだ。準備した時も手伝っていたので、拓真はどれをどんな入れ物に仕舞うのか大体は覚えていた。
少しでも早めに終わらせるならと思い、木村へ話しかけたのだ。
その木村はというと、咲良達が隣部屋に移動し終わると、直ぐにしっかりと部屋の仕切りを閉めていた。
そして背中を拓真に向けたまま「クックックッ」と笑っている。
「え? 木村さんどうしたんですか?」
俯き加減で笑うその不気味な姿を見た瞬間に拓真の背中へ悪寒が走る。
やばいと思ったが、時すでに遅し。木村は振り向きざまに拓真へ飛び付き、捕まえるや否やあっという間に押し倒し馬乗り状態に。
「な! なんですか、なにするんですか木村さん!」
そう言っている間に、馬乗りになっている木村の手つきは素早く、拓真の上着はもう半分ほど脱がされている。
「げへへー、覚悟しなさい拓真君ー。あぁー、久しぶりの若い男の素肌! たまんないわー」
「き、木村さんヨダレ、ヨダレ! 目が怖い! や、やめてくれーー!」
こういった事に彼女は慣れているのか、拓真の上半身はほぼ脱がされていて、大胸筋や腹筋をべたべたと触られまくっている。挙句に頬まですりよせていた。
このままではマズイと思い、拓真は彼女の拘束から逃れようと体をくねらせる。
「へへっ。拓真君、甘いですよー」
ついに拓真のズボンへ彼女に魔の手が掛る。
それを脱がそうと強引に引っ張る木村の指は、拓真のパンツにまで掛っていた。
「だめだ! そこだけはだめだ!」
一緒に脱がされてはたまらない。パンツだけは何としてでも死守せねばと、必死に抵抗する。
「いっただっきまーーすっ」
血眼になっていた木村の思考はもはや正気ではないだろう。
強引に衣服を剝そうとする彼女の腕の力も手加減なしだ。
「やめろぉー!!」
拓真も必死に足掻き、魔の手から脱出をしようとするも…………
◇
「何やっているの、あなた達」
それから十分程経った頃、リビングと隣部屋の仕切りがすーっと開き、呆れ顔の小林が先程まで大騒ぎをしていた二人に軽蔑のまなざしを向ける。
「もうちょっと静かにやってちょうだい」
「こうした方が盛り上がると思ってー。でも小林さん、拓真君イイ感じになりましたよねー」
唇の端を吊り上げてドヤ顔でいる木村の横には、少々疲れの色が見える拓真が立っていた。
「ええそうね。拓真様、随分と格好良くなりましたよ」
小林の目に映った拓真の姿は、よくある男性用の紺色の浴衣を着ていたのだ。
背筋を伸ばしすっと立つその姿勢は、粋な男子そのものだった。
「木村さんも、浴衣を着せるなら最初からそう言って下さいよ。そもそも自分で着れるし」
「何言ってるのー。ただ着てもらうだけじゃ面白くないじゃん。やっぱ、スリルとドキドキが無きゃねー」
それを楽しんでいたのは木村だけだったと思うのだが、結果だけなら無事に浴衣へと着替えが済んだので、拓真はとりあえず良しとしておいた。
「もう、こっちはっこっちでヤキモチ焼いちゃうし、大変だったんですから。ねえ、そうでしょう? 咲良ちゃん」
そう言って小林が振り返った目線の先には、先程までとはまた違ったデザインの浴衣を着た咲良が立っていたのだ。
「わ、わたしは別に……そんな」
咲良の瞳は真っ直ぐに木村を捉えていて、薄い紅色に染まった唇を尖らせている。
「咲良ちゃん、そんなに睨まないでー。ちょっと悪ふざけをしただけなの、ごめんねー」
両手を合わせたポーズで拝みながら謝罪をする木村は、甲高い声のせいで本当に謝っているのかと疑いたくなる。
当然、拓真も被害者だ。単に無駄な体力を奪われた挙句、咲良から向けられている怒りの空気が怖いので、頼むからちゃんと心から詫びてほしいと願っていた。
拓真達の騒ぎに不服だった咲良を、なだめるのに苦労した様子の小林が「まったく!」と言って、未だ不貞腐れている少女の腰に手を添えた。
手を添えられたその浴衣は、紺と水色の雪の結晶のような模様が等間隔で描かれていて、すこし大人びた落ち着きのある着物だった。
落ち着きがあると言っても一番目に着たクールさではなく、全体的に明るくて統一感のあるシックな雰囲気があった。
「これは雪花絞りという染めかたで出来た浴衣なの。私のお古で申し訳ないけど、咲良ちゃんにあげようと思ってね」
「こんな素敵な浴衣いいんですか?」
「ええ、私はもう着ないし、もし気に入らなければ処分しても構わないわ」
「処分なんてそんな。わたしは気に入っています、大切にします」
「うふ、良かった」
思いがけない小林のプレゼントが余程嬉しかったのだろう、先程の不機嫌そうな表情とは打って変わって、終始笑顔がこぼれている咲良だった。
「でわでわ、若いおふたりがお揃いの衣装になった所でー」
「そうね、機材の片付けもある事だし、私達はお留守番していますから拓真様と咲良ちゃんは、このままお祭りに行って来て下さい」
今日、小林がこの家に来た一番の目的が、拓真達をほたる祭りへと向かわせる事である。
拓真はこのお祭りに行くのは初めてなので、純粋な気持ちで楽しんで欲しいとの思いがあるようだ。
そして咲良にはその正体がばれないためのメイクを施してあり、周りの目を気にせずに楽しめる筈だ。
全て小林の狙い通りに準備は整い、浴衣同士でそろって立っている若者を満足げな笑顔で手を振り送り出そうとしてくれていた。
そんな拓真達を見て目を細める小林に対し、一人不満そうにしている女性がいた。
「ええぇー! 私達はお祭りに行かないんですかーっ」
「だめよ! お片付けして、お、る、す、ば、んっ!」
「いやだー、私も行きたいっ!」
喚き地団駄を踏んでいる木村が、またもや騒動を起こしそうだったので、小林が首根っこを掴んでこれ以上暴れないように取り押さえていた。
駄々っ子の処置は小林に任せるとする。
それはそうと、本当に咲良はお祭りに行くのだろうかと心配になった拓真は、その顔を覗き込み確認をする。
すると彼女は口の端を上げてほのかにほほ笑むと、小さく頷き応えてくれたのだ。
「じゃあ、咲良さん行こうか」
「はい」
こうして拓真達は薄暗くなりつつある道を、ずらりと屋台が並ぶ駅前通りを目指して、お祭りを楽しむため家を後にした。
お読みくださりありがとうございます。
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次回からやっとお祭り編です。





